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未来を楽観視するだけではなく
いかに“悲観”しながら前進するか
未来を楽観視するだけではなく
いかに“悲観”しながら前進するか
2019.7.22

『悲観する力』
森博嗣/著
幻冬舎新書
定価864 円(税込)
推薦
SL
土居 隆宏 (どい たかひろ)
金沢工業大学
ロボティクス学科 准教授
 かつてよく読んだ少年漫画の主人公はたいてい楽観的で、「細かいことはよくわからないけど、ピンチに陥っても驚異的な努力と根性でなんとかするぜ!」といったようなものが多かったと記憶している。少年漫画の主人公が悲観的でウジウジしていたら共感は得られないだろうから、それはそれでよかったのかもしれない。ところが現実世界では、努力や根性だけではどうにもならないことが多く、それよりも、小惑星探査機「はやぶさ」のような、周到に用意された多重のフェイルセーフによってピンチを脱するのが現実的な正解なのだろうと、今は思う。

 さて本書についてであるが、タイトルは『悲観する力』だが、前向きな話である。未来に絶望して諦めて何もしないということではなく、「あらかじめリスクを考えて対処せよ、よく頭を使え、思考停止して楽観しているだけではダメだ」と呼びかけている内容である。日本には悲観を嫌う文化があり、悲観的なことばかり言っていると「縁起でもない」などとお叱りを受けることがあるが、「悲観」しないことは何の解決にもならず、むしろ本書では「正面から積極的に『悲観』せよ」と言う。また、過去に対しては楽観し、未来に対しては悲観的に当たれ、その逆は最悪であるという意見は面白いと思った。たいていの人は「あの時こうしておけばよかった」と後悔(過去の悲観)はするものの、その後の行動(未来の楽観)は相変わらずで、同じ失敗を繰り返すものである。本書で説く「悲観」は、個人のライフハック的なことや、夢を実現するための考え方から、組織のマネージメント論、機械の安全設計、近年の大災害への対策、といったさまざまな場面に通じる内容だと思う。

 悲観は既存の固定観念を疑ってかかるということでもある。人類は生存のため「AならばB」とは限らないのではないか?という懐疑の考え方をもち、複雑な因果関係を理解できるようになった。「柳の下にどじょうがいるはず」というのは楽観であり、「いないかもしれない」と考えることは一種の悲観である。「人はみんなわかり合えるはず、共通の価値観を持つはず」という楽観が時には正義感の押しつけ、ネット炎上の問題、異質なものへの排他や攻撃を生む。常識という楽観に頼りすぎず、常にいろいろな可能性を考え、他者に対する想像力を持つことが大事なのであろう。特に多様な価値観がある現代ではこのようなスタンスが重要になりそうである。

 私自身は楽観的な人間だと思っている。未来はバラ色ではないにせよ、夢や願望があって、それなりになんとかなるだろうと考えている。そのおかげでのんきに生きていくことができているが、本書で言うような「思考停止」の気もあるのかもしれない。着実に目標を達成していくような人生を送りたかったら、ぼんやりと夢や願望を持つだけでなく、「悲観的」な視点をもち、目標達成までの間のリスクを予測し先回りして対処していく態度が必要だと思った。さらに、身につまされる問題として、リスクに対処するための時間的余裕を持つべきことは重要であると思った。忙しい日々を送っていると、何でも締め切り間際にスケジューリングしてしまいがちで、思わぬ突発的アクシデントに翻弄されることがしばしばある。時間もリスク対策の上では重要である。うすうすわかっていながら「楽観」して放置してしまうのだけれど。

 本書は、想定外の災害や事件が頻発し、先の見通しが立たない現代において、「悲観」というツールを使って人生を切り開くヒントを与えているのかもしれない。
PERSON
推薦
SL
金沢工業大学
ロボティクス学科 准教授

土居 隆宏 (どい たかひろ)
東京理科大学工学部第一部機械工学科卒。東京工業大学大学院理工学研究科制御工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。理工学振興会(東工大TLO)プロジェクト研究員、中京大学生命システム工学部助手を経て、2008 年金沢工業大学講師就任。2013 年現職。2017 年イタリア技術研究所(IIT)客員研究員。専門は多脚ロボットのソフト/ハードウェア、ドローンへの応用、3 次元視覚を利用したインテリジェントな地図生成。
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SL
土居 隆宏
(どい たかひろ)
金沢工業大学
ロボティクス学科 准教授

東京理科大学工学部第一部機械工学科卒。東京工業大学大学院理工学研究科制御工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。理工学振興会(東工大TLO)プロジェクト研究員、中京大学生命システム工学部助手を経て、2008 年金沢工業大学講師就任。2013 年現職。2017 年イタリア技術研究所(IIT)客員研究員。専門は多脚ロボットのソフト/ハードウェア、ドローンへの応用、3 次元視覚を利用したインテリジェントな地図生成。
「KIT Book Review」では、金沢工業大学ライブラリーセンターのサブジェクト・ライブラリアン(SL)が本を推薦します。SLは、ライブラリーセンターにおいて膨大な専門情報の内容や質を選択判断し、その収集や利用を立案実行する中枢機能です。本学の教授陣によって構成されており、自己の専門分野はもちろん、関連分野まで質の高い最新情報を把握しています。

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