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豊富な自然エネルギーを最大限に活用し
地域の課題解決と活性化をめざす
豊富な自然エネルギーを最大限に活用し
地域の課題解決と活性化をめざす
2019.10.1

再生可能エネルギー、蓄電池、水素、熱などを組み合わせた電力制御システムを構築し、エネルギーを地産地消する地方創生型のコミュニティモデルの構築をめざす「エネルギーマネジメントプロジェクト」が2018年春から白山麓キャンパスを中心に行われている。金沢工業大学電気電子工学科の泉井良夫教授はそのプロジェクトメンバーの一人だ。電気自動車(EV)やバイオマスボイラも使い、白山麓という自然豊かな環境のもとで進められているこのプロジェクトについて尋ねた。
PERSON
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

泉井 良夫 (いずい よしお) 工学博士
東京大学工学部電気工学科卒。同大学大学院工学系研究科電気工学専攻修士課程、ならびに博士課程修了。三菱電機(株)中央研究所入社。マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員、三菱電機(株)先端技術総合研究所勤務。エネルギーマネジメントシステムチーム・チームリーダ、エネルギーソリューションシステム開発プロジェクトグループ、プロジェクトグループマネジャー、主管技師長を経て、2017年金沢工業大学客員教授、2018年教授。専門は電力システム、エネルギーシステム、マイクログリッドやスマートグリッドシステムなどのシステム化・スマート化技術、ならびにエネルギーマネジメント技術。
PERSON
泉井 良夫
(いずい よしお) 工学博士
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

東京大学工学部電気工学科卒。同大学大学院工学系研究科電気工学専攻修士課程、ならびに博士課程修了。三菱電機(株)中央研究所入社。マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員、三菱電機(株)先端技術総合研究所勤務。エネルギーマネジメントシステムチーム・チームリーダ、エネルギーソリューションシステム開発プロジェクトグループ、プロジェクトグループマネジャー、主管技師長を経て、2017年金沢工業大学客員教授、2018年教授。専門は電力システム、エネルギーシステム、マイクログリッドやスマートグリッドシステムなどのシステム化・スマート化技術、ならびにエネルギーマネジメント技術。
地域にも世界にも役立つ
課題解決プロジェクト
 人口の4割を65歳以上の高齢者が占める超高齢化社会に突入し、加速する過疎化によって消滅の危機に直面する地方自治体が続出する――。そんな2050年の日本を「エネルギー」の観点から見つめ直した時、地域課題の解決のために重要性を増してくるのが、エネルギーを全体としてどのように動かしていくのかという「エネルギーマネジメント」の仕組みである。白山麓キャンパスを舞台に、金沢工業大学地方創生研究所が2018年春にスタートさせた「エネルギーマネジメントプロジェクト」は、再生可能エネルギーのベストミックスを探り、電気と熱による地産地消と地方創生のコミュニティモデルの構築をめざす社会実装型の実証実験だ。

「住宅が集中する都市部では大規模な発電所から電力を供給するメリットがありますが、住宅がバラバラと点在している地方山間部では、送電時のエネルギーのロスや保守点検のコストなどを考えると、長距離の送電線網による電気の供給は高くつきます。そこで、白山麓キャンパス周辺に豊富に存在する再生可能な自然エネルギーを活用して、エネルギーを『創る(創エネ)』『配る・貯める』『使う・制御する』という視点で総合的にコントロールする、エネルギーマネジメントプロジェクトを立ち上げました。
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エネルギーマネジメントプロジェクトの概略図
 このプロジェクトはAIやIoTといった最新技術を活用したイノベーションによって、社会が抱える課題を解決する『Society 5.0』を地方から実現することも視野に入れています。さらには、国連全加盟国が達成をめざす世界を変えるための17の目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)のうち、『⑦エネルギーをみんなに そしてクリーンに』『⑨産業と技術革新の基盤をつくろう』『⑪住み続けられるまちづくりを』という3つの課題解決を推進するための取り組みでもあります」

 SDGsには再生可能エネルギーの比率拡大と、自然災害に強靱な社会の実現も主要な目標として掲げられている。そのため、同プロジェクトが実現をめざす「小エリア直流電力網(DCマイクログリッド系)」には、地域特性を活かした再生可能エネルギーの利用促進モデルとして、地元の産業界や自治体など多方面から期待が寄せられている。

「地域に役立つ研究をする地方創生研究所のプロジェクトとして、最終的にはドイツの地域密着型公共インフラサービスである『シュタットベルケ』のように、収益性のある一つのビジネスモデルとして成立するエネルギー基盤技術を確立するために、産学連携による地方発の先進的な研究開発型社会実証実験プラットフォームを構築していきたいと考えています」
EVを“動く蓄電池”に見立てて
教職員のキャンパス間移動に活用
 2018年10月に第1段階として始まったのが、直流給電システム(DCリンク)と電気自動車(EV)によるエネルギーマネジメントの実証実験だ。これは白山麓キャンパスにある2つのコテージ(住居が8室あり、そのうちの7室では被験者を含む教職員が暮らしている)に太陽光発電と蓄電設備を設置して、コテージ間を直流母線で接続し、再生可能エネルギーに適合した直流給電システムを構築するというもの。国内の大学としては初めてキャンパス内に双方向高速充電器を設置し、コテージで蓄電した電力をEVの充電に利用する実験も行われている。
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双方向高速充電器(右)を使ってEVを充電。EVは教職員が扇が丘キャンパスとの往復に利用している
「わが国の電力基盤として幅広く普及しているのは長距離送電できる交流(AC)システムですが、このシステムには1か所の事故がすぐに全エリアに波及するという脆弱性があります。一方、直流(DC)システムは多種多様な発電電力を統合し、蓄電システムと組み合わせることで電力系統への事故波及を極小化できるため、小型分散型再生可能エネルギーの活用に向いています。直流は交流に比べると、電力を安定供給する制御も比較的容易です。

 将来予測される電力の地産地消では、電力は発生した場所のすぐ近くで消費することになります。しかも太陽光などの再生可能エネルギーでは直流の電力が発生するので、AC/DC変換を行うよりも直流のままで電力を利用するほうが、電力システム全体の効率を高めることができるのです。さらに実証実験では、電力が不足した場合にコテージ間で電力をシェアして、電力の需給バランスを維持する仕組みも研究しています。
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 とはいえ太陽光発電は設置場所で日照が異なるため、電力が過剰で捨てざるを得ない場所と、化石燃料で発電した電力で不足分を補わなければならない場所が出てきます。そこで、平野部にある扇が丘キャンパスでEVを充電して山間部の白山麓キャンパスで利用するなど、EVを動く蓄電池として活用することにしました。つまり、EVを電力輸送のための“仮想の配電線”に見立てたわけです。約30㎞離れた両キャンパスを教職員が移動する際に電力の輸送も行う“ワークプレースチャージング”の実証実験として、データ収集を行っています」
バイオマス発電、風力発電など
エネルギーのベストミックスを探る
 2019年3月には新たにバイオマスボイラが導入され、実証実験は第2段階へと進展した。バイオマスボイラの熱を、騒音や振動が少なく理論熱効率が高いといわれるスターリングエンジンによって電気に変換し、その電気を直流給電システムに接続することで、地産地消に適した自律分散型制御の実証実験が行われている。

「バイオマス由来の発電システムを、直流給電システムに直接接続するケースは世界的にもほとんど例がありません。しかも、バイオマスボイラの出力は燃料の投入量で調整できるため、季節や時間帯に関係なく供給可能なエネルギーのベースロードとして運用可能です。また、これまでの大規模発電ではエネルギーの大半が熱として失われていましたが、バイオマス発電は利用場所の近隣に設置されるため、発生する熱を暖房に使うことができます。さらに熱を温水として蓄熱タンクに貯めて時間シフトして活用すれば、システム全体の効率はより高くなります。

 バイオマス発電の燃料となる木材チップを地元森林組合から購入することで、間伐材の循環モデルができれば、林業の活性化や雇用創出にもつながります。そもそも木材は空気中にあった二酸化炭素を成長過程で内部に取り込んでいるため、燃焼によって二酸化炭素を排出しても空気中の炭素の総量は増えない“カーボンニュートラル”な存在です。地方創生だけでなく、地球環境への配慮という点でも果たす役割は大きいと考えています」
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木材チップ(右上)を燃料に使って発電を行うバイオマスボイラ
 現時点では「太陽光発電」と「バイオマス発電」という二つの再生可能エネルギーによる創エネを行っているが、近く風力発電装置の導入も決まっている。さらに白山麓キャンパス内を流れる水路を利用した小水力発電や、同じくキャンパス内に湧出する温泉の熱を使った地熱発電といった再生エネルギーも順次組み合わせていく予定だという。

「発電出力が変動する太陽光や風力と、発電出力が安定している小水力、地熱、バイオマス発電をベストミックスし、蓄電池に電気を貯めることでその変動を吸収できれば、停電時に自立運転する際の蓄エネ装置として活用できます。

 私は2018年9月に発生した北海道胆振東部地震の際に、ちょうど現地でブラックアウト(大規模停電)を経験したのですが、通信やインターネットがダウンして情報を得ることができないことの大変さを痛感しました。地震以外にも自然災害が多いわが国では、エネルギーレジリエンス(供給網の強靱化)の高い電力システムの構築は急務です。特にリプレースができずインフラの劣化が進む地方においては、自律分散型制御によるエネルギーシステムを成立させることが、ますます重要になっていくのは間違いありません。
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 本プロジェクトは地元の企業や自治体などとも連携しているので、今後はいかにして利益を生み出せるかという収益性を考えて、ビジネスモデルを構築することも重要になっていきます。これまで電気・電子系では“熱”を扱ってきませんでしたが、チームには燃焼に詳しい機械工学科の教員もいれば、ビジネスに精通する経営情報学科の教員もいますから、学部学科を横断して様々な点で連携できるというのも大きなメリットです」
今後はビジネスモデルを構築し
地域活性化をめざしたい
 同プロジェクトのロードマップによると、現在行われているコテージを使った「住宅レベル」のエネルギー縮図モデルは、今後、大型の建物を使った「ビルレベル」、さらにはエリア全体で行う「地域レベル」へと規模を拡大して、実証実験を進めていく計画になっている。

「研究室にいる8 名の学生たちも2名1チームとなって、直流、EV、バイオマス、需要家という4つのパートでデータ分析などに取り組み、実証実験の前段階のシミュレーションを重ねています。もちろん規模の拡大には予算も関係しますが、プロジェクトに参加していただいている企業にとって、この実証実験は次のビジネスに向けた実証の場でもあります。それを改めて認識して、プロジェクトを少しでも前に進めるのが私の役割です。今後は5年後を一つのメドにして実証実験を進め、10年後には再生可能エネルギーを軸にしたエネルギーコミュニティのビジネスモデルを完成させたいと考えています」

 冒頭で紹介した2050 年の日本の姿を思い描くと、そこには夢も希望もないような気がしてくる。しかし、これはあくまでも現時点における未来予測であり、これからの30 年でそれを変えることは不可能ではない。むしろ、こうした未来を迎えないためにも、われわれは知恵を絞り、技術を磨かなければならないし、それを可能にするのが“技術” の力だ。

 このエネルギーマネジメントプロジェクトが、地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの排出を抑制し、地方を本当の意味で活性化するためのきっかけとなることに、大いに期待したい。
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