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町家も空き家もきれいに改修して
明るく楽しい町並みにしたい
町家も空き家もきれいに改修して
明るく楽しい町並みにしたい
2019.10.1

平成30年度の「第41回 金沢都市美文化賞」を受賞した11物件のうち、5物件の設計者・施工者が、金沢工業大学・水野一郎教授の研究室の卒業生6人だった。そのうちの1人が、金沢市大樋町にある「髙木屋金物店」のリニューアルとコンバージョンの設計が評価されて受賞した、やまだのりこ氏だ。町家の「おくりいえプロジェクト」にも携わっているやまだ氏に、これまでの取り組みと今後について話を聞いた。
PERSON
やまだ のりこ 一級建築士
あとりいえ。
1998年金沢工業大学工学部建築学科卒。2010年5月まで金沢市内の設計事務所に勤務し、その間の2009年6月から「おくりいえプロジェクト」にかかわる。2010年8月に「あとりいえ。」を開業して独立。2008年から金沢工業大学非常勤講師、2011年から金沢美術工芸大学非常勤講師も務める。
PERSON
やまだ のりこ
一級建築士
あとりいえ。
1998年金沢工業大学工学部建築学科卒。2010年5月まで金沢市内の設計事務所に勤務し、その間の2009年6月から「おくりいえプロジェクト」にかかわる。2010年8月に「あとりいえ。」を開業して独立。2008年から金沢工業大学非常勤講師、2011年から金沢美術工芸大学非常勤講師も務める。
『おくりびと』の発想から生まれた
町家の「おくりいえプロジェクト」
 かつて金沢には町家がたくさんありました。町家の定義は明確に決まっているわけではありませんが、昭和25年以前に建てられた建物のうち、独自の風情が残っているものを金沢では町家と呼んでいます。金沢工業大学の増田達男教授の調査によると、金沢市内にはおよそ6,000軒の町家が残っているそうですが、10年ほど前には年間270軒ものペースで町家が取り壊されていました。当時、私は金沢市内の設計事務所で働いていましたが、町家の活用はほとんど進んでいなくて、老朽化すれば取り壊すのが当たり前の時代でした。でも、3日に2軒以上のペースで町家がなくなっているという現実を知ったときは、さすがに衝撃を受けました。


 そんなある日、知り合いの家のとなりにある町家が取り壊されるということを知り、建築に携わる者として何かできないかと考えました。そこで思いついたのが、その家を“最期”にきれいに掃除して送り出してあげようというイベントでした。建築家の仲間たちに声をかけ、町家への感謝の気持ちを込めてみんなで掃除をし、家じゅうに毛糸を張り巡らせて飾りつけをし、仏壇から出てきたローソクに火を灯して華やかに彩ってあげました。すると、「近くに住んで30年になるけど、こんな町家があったんやね」「ちょっと中見せてもらっていいけ?」と、町行く人たちが次々と声をかけてくれるんです。なかには「おうち、こわさんといてー」と泣き出す小さな子どももいて、その声が胸にズシッと響きました。


 消えていく町家の存在にこうして改めて目を向けてみることで、その記憶は多くの人の心に留められることになりますから、これは絶対に続けたほうがいいと感じました。亡くなった人に死化粧を施して送り出す『おくりびと』ならぬ「おくりいえ」だねということで、「おくりいえプロジェクト」とネーミングし、実施したプロジェクトはこれまでに49回を数えます。
「おくりいえプロジェクト」の様子
 おもしろいことに、家の中がゴミで埋め尽くされていると、たいていの人が「もうこの家はダメだな」と思うのに、ゴミを片づけてきれいになった家を見ると、「あら、まだ住めるかね?」と言い出す人は意外に多いんです。おくりいえプロジェクトできれいになった家の姿を見て、思い直して取り壊しが中止になったケースや、プロジェクト参加者の中から新たな住まい手が現れたケースなども少しずつ増えています。


 私自身、加賀市の大正時代の町家で生まれ育っているのですが、町家のイメージといえば、寒い、暗い、隣家の声が聞こえる、と悪いものばかり。特に個室がないというのは、思春期の女の子にとっては耐え難いものでした(笑)。ところが、大学の授業で偶然目にした町家の間取り図が、実家の間取りとほぼ同じだったのです。もしかすると何か建築的な意味のようなものがあるのかなと、ちょっとずつ町家に興味が湧いてきました。でも、当時は新築全盛の時代。わざわざ安藤忠雄のコンクリート建築を見にいくことはあっても、町家についてそれ以上詳しく調べることはありませんでした。
個人的に引き受けた改修をきっかけに
原点である町家の改修に専念へ
 就職した設計事務所では住宅から公共施設まで幅広くやらせてもらいましたが、やはり仕事はほぼ100%が新築でした。ところが、時代とともに建築のありようも少しずつ変わっていき、勤めている12年の間に新築よりも改修や耐震補修の仕事が増えていきました。当時、私はチーフ的な立場になっていたこともあり、仕事はマネジメントが中心でひとつの現場にかかりきりになることは少なくなっていました。そんなとき、個人的に依頼されて町家の改修をやったところ、身の丈に合っていたんでしょうね、これがとてもおもしろかったんです。この経験がターニングポイントとなって、自分の原点でもある町家に立ち返ることを決意し、2010年に独立して「あとりいえ。」という設計事務所を立ち上げました。
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最初に就職した設計事務所では幼稚園や公共施設の設計にも携わったというやまだ氏だが、生まれ育った町家に立ち返ることに
 町家のおもしろさは、歴史の蓄積に尽きると思います。たとえば、築100年の建物には100年間という歴史の積み重ねがあり、これはゼロからスタートする新築とはいろいろな意味で圧倒的に違います。100年という蓄積を生かしながら、そこにどう新たな命を吹き込んでやるのかというおもしろさがあります。1世紀続いた価値を壊さずに、次にどうつなぐかというのは簡単なことではありませんが、生まれ育ったのが町家ということもあり、どこをどう生かして改修するのかという取捨選択の基本のようなものが、自分にはあるのかなと思っています。


 これまで50軒以上の町家の改修を手がけましたが、個人的には住宅よりも店舗のほうが好きですね。住宅は改修の過程だけの作業で終わってしまいますが、店舗は町に対して開いていくものなので、改修後にたくさんの人に来てもらい、活用してもらう必要があります。インテリアや営業スタイルといったソフト面まで考えて改修の提案を行い、なるべく一緒に店を立ち上げるところまでやるというのが私のスタイルです。
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金沢市内にあるやまだ氏の仕事場も昔ながらの町家だ
 第41回の金沢都市美文化賞をいただいた「髙木屋金物店」という老舗の町家も、そんな改修物件のひとつです。最初はおくりいえの相談を受けたのですが、築170年という立派な建物は、おくりいえをするような建物ではありませんでした。5代目の当主である家主ご夫妻にも頑張っていただき、最初は2階に貯め込まれた5代分の膨大な荷物を片づけるところから始め、少しずつ使える空間を増やしていきました。蔵に眠っていた長持や箪笥をディスプレイとして活用したり、納屋にあった古い照明器具を主室に付け替えたりしているうちに、「あれ、こんなにいいものやったんか?」と家主さんも町家の価値に気づいたみたいで、いまでは町家再生の広告塔となってあちこちで家の自慢をしてくれています(笑)。


 この店の改修では、扱う商品の見直しや陳列の仕方をはじめ、のれんは加賀友禅を使ってこんなデザインにしましょうというところまで、私から提案させていただいて一緒に考えました。延べにすると5年近い時間がかかっていますが、こうしたひとつひとつの作業の積み重ねが歴史をつないでいくということだと私は思います。そこを認めていただいたからこそ、思いがけず賞をいただくこともできたのかなと思います。


 こうした改修を行ううえで重要なのが、現場を担当してもらう大工さんの技量です。いま私が組んでいる工務店の担当者が、たまたま金沢工業大学の同じゼミ(水野一郎研究室)にいた同級生だったので、信頼して仕事を頼むことができるのも強みです。ほかにも、私は基本的に2人でプロジェクトを組んで改修の仕事をするのですが、手伝ってもらっているのが金沢工業大学の建築学科の後輩の女の子です。先日の現場では建築学科OBだという土木業者の人にもお会いしましたが、金沢工業大学のネットワークが建築の仕事をするうえでかなり役立っているかもしれません。
やまだ氏が設計を担当して改修した髙木屋金物店。施工は堺谷建築が担当した
時代によって変化する建築物
今注目するのは増え続ける「空き家」
 現在、私は母校で非常勤講師として設計製図を教えているのですが、いまの学生はマジメでいい子すぎるという印象ですね。水野先生に「建築はダイナミックに!」と教えられた身としては、なかなか弾けた案が出てこないのがちょっと物足りないかな。ただ、建築にはその時代のありようが反映されるので、それもある意味仕方がないのかもしれませんが。


 この10年間で町家も様々な形で改修・活用されるようになり、現在は町家が取り壊されるペースも年間100軒台まで減ったそうです。これはこれで喜ばしいことですが、金沢市周辺に残る町家の数の上限は決まっているので、私は必ずしも町家だけにこだわろうとは思っていません。むしろ、今めちゃくちゃおもしろいと思っていて、いちばん可能性を感じているのが、少子高齢化によって町に無尽蔵に増え続けている「空き家」なんです。


 空き家は町家に比べると改修の仕方もラフにできるので、私が大学で学んだダイナミックな建築を実践できる可能性も大きいと思います。それほどお金をかけずにまずは水まわりだけ直して、使いながら建物のよさがわかってきたら、少しずつほかのところにもDIYで手を入れていけばいいと思います。私はたくさんの物件にかかわるだけでなく、なるべく長くかかわりたいと思っているので、「改修して渡したら、はい終わり」というのは、実は全然おもしろくない(笑)。長い視点で時代に合わせてちょっとずつ建物を変えていくほうが断然楽しいし、町もよくなっていくと思います。
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仕事場近くにある「夜の図書館もーり」は、空き家を改修してつくられている。「本はご近所の方や仲間が寄贈してくれます。もう少し本棚を増やして、気軽に立ち寄れる憩いのスペースにしたいです」
 あとは数の問題も重要です。改修する建物がその地域に1軒だけだと「点」にすぎませんが、2軒あれば「線」になり、3軒あれば「面」になります。だから最低でもその地域で3軒の改修をしたいというのが、私の考えです。いま仕事場にしている家は昭和初期に建てられた築90年の町家ですが、私がここに移ってきたことがきっかけとなって、周辺で2軒の空き家を改修することができました。1軒は知人に購入してもらい、もう1軒は私を含めた4人で1万円ずつ出し合って借りています。ちなみにこの二つの建物は現在、いろいろな人から寄贈された本や雑誌を所蔵する「夜の図書館べーる」「夜の図書館もーり」としてそれぞれ一般開放しています。この地域には浅野川に面した好立地の空き家などもまだまだ多いので、個人的にはもっと改修物件を増やしたいと考えています。物件価格は皆さんが考えているよりもかなりお安いと思うので、OB・OGの皆さん、空き家を1軒いかがでしょう?


 「町を明るく楽しくしたい」というのが、私の発想の原点です。建築には町を変え、人の気持ちを変えていく力があると思うので、これからも古い家を改修し、それをいい形で次の人たちにつなげていくことで、町をもっと明るくて楽しいものにしていきたいですね。
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「夜の図書館もーり」の2階でくつろぐやまだ氏。窓の向こうには浅野川が流れ、暑い夏の日にも涼しい風が吹き込んでくる