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伝統的な木造建築構法を科学的に分析し
経験知を100年先の未来へと引き継ぐ
伝統的な木造建築構法を
科学的に分析し
経験知を100年先の
未来へと引き継ぐ
2020.3.18

日本古来の伝統的な木造建築には、大工をはじめとする職人たちの創意工夫が詰まっている。たとえば五重塔に使われる心柱は、“揺れ”を分散させて逃がす免震・制振技術であり、あの東京スカイツリーにも応用されていることは有名だ。職人たちに経験知として受け継がれてきた高い技術は、ある意味で最先端の技術とも言えるだろう。そんな伝統構法による木造建築の耐震性を解明し、現代の建築にも活かすための研究と開発を行っているのが、金沢工業大学建築学科の後藤正美教授だ。先人の知恵を現代科学で解明し、新しい木造建築の研究開発を行う現場を訪ねた。
PERSON
金沢工業大学
建築学科 教授

後藤 正美 (ごとう まさみ) 工学博士
金沢工業大学建築学科卒。京都工芸繊維大学工芸学研究科修士課程(建築学)修了。1983年金沢工業大学助手。講師、助教授を経て、2008年教授。専門は木構造、耐震工学。
PERSON
後藤 正美
(ごとう まさみ) 工学博士
金沢工業大学
建築学科 教授

金沢工業大学建築学科卒。京都工芸繊維大学工芸学研究科修士課程(建築学)修了。1983年金沢工業大学助手。講師、助教授を経て、2008年教授。専門は木構造、耐震工学。
阪神大震災を機に
再評価の機運が高まった
伝統的木造建築の構造と耐震性
 小学4年生の時に授業で見た奈良・法隆寺の五重塔がきっかけで、木造建築に興味を抱いたという後藤正美教授。大学、大学院での学びのなかで、伝統的な構法で建てられた木造建築の耐震性について研究を重ねていくうちに、そこに内在する先人たちの創意工夫や経験に基づく技術の高さを、少しでも解明したいという思いを強めていったという。

「私が大学院生だった頃は、木造建築の耐震性に関する科学的な研究はほとんど行われておらず、研究者もわずか10数名しかいませんでした。建築基準法の木造関連の分野も建築学部ではなく、農学部の林業関連の先生が担当している状況でした。金沢に戻って木造建築を研究テーマに選んだ時、周囲からは『なんで木造なんかやるの?』とよく言われました」

 当時、学問としての建築の主流は圧倒的にコンクリートと鉄であり、木造建築は「大工にまかせておけばいい」という風潮が強かったという。ところが、1995年に発生した阪神・淡路大震災がそんな状況を一変させることになる。死者6,434人のうち、およそ9割が住宅の倒壊による圧死や窒息死だった。被災した木造家屋の実に98%が1981年以前の旧耐震基準で建てられていたのである。

「私も震災1週間後に日本建築学会の調査員として現地調査に入り、多くの木造家屋が倒壊しているのを目の当たりにしました。木造建築の耐震性について検証し解析する研究の重要性を、この時再認識しました。震災以降は国の木造建築関連の研究費の予算も大幅に増え、木造建築をテーマにする研究者の数も急速に増えていきました」
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 こうして木造建築の耐震性について研究を進めていく中で、改めて伝統的な木造建築のよさを見つめ直すようになっていった後藤教授は、2000年に京都大学防災研究所のスタッフとともに、京都・東本願寺の耐震改修工事に向けた調査を行う機会を得た。

「東本願寺の御影堂は建築面積で世界最大の木造建築ですが、明治28年に建て直されてから100年以上経っているため、天井裏は大量の煤で構造が見えなくなっていました。そこで、研究室の学生たちがお寺に1週間泊まり込んで、建物の主要な部分をもとに2分の1スケールの模型を作成し、振動台を使って実験したところ、耐震性が非常に高い構造だということがわかりました。柱と梁で地震の力を吸収する木造建築のよさが、東本願寺でも活かされていたのです。

 建築に携わった明治期の職人たちが、木造建築を力学的に理解していたわけではないと思いますが、地震が多い日本で建築にかかわってきた職人たちには、五重塔の心柱のような木造での制振技術が、経験知として受け継がれていたのです。木造建築におけるこうした職人の技を現代科学の力を使って分析し、正すところは指摘し、活かせる知恵は積極的に応用すべきだということを強く感じました」

 ちなみに、当時の実験で使われたのは、金沢工業大学やつかほリサーチキャンパス内の地域防災環境科学研究所にある3m×3mサイズの水平2軸同時加振振動台で、磁石で動くためメンテナンス性に優れているのが特徴だ。こうした本格的な実験装置を自前で所有している大学は非常に少ないため、後藤教授のもとには様々なジャンルの企業から、耐震実験や耐震性能評価の依頼が入ってくる。
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地域防災環境科学研究所に設置されている水平2軸同時加振振動台
「2019年だけでも間仕切り壁、足場架設、天井、免震ダンパーのメーカーなど、4社ほどの耐震の検証実験を行いました。これまではたとえ設備が壊れても、人に危害が及ばなければ仕方がないとされてきましたが、最近は建物内の照明装置や配電装置といった非構造部材の耐震性を上げようというのが世の中の流れです。

 一例を挙げると、近年のインターネットやクラウドサービスの急激な進化によって、そこに集積される膨大な情報を保管するデータセンターの重要性は年々増していますが、建築基準法改正前の古い建物にデータセンターを設置する場合、免震構造や制振装置がないため、そこで使う分電盤自体に耐震性が求められるわけです」
耐震実験の共同研究から生まれた
「ドームピース」が秘める可能性
 そんな耐震実験の相談がきっかけとなって共同研究へと発展したのが、石川県加賀市のドームハウス建材メーカー、ジャパンドームハウス株式会社と進めてきた機能性耐久樹脂を新素材としたドーム型ハウスの研究開発だ。人体に無害な食品トレイや、強度が求められる電化製品の緩衝材などに使用される「発泡ポリスチレン(EPS)」を素材として使い、建築構造材としての強度や硬さを持たせて難燃加工やUVカット塗装などを施したドームピースを、専用の接着剤で接合してドームハウスを組み立てるというもの。日本で初めて国土交通大臣の認定を受け、製品化もされている。

「熊本県の阿蘇ファームランドに480棟のドームハウスがありますが、2016年の熊本地震でもまったく被害を受けなかったため、震災後は被災者の避難所として活用されました。ドームハウスは耐震性だけでなく断熱性や気密性、耐風性、そして耐雪性にも優れています。

 しかも軽量なので輸送も簡単で、現場での施工もパーツを組み立てるだけなら大人3~4人いれば1日で終わります。国内だけでなく、たとえば中東などの難民キャンプの建物としても活用できるのではないかと考えています」
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 そしてもう一つ、このドームピースを農業用に活かして開発されたのが農業ドームだ。農林水産省、経済産業省、国土交通省から「建築確認申請が不要」と認められたため、ビニールハウスと同等の取り扱いが可能となった。強靱性だけでなく、断熱性や密閉性も高く、極めて省エネという特性を活かせば、近年増え続けている自然災害や異常気象、病害虫や獣害による被害といったリスクも大幅に低減できる。ビニールハウスの代替施設や植物工場建屋など、多彩な用途での活用が期待されている。

「温度や湿度の管理、菌の侵入などをコントロールできるので、植物工場や魚の養殖場などにも適しています。実際に阿蘇ではシイタケの栽培に用いられていますが、採算的にもうまくいっているそうです。ドームハウスと違い、農業ドームはアーチ状になっているので、奥行きを50m、100mとどんどん延ばしていけば様々な用途での活用が考えられます。

 突拍子もないアイデアだと思われるかもしれませんが、アーチ型のドームをカーブさせてサークル状につなぎ、内部の酸素濃度を下げることで、高地トレーニングができる全天候型陸上トラックをつくることができます。隣に酸素濃度を上げたリフレッシュルームをつくれば、わざわざ海外に行く必要はありません」

 現在、白山市のマスタープラン策定委員会の委員を務める後藤教授は、このドームハウスとアーチハウスを組み合わせ、住居や生産の場が集まった拠点を市内にいくつか設け、そこを自動運転の車で結ぶコンパクトシティの構想も考えているという。
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白山麓キャンパス内に設置された研究用ドームハウス
「手始めに、国際高等専門学校(ICT)がある白山麓キャンパスにドームハウスを建てて、豪雪地帯での融雪の方法について実物大試験と解析を行っています。ドーム形状の建物には雪が積もらないため、水を使って建物の周囲の雪を溶かす仕組みをつくることができれば、冬場の雪下ろしの負荷が軽減されます。地味な研究ですが、こうした取り組みが将来のコンパクトシティの実現に向けたヒントになるはずなので、学生たちも楽しみながらアイデア出しや模型づくりをやってくれています」
100年先への“知の継承”を見据え
次世代研究の“担い手”を育成する
 後藤教授の研究室には大学院生1名、4年生15名、総勢16名の学生がいるが、それぞれが防災減災プロジェクトや、ウォールスタットという倒壊解析ソフトを使った木造の解析シミュレーションを行うプロジェクトなどに所属しながら、必ずしも木造建築に限定することなく、耐震工学という視点から研究に取り組んでいる。

「私自身、木造一筋に研究を続けてきましたが、実験やデータ解析の手法は木造も新しい素材も同じなので、木に取って代わる性能があれば新しい素材であってもそれほど抵抗はありません。むしろこれからは構造の話だけでなく、無垢の木の循環や環境面でのメリットをアピールすることで、木造のよさを伝えていくことが重要になってくると考えています。

 そういう意味でも4年ほど前から着目しているのが、木の復元力です。無垢の木には形状記憶合金のような性質があるため、多少傷ついても水分を含ませてあげれば9割くらいまで元の状態に戻ります。大きな地震が頻繁に起きる日本ですが、国土には良質な木材がたくさんありますから、こうした木の特性を理解したうえで木の強度や品質を管理して性能を担保できれば、無垢の木はもっと活用されるようになると思います」
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研究所1階の実験室では、木材に圧力を加える耐久テストも実施している
 無垢の木で建てられた伝統的な建物は環境への負荷が低く、エネルギーコストという点でも非常に優れている。それを熟知する後藤教授は近年の木造建築において、エンジニアリングウッド(LVLなどの集成材)や新しい木質構造用材料であるCLT(Cross Laminated Timber)などが安易に多用されていることに首をかしげる。

「無垢の木には割れなどの欠点はあるものの、製材すればそのまま使えるし、鉋で削れば何度でも使えます。しかも、日本人には無垢の木を活用する知恵と技術の蓄積があるわけですから、それがエンジニアリングウッドの台頭によって失われてしまうとしたら大きな損失です。100年後に『100年前の人たちはなぜもっと無垢の木を使って家を建てなかったのか?』『あの技術はどうなったのか?』と思われるようなことはしたくはありません。そろそろこうした考え方を引き継いでくれる研究者を育てたいですね」

 「温故知新」([ふる]きを[たず]ね、新しきを知る)。これからの木造建築の進化を可能にするのは、まさにこの故事成語のような考え方なのかもしれない。新しさと便利さばかりを優先してしまいがちなこの時代だが、しばし立ち止まってじっくりと先人たちの声に耳を傾けてみる必要があるのかもしれない。
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