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工学的知見から人体運動を支援する
「ヒューマンモーション
コントロール」の可能性
工学的知見から人体運動を支援する
「ヒューマンモーション
コントロール」の可能性
2020.3.18

金沢工業大学ロボティクス学科の河合宏之教授は、「ヒューマンモーションコントロール」に関する研究に取り組んでいる。これは、人体をシステムの一部として捉え、筋肉に電気刺激を与えることで、障害や病気によってまひした筋肉を適切に動かす運動支援システムの構築とその制御方法を提案するという、画期的な研究である。脊髄を損傷した人や脳梗塞、脳卒中などが原因で体にまひが生じると、脳から筋肉に至る指令伝達がスムーズにいかなくなり、思い通りに体を動かせなくなる。河合教授の研究は、そんな人たちにとって救いとなるものだ。やつかほリサーチキャンパスにある河合教授の研究室を訪ねた。
PERSON
金沢工業大学
ロボティクス学科 教授

河合 宏之 (かわい ひろゆき) 博士(工学)
金沢大学工学部電気・情報工学科卒。同大学大学院自然科学研究科博士前期課程(電子情報システム専攻)修了。同大学大学院自然科学研究科博士後期課程(機能開発科学専攻)修了。法政大学情報技術(IT)研究センターポストドクター研究員。2005年金沢工業大学講師。2010年准教授。2013年米国フロリダ大学客員研究員。2018年金沢工業大学教授。専門はロボット制御工学、身体の運動制御。
PERSON
河合 宏之
(かわい ひろゆき) 博士(工学)
金沢工業大学
ロボティクス学科 教授

金沢大学工学部電気・情報工学科卒。同大学大学院自然科学研究科博士前期課程(電子情報システム専攻)修了。同大学大学院自然科学研究科博士後期課程(機能開発科学専攻)修了。法政大学情報技術(IT)研究センターポストドクター研究員。2005年金沢工業大学講師。2010年准教授。2013年米国フロリダ大学客員研究員。2018年金沢工業大学教授。専門はロボット制御工学、身体の運動制御。
ロボットの製作過程で着目した
二関節筋と“生物的な動き”の関係性
「私が取り組んでいる研究は、体内に電気刺激を送り、まひした筋肉を動かす運動支援システムを構築して、患者さんたちのリハビリの一環とすることを目的としています。一般的なロボット工学のイメージとは異なるかもしれませんが、人体を数学的なモデルとして捉えると、ロボットと類似している部分がかなり多いのです。そこで、私が学んできたロボット工学を活かしながら人間との違いを踏まえた上で研究を進めています。

 ホンダが開発したASIMOなど、二足歩行ロボットがかつて話題になりましたが、あれは膝の関節部分にモーターを入れて歩行させていました。しかし、人間の関節はあくまでジョイントの役目を果たすだけなので、自発的には動きません。人間は関節の周囲にある筋肉を動かしているわけです。ASIMOのようなロボットは二足歩行ができてはいたものの、やはり人体の自然の動きとは異なるメカニズムだったのです。

 私としては、人体に近いロボットをつくるなら、より自然の動きに近いものに興味がありました。ちょうどASIMOが話題を呼んでいた頃、私は金沢工業大学の佐藤隆一教授と共同で、人体の二関節筋構造をロボット工学で再現する研究をしていました。二関節筋とは、たとえば肩と肘を同時に動かせる筋肉のことで、滑らかな動きをするのに欠かせません。ところが、リハビリの分野でも、あまり二関節筋は着目されていなかったのです。

 二関節筋は陸上生物特有の筋肉で、水中生物にはないものです。ただし、原始両生類である古代のシーラカンスは持っていました。原始両生類へと進化した時点で二関節筋を獲得したと考えられています。佐藤先生は、シーラカンスに関心を持たれていたのですが、私は、陸上生物の大きな特徴である二関節筋を無視することは不自然だと思い、二関節筋に着目した研究をしていました。ロボットも生物的な自然な動きであったほうが、省エネルギーで動かせるはずなので、興味を持っていたのです」
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 人体の自然な動きを有するロボットに関心を抱いていた河合教授は、二関節筋の動きをロボットで再現しようとしていた。しかし、そこで大きな壁にぶつかってしまう。生物特有の動きをロボットで再現しようとする際、ハードウェアの製作が非常に困難だったのだ。

「現在であれば、空気圧アクチュエータを使って筋肉の動きを再現する方法などもあったと思うのですが、当時はまだそういう発想自体がありません。単純にモーターを配置する工夫などで再現しようとしましたが、どうしてもうまくいきませんでした。

 その頃の私は、広く世界に目を向けて、海外でロボット工学を学びたいという思いもあり、留学を考えていました。ちょうどフロリダ大学に同様の研究をしている先生がいて、私のアプローチにも近かったので『二関節筋に着目した筋刺激の研究をしたい』と申し出て、一緒に研究をすることになったのです。ロボット製作が壁にぶち当たっていたタイミングと、海外に出たいという私の思いが合致したわけです。

 電気刺激で筋肉を動かすという試みは、おもに医療の世界で行われていました。私のようにロボティクスからアプローチするケースは多くありません。実は、人体深部の筋肉に電気刺激を与えるには、体内に電極を埋め込むしかないのです。そうなると、医療が絡んでくるし、メンテナンスも大変なので、工学の研究だけではできません。

 我々が主体となって筋肉に電気刺激を与える場合は、パッド状のものを表面に貼って筋刺激を与えるといったアプローチになります」
「工学」と「医療」の観点から
ペダリングシステムの実用化をめざす
 フロリダ大学への留学を経て、河合教授は筋肉への電気刺激の研究にまい進した。人間の体は、脊髄運動ニューロンの発火が骨格筋を活性化させて、筋収縮を起こす。現在、河合教授はFES(Functional Electrical Stimulation、機能的電気刺激)を用いた研究に取り組んでいる。これは脊髄運動ニューロンの機能を人工的に補って、歩行や立ち上がりなどの運動行動を支援しようとするものだ。

 たとえば、自転車を漕ぐペダリング運動は、複数の筋肉を刺激する周期運動であり、下肢に問題を抱える人のリハビリに有効とされる。だが、下肢に障害のある人は電気刺激によって得られる力を必ずしも効率的にペダリング運動に伝えることができない場合もあった。

「効率的な運動を実現するために、フロリダ大学の研究室と共同で、工学的な知見から理論的な解析を行いました。ペダリングの際に足先にかかる力の方向を考慮し、合計8カ所に貼った電極パッドのうち、どの部位にどれだけの電流で刺激するかをリアルタイムで計算したのです。そのデータをもとにして、金沢市内の病院の協力を得て患者さんにFESを用いたペダリング運動を行ってもらったところ、リハビリの効果を実証できました。
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被験者が「足を動かそう」と考えなくても、筋肉に貼られた電極パッドからの電気刺激により足を動かすことができる
 我々は医療が専門ではないため、医学や理学療法の観点を持っていません。工学からのアプローチだけでは限界もある。そこで病院に協力してもらい、医療関係者からメディカルな観点でのコメントをもらいながら、工学の立場を保ちつつ、双方のアプローチを調整して研究を進めています。医療現場の方は、あくまで治療を行いたいので、我々とは立場が異なりますから。データを得るためには患者さんの協力も不可欠です。我々自身でもデータは取りますが、健常者のデータだけでは不十分ですから、病院で患者さんの了解を得た上で、貴重なデータを収集させてもらっています」

 FESペダリングシステムは、被験者の片側の下肢4カ所(大臀筋・ハムストリングス・脇腹筋・大腿四頭筋)に電極パッドを貼り、まひ側のみに電気刺激を与えてペダリング運動を行う。さらに、筋力がより弱った人でも利用可能なFESローイングシステムもある。こちらは、被験者が両足の計4カ所(ハムストリングス・大腿四頭筋)に電極パッドを貼り、ボートを漕ぐ際の屈伸運動(ローイング)を行う。

 河合研究室でのFESの研究は端緒についたばかりだが、研究の結果、状態が改善したケースも見られており、「研究の方向性は間違っていなかった」ことは河合教授も認識しているという。ただ、将来的にこのシステムを実用化するためには非常に困難な道が待っているそうだ。
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「実用化して販売するとなると、国の認可を取得する必要がありますからね。そのためのハードルはかなり高くなるでしょう。ただし、国内メーカーでこの研究に興味を抱いてくれる企業がもし見つかれば、道が開けると思います。現在我々が使用している機器は、ドイツ製の機器をベースに周辺機器を手づくりしてセットアップしていますが、これをパッケージとして販売するとなると、様々な障壁を乗り越えなくてはいけません。しかし、決して不可能な話ではないと思います」
アスリートへの転用も可能な技術を
あえてリハビリでの活用に特化
 現状では、病気や障害によって体がまひしている人のリハビリを目的としているが、FESを健常者にも利用する可能性が出てきている。実際にスポーツ界からのアプローチもあるようだ。

「アスリートがフォームを改善するケースなどに、FESを活用できないかという話をされたことはあります。ただ、正しいフォームを工学的に捉えることが難しいようにも思えたのです。障害のある方の場合であれば、健常者と同様に動けるようにというモデルがあります。しかし、たとえば『マラソン選手が最も速く走るためのフォーム』などについては、簡単には正解が出せないでしょう。私の研究意欲としても、あまりそういう方向へは向かっていきません。

 障害があって、思ったとおりに動けないという方は、本人にはどうにもできないけど、我々にはそれを助けることができる。しかし、健常者が速く走るための努力は本人ができるわけなので、もし理論上で可能だとしても、そこをサポートするのは我々の役目ではないように思えます」
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 あくまで『これがないと困る』という人たちを助けたいという、河合教授が示すベクトルは明解だ。この研究の醍醐味と、今後の目標について聞いてみた。

「この研究は、人間本来の運動機能に触れるものなので、そこが醍醐味だと感じています。実際にリハビリをされている方がいて、その方のサポートになり、役立つという実感が得られることも魅力だと思います。単につくって面白いというものではないことが重要です。中高生たちがロボットづくりの面白さに惹かれて夢中になっても、その先につなげることが難しいのですが、この研究の場合は、目の前に患者さんがいて、成果を肌で感じられます。人の期待に応えることができる研究だと思うので、やりがいがあります。同様の研究にトライしている例が極めて少ないこともあり、河合研究室だからこそできる研究であるとも言えます。学生たちも、このテーマに興味を持ってくれる人が多いようですね」
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「これからも、世の中に必要とされている、役に立つものをつくりたいという思いがあります。困難なことも多いのですが、世の中にインパクトを与えたい。筋刺激に関しては、やはり製品化への道を追求していきたいと思います。過去の研究でも製品化にチャレンジした経験はありません。私にとっては未知の世界でもあり、手探りではありますが、挑戦を続けていきます」

 ペダリング運動では、人によって筋刺激が十分にされない領域があり、途中で止まってしまうというケースがある。それを防止する対策として、河合教授らは足を前後に動かしてタイヤを回す交互屈伸運動によるモデルも独自に構築、研究室オリジナルの画期的なシステムを提案している。

「下肢に障害のある人たちは、電動車椅子などがあれば、移動という目的はかなえられます。しかし、今は足がまひして動かせなくても、『いつか自分の足が動かせるかも知れない』という願望を持っている方も多いのです。iPS細胞による脊髄損傷治療なども動きはじめているので、神経の指令系統が回復する可能性もあります。ただ、そのためには筋力を維持することが条件となりますね。そこで、筋肉を刺激することが大きな意味を持ちます。自分の体が動く可能性を信じることで、リハビリを耐え抜くモチベーションが生まれるでしょう。私たちの研究が、そのために活かせればいいと思っています」

 障害のある人たちにとって、リハビリを続けることは辛いものかもしれない。それでも、希望を持つことで、辛さを乗り越えることができるだろう。河合教授らの研究は、彼らの希望を支え、大いに力を与えるものであるはずだ。
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