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米IT見本市「CES」に見る
日本メーカー復活への処方箋
2020.3.18

世界最大のIT見本市「CES 2020」が今年1月、米ラスベガスで開かれた。人工知能(AI)やIoTなど最新の技術が展示されたが、今回最も目立ったのは電気自動車やドローンなどモビリティ関連の技術だった。特にソニーが出展した電気自動車は、家電業界はもとより、世界の自動車業界をもあっと言わせた。日本の家電メーカーの競争力低下が指摘されて久しいが、モビリティ分野を軸に復活に挑もうとしている。
関口 和一 (せきぐち わいち)
株式会社MM総研 代表取締役所長
(元・日本経済新聞社 論説委員)

ソニーが“復活の強調”の一手として
初の電気自動車を本体まで開発
「様々なパートナー企業の協力を得て我々自身でつくりました」。ソニー初の自動車「Vision-S(ビジョンエス)」を記者会見でお披露目した吉田憲一郎社長は、日本の家電メーカーの技術力を自慢そうに語る。ソニーは、2019年3月期の連結営業利益で2期連続の最高益を上げたものの、最近は新しいものを生み出す「ソニーらしさ」を失ったといわれていただけに、復活を強調したいようだ。実際、自動車を発表した直後に、ソニーの時価総額は1990年代末のITバブル以来、ほぼ20年ぶりに10兆円の大台を回復した。

 ソニーの電気自動車の開発は、愛犬ロボット「aibo(アイボ)」を担当するチームが欧州に約20カ月間滞在し、少人数で極秘裏に進めてきた。車線変更などができる自動運転のレベル2以上に対応し、運転席の前には横長の大型液晶画面を配置し、カーナビの表示や映画の鑑賞などができる。家庭用に開発した360度リアリティオーディオの技術も投入し、立体感のある音響映像空間を車内に実現した。まさにソニーならではの仕上がりといえる。
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ソニー初の電気自動車「Vision-S」の試作を発表した吉田憲一郎社長
 実は、ソニーは前任の平井一夫社長の時代からCESの場で自動車市場への参入を表明していた。CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor、相補性金属酸化膜半導体)など、ソニーが持つイメージセンサーや音響映像技術を、自動車メーカーに供給するというのが当初の計画だったが、まさか本物の自動車まで自らつくるとは誰も予想していなかった。車両の製造はカナダの自動車部品大手、マグナ・インターナショナルのオーストリアにある子会社に委託し、デザインや仕様などは自ら設計した。

 ソニーが部品だけでなく、あえて自動車本体までつくろうと思ったのは、「自動車メーカーと協業するうち、本当にいい技術を提供するには自ら完成車をつくってみるのが早道とわかった」と、開発現場を担当したAIロボティクスビジネスグループのエンジニアリングマネジャー、小川康文氏は語る。ソニーの強い意志に押され、独自動車部品大手のボッシュやコンチネンタル、自動車向けの基本ソフト「QNX」を開発するカナダのブラックベリーなども協力した。
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ソニー「Vision-S」はスマートフォンでドアを開錠できる
 しかし、多額のコストがかかる自動車開発に吉田社長があえてゴーサインを出したのは、それだけの理由ではなかった。「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)」と呼ばれる米IT企業の台頭を受け、「優秀なエンジニアを社内につなぎとめておくには夢のあるプロジェクトが必要だった」と吉田社長は指摘する。最近は日本の家電や情報機器メーカーを飛び出し、米国のIT企業に籍を移す若者も少なくないからだ。

 ソニーでも、業績が低迷していた2006年にアイボ(当時は大文字の「AIBO」)の生産を中止したところ、同社から離れたエンジニアもいた。今回、名前を「AIBO」から小文字の「aibo」に変え、吉田社長のもとで愛犬ロボットが復活したことにより「エンジニアや社員の士気が高まった」という。電気自動車の開発は、そうした彼らのモチベーションをさらに高めるための新たな挑戦だった。
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液晶画面が左右一杯に設置されたソニー「Vision-S」の運転席
 吉田氏は、子会社の通信サービス会社の社長からソニー本体に戻り、最高財務責任者(CFO)を務めた頃から「何か動くものをやりたいと考えていた」と語る。というのも、日本の家電メーカーが世界を席巻した時代、競争力の源泉は当時「メカトロニクス」と呼ばれた機械と電気の両方に裏打ちされた技術力にあった。ソフトやサービスの分野でGAFAに対抗するのは厳しいが、彼らがつくれない「動くもの」を世に問うことで、ソニーの存在感を再びアピールできると考えたという。
新興勢力の相次ぐ自動車市場への参入に
既存メーカーも次なる一手を打ち出す
 モビリティ分野に力を注ぐのはソニーのライバル、パナソニックも同じだ。同社は米電気自動車ベンチャーの「テスラ」にバッテリーを供給しているが、今回のCESでは展示スペースのほぼ半分以上をモビリティ分野に割いた。小型電気自動車の開発を進める米スタートアップ企業のトロポステクノロジーズと提携し、パナソニックが2016年に買収した米業務用冷蔵庫メーカー、ハスマンの冷蔵ケースと組み合わせた配送用の電気自動車などを出展した。
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パナソニックがアメリカのトロポスやハスマンと開発した業務用の冷蔵ケース電気自動車
 パナソニックは台湾の電動二輪車ベンチャー、Gogoro(ゴゴロ)にもバッテリーを供給する一方、米二輪車大手のハーレーダビッドソンが開発した電動バイクに車載通信システムを供給している。インターネットに常時接続し、離れた場所でもバッテリーの残量などがわかり、盗難にあった場合にも車両を追跡できるというシステムだ。米ユタ州では、地元の交通当局と組み、自動車と道路をつなぐ通信システムを開発、クルマの安全性と利便性を高めるプロジェクトを進めている。

 さらに、「アビオニクス(航空電子技術)」と呼ばれる飛行機の機内エンターテインメント装置の開発でも実績を持つ。米子会社、パナソニックアビオニクスを通じて世界シェアの7割近くをおさえており、今回のCESでもファーストクラスとビジネスクラス向けの最新シートシステムを展示した。飛行機内のモニターシステムから派生した事業だが、最近では空港にも顔認証による出入国管理システムなどを納入している。
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パナソニックが展示したファーストクラスの最新シートシステム
 ソニーやパナソニックなどの大手家電メーカーに加え、自動車市場では新たなベンチャー企業の参入も増えている。今回のCESでもう1社注目されたのが、中国の電気自動車ベンチャー「BYTON(バイトン)」だ。ドイツのBMWなどのエンジニアが2016年に設立した会社で、2018年からCESにも出展、今年秋から欧米市場でスポーツタイプの電気自動車「M-Byte(エムバイト)」を発売すると発表した。自動運転機能と次世代通信規格「5G」に対応し、「中国版テスラ」とも呼ばれるが、販売価格を3万6000ドルからとテスラより低めに設定し、欧米市場で6万台の事前注文を獲得したという。ソニーの電気自動車と同様、運転席には幅が1.25mある大型液晶を設置し、映画の鑑賞やビデオ会議などができるようになっている。
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5Gに対応したバイトンの電気自動車「M-Byte」
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幅が1.25mある大型液晶を搭載したバイトン「M-Byte」の運転席
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CESで記者会見に臨むバイトンのダニエル・キルヒャルトCEO
 こうした新興勢力の参入に対し、既存の自動車メーカーも黙って手をこまねいているわけではない。トヨタ自動車は、電気で動く自動運転バス「e-Palette(イーパレット)」のコンセプトモデルを2018年のCESで発表、今年の東京オリンピック・パラリンピックで実機を投入する計画だ。個人向けではなく、法人需要を狙った車両で、箱型の車内にはクリニックや保険の窓口、ファーストフード店など様々な造作をユーザー企業が施せるようになっている。豊田章男社長は「昔のモータリゼーションは消費者がクルマに乗って郊外の店に買いに行ったが、自動運転時代には、スマートフォンで消費者が呼ぶと、クルマの方がやってくるようになる」と指摘する。

 今回のCESではそうした次世代型モビリティの技術を実証実験するために、富士山のふもと、裾野市に大規模なスマートシティを建設することを発表した。豊田氏は「今の自動車産業は100年に一度の大変革期にある」と強調。自動運転に限らず、家事支援ロボットなど様々なIoT機器を街全体で活用できるプラットフォームづくりを目指す。
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「CES 2020」で富士山の裾野にスマートシティの建設を発表したトヨタ自動車の豊田章男社長
 「コネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアード(Shared)、電気(Electric)」の頭文字で表す「CASE」という自動車の新しい方向性を打ち出した独ダイムラーも次のフェーズを狙う。CES開幕前夜の基調講演を務めたオラ・ケレニウス会長は環境対策を最重要課題に掲げ、従来の「リサイクル(再生)」に加え、「リユース(再利用)」「リデュース(使用量削減)」を一層推進していく考えを表明した。そのためにハリウッド映画『アバター』をモチーフにした究極のエコカー「VISION AVTR」を発表するなど、自動車と情報技術との融合に力を注いでいる。
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究極のエコカーのコンセプトモデル「VISION AVTR」を公開した独ダイムラーのオラ・ケレニウス会長
新風が吹くモビリティ分野
家電メーカーとの協業なるか
 さらにモビリティの分野で新たな市場を切り開こうとしているのが有人ドローンだ。アメリカのベル・ヘリコプターが昨年に続き、大型ドローンのコンセプトモデルを展示したのに加え、今回は韓国の現代自動車が米ライドシェア最大手のウーバーテクノロジーズと提携し、「空飛ぶタクシー」のコンセプトモデルを出展した。ダイムラーやアメリカのインテルも独ドローンベンチャー、ボロコプターに出資しており、トヨタも米スタートアップ企業のジョビー・アビエーションと提携し、「空飛ぶクルマ」を開発しようとしている。
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ベル・ヘリコプターが出展した有人ドローンの外観と操縦席
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韓国の現代自動車と米ウーバーが共同開発した有人ドローン
 CESを主催する全米民生技術協会(CTA)のゲイリー・シャピロ会長は「民生技術分野の今後の重要な領域としてPAV(パーソナル・アビエーション・ビークル)の台頭が予想される」と指摘する。CESには約4,500社が出展しているが、モビリティ関連の企業は150社を超えたという。そうした流れを受け、CTA自身も2015年に、前身の全米家電協会(CEA)から今日の名称に団体名を変更した。シャピロ会長は「CESをもうコンスーマー・エレクトロニクス・ショー(家電見本市)と訳さないでほしい」と訴える。今年のCES初日の基調講演も、IT企業ではなく、米デルタ航空のエド・バスティアン最高経営責任者(CEO)が務めた。まさに自動車から飛行機までモビリティが新たな技術革新の主役となりつつある。
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初日の基調講演を務めたデルタ航空のエド・バスティアンCEO
 しかし、こうした技術の進化は既存の自動車産業にとっては大きな脅威となりかねない。ガソリン車から電気自動車の時代になれば、基本となる部品さえ調達できれば誰もが自動車をつくれるようになるからだ。ソニーの自動車開発はそれを立証したことになる。これはテレビがブラウン管から液晶の時代になり、ベンチャー企業でもテレビをつくれるようになったのとよく似ている。今後、5Gや3Dプリンターなどの技術が普及すれば、自動車産業のプレーヤーもガソリン車時代とは大きく変わっていくだろう。

 その意味でもソニーの自動車の発表は今年のCESや日本の家電メーカーの変貌ぶりを表す象徴的な出来事だった。ソニーにとってはクルマという新しい分野への参入だが、自動車産業からみれば、業界以外からの新しい挑戦者の台頭を意味する。トヨタやダイムラーが街づくりや環境対策といった大掛かりなコンセプトを掲げたのも、新興プレーヤーに対する自動車業界としての対抗策を示す必要があったからだといえる。日本の家電メーカーにとっては、そうしたモビリティの分野と情報技術を上手に組み合わせることで、新たなチャンスがやってくるに違いない。そのためにも日本の自動車メーカーと家電メーカーとの協業が重要なカギを握る。
PERSON
株式会社MM総研
代表取締役所長

関口 和一 (せきぐち わいち)
1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。88年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。89年英文日経キャップ。90~94年ワシントン特派員。産業部電機担当キャップを経て96年より2019年まで編集委員。2000年から15年間、論説委員として情報通信分野の社説を執筆。19年株式会社MM総研代表取締役所長に就任。06年より法政大学大学院客員教授、08年より国際大学グローコム客員教授。09~12年NHK国際放送コメンテーター、12~13年BSジャパン『NIKKEI×BS Live 7PM』キャスター、15~19年東京大学大学院客員教授。著書に『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』、共著に『未来を創る情報通信政策』など。
PERSON
関口 和一
(せきぐち わいち)
株式会社MM総研
代表取締役所長

1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。88年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。89年英文日経キャップ。90~94年ワシントン特派員。産業部電機担当キャップを経て96年より2019年まで編集委員。2000年から15年間、論説委員として情報通信分野の社説を執筆。19年株式会社MM総研代表取締役所長に就任。06年より法政大学大学院客員教授、08年より国際大学グローコム客員教授。09~12年NHK国際放送コメンテーター、12~13年BSジャパン『NIKKEI×BS Live 7PM』キャスター、15~19年東京大学大学院客員教授。著書に『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』、共著に『未来を創る情報通信政策』など。

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