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弁理士・ITコンサルタントが見る
“知財”問題の現状と今後
弁理士・ITコンサルタントが見る
“知財”問題の現状と今後
2019.7.22

金沢工業大学虎ノ門大学院の栗原潔客員教授は、弁理士、ITコンサルタントとして活躍する、商標や著作権の専門家である。専門家としてコンサルティング業務を行う傍ら、Yahoo!ニュース個人コーナーへの寄稿では、「令和を商標登録することは可能か」「かっぱえびせんのキャッチフレーズは著作物か?」などのタイトルで商標や著作権のニュースを取り上げ、知的財産権にまつわる諸問題についてわかりやすく発信している。特に知的財産権について詳しい栗原客員教授に、「知財」についての基本知識をはじめ、我々が知っておくべき知財の現状を語っていただいた。
PERSON
金沢工業大学
虎ノ門大学院 客員教授

栗原 潔 (くりはら きよし)
東京大学工学部卒業、米MIT電子工学計算機科学科修士課程修了。日本IBM、ガートナージャパンを経て、2005年より独立し、株式会社テックバイザージェイピーを設立、先進的ITと知的財産に関するコンサルティング業務に従事、多数の寄稿・講演・翻訳活動を行う。弁理士、技術士(情報工学)。
PERSON
栗原 潔
(くりはら きよし)
金沢工業大学
虎ノ門大学院 客員教授

東京大学工学部卒業、米MIT電子工学計算機科学科修士課程修了。日本IBM、ガートナージャパンを経て、2005年より独立し、株式会社テックバイザージェイピーを設立、先進的ITと知的財産に関するコンサルティング業務に従事、多数の寄稿・講演・翻訳活動を行う。弁理士、技術士(情報工学)。
国際競争力を維持するためには
着実な知財戦略が必要不可欠
「『知財』とは、知的財産、あるいは知的財産権と言われるものですが、特許や商標、著作権などは皆さんにもイメージとして浮かぶと思います。本当の意味するところはもう少し広く、『情報財=知財』だと考えるべきだとよく言われます。たとえば企業が有しているノウハウやブランドイメージ、顧客リストなど、様々な営業秘密までも含めた広い概念のものであるという認識が必要です。


 以前から“知財立国”が叫ばれるようになり、国際競争力を維持するためには知財が重要であると言われています。近年の中国の勢いなどを見ていると、日本も国際社会の中では、知財で勝負する必要性が高まっていることは間違いないですね。いいものを丁寧にかつ大量に作るという製造能力の面では、以前の日本は強かった。しかし、それに関しては既にアジア諸国に追い抜かれつつある。自動車関連はまだ強いですが、家電などは非常に厳しくなっています。


 そうなると、日本は知財で勝負するのが得策です。ただ知財の難しさは、一瞬でコピーされる可能性もあるので、侵害された場合のダメージが非常に大きいことです。企業の知財戦略として、しっかりとガードする必要があります。
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 たとえば、世間でよく知られている著名なブランドを、法律の穴を突いて勝手に商標登録してしまった例なども増えています。企業にすれば重要な課題だと思われますね。ある人気ゲームが、正式タイトルではなく、ファンの間で通称として呼ばれていたタイトルの略称が他者に商標登録されてしまったケースが最近ありました。この場合、メーカーとしては正式タイトルだけでなく、略称も登録しておくべきで、うまく法の抜け穴を使われてしまった事例と言えるでしょう。


 中国で無印良品のパクリ問題がありましたが、中国では商標の流通マーケット的な市場があり、取得した商標を高額で売りつける“商標ゴロ”のような人も多い。中国に進出する可能性のある企業や少しでも有名になったものであれば、とにかく早期に商標登録を出願しておくべきですね。


 他人が勝手に商標を取得した場合、日本でも中国でも後で取り消すことは可能です。ただ、中国では日本でだけ有名だった商標だと取り消すことが非常に難しいのです。法整備が未成熟であるとも言えるので、その商標が中国でも広く知られたことを証明する必要があります。そうなる前に、商標登録を出願しておくことが大原則なのです」
個人が侵害する危険性が高い一方
課題も山積している著作権問題
 企業や団体の場合はともかく、一般の一個人がうっかり誰かの知的財産を侵害してしまうリスクはあるのだろうか?


「一般の方が知的財産権を侵害してしまう可能性としては、特許や商標などは比較的少ないですね。それらはビジネスの世界の話ですから。ただ、偽ブランド品などをそれと知りながらオークションに出品してしまった場合などは、個人でも商標権侵害に当たります。むしろ、危険があるのは著作権侵害のほうでしょう。


 実は著作権法の規定は、インターネット登場以前の法律がベースになっており、時代にそぐわない部分もあるのです。『厳密に言えば、すべての日本人は著作権法に違反している』と言う識者もいるほどですから。1950年代頃までは、複写する手段自体が極めて少なかったのです。せいぜい『青焼』と呼ばれるジアゾ式複写技法程度でした。そもそも現代のように簡単にコピーができる時代を想定していない法律ですから、未整備の部分が非常に多いのです。


 現在、議論されている問題としては、ネット上にアップロードされている著作物をダウンロードした時に著作権侵害とすべきかどうかです。これまでは、映像等の著作物に限り、違法にアップロードされたものと知ってダウンロードした場合は著作権侵害とされてきました。それを文章や静止画にも拡大しようという動きがあるのですが、そうなると知らぬ間に侵害してしまうケースが増えると想像できます。法律上は『違法にアップロードされたもの』という縛りがあるのですが、『このコンテンツは著作権侵害をしているかもしれないから、使うのはやめておこう』という人が増えるかもしれません。しかし、本来は著作物の利用と保護によって文化の発展をめざすのが著作権法の精神なのです。著作権の保護ばかりに軸足を置き過ぎて、文化の発展を妨げることが危惧されているのです。
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 一概に著作権侵害とは言っても、映画館で作品を丸ごと盗撮して販売するとか、漫画をコピーしてネットで売るというような明らかな反社会的行為であれば、罰せられて当然です。ただ、悪意はないものの厳密には著作権侵害に当たる行為も少なくありません。例えば、自社の新製品が雑誌で紹介されていたので、それをコピーして社内で回覧するといった場合です。個人使用ではなく、業務上で使用されているので、本来は出版社の許可を取るか、人数分の雑誌を購入しなくてはいけない。しかし、そうしている会社は少ないと考えられます。


 法律上の仕組みと現実の社会生活が、少しずつずれている傾向は否めないでしょう。著作憲法に限ったことではないのですが、法整備を含めた著作権の大きな課題であると言えます」


 最近では、2018年に音楽教室において教材として使用する楽曲に対し、JASRACが著作権料を徴収するという方針が発表され、物議を醸した。ネットなどではJASRACに反感を持つ声も多く聞かれたのだが、知財のプロである栗原氏の見解はどうか?


「楽器メーカーが主宰する音楽教室は、営利目的です。学校の授業であれば著作権は行使できないので、教材として自由に楽曲を使えますが、民間の音楽教室となると著作権料が発生するはずという見方がある一方で、音楽の文化発展のためには、自由に使わせるべきではという意見もあります。


 ただし、カラオケや飲食店のBGMとして流す楽曲には、著作権料が発生しているのに、なぜ音楽教室は免除されるのだという主張も当然あるわけです。最近の音楽教室では、Jポップのヒットソングの弾き語りなども盛んに行われているのが実情で、そう考えるとカラオケ店から徴収するのと同様にしてもいいのではないかというのが私の見解です。ちなみにアメリカでは、同様のケースで音楽教室から著作権料を徴収しています。
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 誤解してはいけないのが、決して著作物が使用できないのではないことです。このケースにおけるJASRACの立場は、『著作物を使ってお金を儲けているのだから、その一部を著作権者に還元してください』というものです。JASRACは著作権料を徴収しているのではなく、著作権者の代行をしているだけです。このケースでは、恐らく2.5%程度の徴収になり、月謝が1万円であれば1万250円になります。その250円が子供たちの音楽を学ぶ機会を奪うことにつながるかと言うと、私にはそうは思えません。それに、著作権料を得ているのは、メジャーな作者ばかりではありません。新人や中堅アーティストの方々にとっては、JASRACを仲介して支払われる著作権料が貴重な収入となっているという人も多いのです。JASRACがないほうが音楽文化の発展に寄与するとは考えにくいと私は思います。公平性や透明性を維持する必要はありますが、根本的な仕組み自体は間違っていないはずです」
エンジニアから弁理士になる道も
有効な選択肢ではないか
 栗原教授は東京大学工学部を卒業し、米国マサチューセッツ工科大学計算機科学科の修士課程修了という経歴を持つ。弁理士として知財のプロとなった経歴はやや意外にも思えるのだが、現在に至る経緯を聞いてみた。


「当初はエンジニアとして日本アイ・ビー・エムに勤務していました。その後はガートナージャパンでIT 業界のシンクタンク的な立場にいました。基本的にはエンジニア型人間であることは自認していますが、その先のキャリアを考えてみた場合、自分のスキルを活かせるひとつの方法が弁理士かなと考え、資格を取って独立をしたのです。もともとMIT 時代に、知財の授業を選択していて興味を持っていましたから。弁理士は法律の専門家であると同時に、特許を扱う上では技術に精通していなくては務まりません。実は特許権の争いになった時は、10 年前や20 年前といった昔の技術が問題になります。私のように、昔の技術に詳しいエンジニアは弁理士としても強みがあるんですね。IT 分野の経験が長い私の場合、弁理士としても自分の経歴が有利に働いていると思っています。


 金沢工業大学虎ノ門大学院では弁理士をめざす人は多いですし、エンジニアのキャリアパーツとして、ある程度経験を積んだ上で弁理士というのはいい選択肢ではないかと私は思います。さらに言えば、法律の世界とエンジニアの世界は、遠いようなイメージを持つかもしれませんが、実は意外に近いのです。エンジニアリングの世界には、原理原則がありますが、実際にものづくりをするには、それだけではいけない。マーケットバリューをはじめ、現実に即して妥協する必要も生じます。
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 法律も同様で、原理原則だけではダメで、様々な例外も考慮しなくてはいけない。エンジニアリングの基本設計思想に基づいて現実を考慮して妥協するような面は、法律の世界と極めて似ていると私は思います。知財の世界においても、原理原則がありつつ、世の中をよくするという目的に合致しなくてはいけないので、既にある法律をどう解釈するかという面では、エンジニアリングの世界と非常に似ていますね。


 ある先生の見解では、エンジニアの世界と大きく異なるのは数学であり、純粋に原理原則で成立するのだと。同じ理系でも数学と工学には隔たりがあり、むしろ法学のほうが工学に近いという話をされていました。私も同感です。エンジニアとして現在活躍されている方には、ぜひキャリアパーツとして弁理士の道も検討されたらいいと思います」


 例外が多く、「ややこしい法律」とも言われることもある著作権法だが、「ものを創造した人は、そのものを独占し、利用する権利を有する」という基本原則自体は極めてシンプルだ。エンジニアリングと好相性である点を考慮すると、今後は理系人間もこの分野に大いに関心を抱くべきなのかもしれない。
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