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数値流体力学の知識・技術を活かして
低騒音の航空機開発に寄与
数値流体力学の知識・技術を活かして
低騒音の航空機開発に寄与
2020.10.5

金沢工業大学航空システム工学科の佐々木大輔准教授は、数値流体力学(Computational Fluid Dynamics、CFD)を活用した設計探査方法を構築し、航空機の環境適合性能の向上に取り組んでいる。研究室では、航空機の低騒音化を実現するために、流体と音響解析手法の研究などを行っている。航空機の性能は大きく向上したが、航空機の需要が増えるほど、燃費性能の向上や騒音の低減が課題となってくる。だからこそ、佐々木准教授の研究は社会にとって有益なものであることは疑いない。研究の実態について話を伺った。
PERSON
金沢工業大学
航空システム工学科 准教授

佐々木 大輔 (ささき だいすけ) 博士(情報科学)
東北大学工学部機械航空工学科卒。同大学大学院工学研究科博士前期課程(航空宇宙工学)修了。同大学大学院情報科学研究科博士後期課程(システム情報科学)修了。イギリス・サウサンプトン大学研究員、イギリス・ケンブリッジ大学研究員、東北大学大学院工学研究科助教を経て、2012年金沢工業大学講師。2015年准教授。専門は空力設計、数値流体力学、最適化。
PERSON
佐々木 大輔
(ささき だいすけ)
博士(情報科学)

金沢工業大学
航空システム工学科 准教授

東北大学工学部機械航空工学科卒。同大学大学院工学研究科博士前期課程(航空宇宙工学)修了。同大学大学院情報科学研究科博士後期課程(システム情報科学)修了。イギリス・サウサンプトン大学研究員、イギリス・ケンブリッジ大学研究員、東北大学大学院工学研究科助教を経て、2012年金沢工業大学講師。2015年准教授。専門は空力設計、数値流体力学、最適化。
航空機の設計や課題解決に不可欠な
数値流体力学(CFD)
「私の研究は、大まかに言えば、今話題になっているスーパーコンピュータの『富岳』のような大型計算機を使って、飛行機やジェットエンジンの性能を明らかにして、設計に応用することを目的としています。このようなデータの分析には、かつては大がかりな風洞実験が不可欠でしたが、コンピュータ技術の進歩により、机上でも行えるようになりました。

 風洞実験を行うには、自動車などの実車または模型を風洞に入れるので、数百万円単位の費用と時間が必要です。しかし、コンピュータを活用して流体の方程式を解くことで、風洞実験を机上で再現することが可能になるのです。コンピュータ上ではモデルを容易に変えられますが、風洞実験ではその度に装置を組み替えるので、手間がかかります。

 航空機の場合、実際の航空機が入る実験装置をつくることは困難です。しかしサイズを縮小すると実機とは条件が異なってしまうので、実験で得られた数値を理論的に拡張して推算したり、飛行状態を仮想で再現するために特別な環境下で実験をしたりする必要が出てきてしまいます。そういった面でも風洞実験に頼ることなく、計算機で行うメリットは大きいのです」
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 計算で得られた流体のデータは設計に活用できるほか、設計段階で問題が生じた場合にも有効だ。解決策を見いだすために実験まで戻っていたのでは大変だが、計算で問題点を明らかにして、“ここを取り除けばいい”という答えを見つけることができれば効率的である。それを可能にするのが、数値流体力学(CFD)という学問であり、佐々木准教授の研究の核となるものだ。

「数値流体力学の基礎理論自体は昔からありましたが、計算機を使わないと不可能なので、初期の頃はごく単純な形状だとか、二次元的なレベルにとどまっていました。それが多少複雑化し、三次元的なものに対応できるようになったのは、1990年代くらいから。それまでは、たとえばボーイング社の航空機の設計においては、過去に培った知見に加えて、風洞実験用に模型を多数つくりながら、データを得ていたのです。1990年代以降は、数値流体力学を多用して、その分風洞実験の回数を減らしていきました。

 コンピュータ技術が進歩し、二昔前くらいのスーパーコンピュータのレベルの性能が、最近ではiPhoneのCPUで実現できるので、一般的なPCでもある程度の数値流体力学の計算が可能になりました。ただ、流体の本質的な部分にまで入り込むには、やはり大型のスーパーコンピュータが必要になります。したがって『富岳』のようなスーパーコンピュータを活用して、これまで未解明だった部分を調べていこうとしているのです。

 航空機の需要は、これからも伸びていくと思われます。ただ、既存の航空機と同じものを増産し続けてしまうと、CO2の排出問題や騒音問題などが解決できません。より高燃費で、空港周辺の騒音が軽減でき、CO2の排出量がより少ない航空機が求められます。航空機の形は筒状の胴体に翼がついているものですが、旅客機が登場してからこの形状が踏襲されてきました。しかし近年では、まったく新しい形状が模索されていて、たとえば翼の中に人が乗り込むようなものとか、翼と胴体を一体化させたエイのような形のものが考えられています。そこまで斬新なアイデアでなくとも、現状ではエンジンは翼の下に装着されるのが原則ですが、これを翼の中に埋め込むことで騒音を軽減させるといったことが検討されています。このような未来型の新しい形状の航空機を設計するうえで、CFDは不可欠な学問であると言えるでしょう。
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ファン騒音の音響伝播解析(Fukushima, Sasaki, AIAA Paper)。エンジンの位置によってファン騒音の伝わり方が大きく異なることがわかる
 ただ現状においては、CFDでできることと、できないことがあります。たとえば、騒音のシミュレーションは、比較的単純なものはできるのですが、複雑化した実形状になると、日常的に使えるものではありません。現状では、あくまで設計することを目的に、設計に必要なツールの限界を理解したうえで活用しているというところです」
昆虫の飛翔方法の解析も取り入れながら
次世代型飛行機の開発に携わりたい
 佐々木研究室ではもう一点、災害監視用の小型飛行機の開発につながる研究もテーマに掲げている。小型航空機やマルチコプターの適用範囲を活用するための研究だ。

「航空システム工学科の岡本正人教授は、空気力学や生物の飛行・泳法が専門で、昆虫の飛翔方法などに関する風洞実験のデータ等を豊富に持っています。そこで、私の研究室の技術で昆虫の流れ場を解析し、そのデータを活用してより安全に飛行できるドローンなどの開発に寄与したいと考えています。現在のドローンは墜落の危険性が指摘されており、燃費もあまりよくありません。ドローンの設計にはロボティクスなどの制御分野の専門家がメインでかかわっています。そこに航空工学の技術をもっと取り入れれば、長時間飛行も可能になり、より安全なものがつくれるはずだと考えています。そのためには、まずは解析することが第一で、解析ができたら次のステップとして、何らかの新しい機構をつけるといったことが可能になると思います。

 昆虫など、小さなものの動きとなると、実験で計測する際に機器の誤差が生じやすいのです。相手は生物なので、こちらが望む方向に飛んでくれるわけではありません。その点、計算であれば、どの方向のデータも取得でき、任意の場所の流れや圧力値をみることも可能です。あくまで実験で得られる数値を参考にしながら、実験で不明な点をCFDで明らかにしていくという形です。

 航空機も空気の流れは複雑ですが、昆虫の場合はさらに複雑です。昆虫は翅(はね)に発生する細かい渦を実にうまく使って飛行します。羽の形状を見ても、航空機より、昆虫の翅のほうがより複雑な形になっていることからも、空力的な複雑さが推測できるかと思います。また、鳥類も研究対象になりますが、たとえばフクロウなどは静かに滑空することができるので、その飛翔方法を分析することで、騒音の少ない航空機の開発に役立つという考えから、研究をされている先生もいます。新幹線などもそうですが、空力から考察すれば、単純に流れを阻害しない形状にすることでスピードを上げることができます。では、騒音を低減するにはどのような形状が理想的かというと、流れをきれいにするだけではなく、昆虫や鳥類のデータを応用することで可能になるとも考えられるのです」
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 次世代の航空機の進化において、佐々木准教授の研究は大いに寄与することが期待される。では、現時点における研究の課題点は何か。さらに、この研究に携わる醍醐味についても語ってもらった。

「CFDは、近年では一般企業等でも使われるようになっています。企業の人がよく言うのは、ツールによって示されたことが仮に間違っていても、流体をよく理解していないと、出てきた結果を機械的に信じ込んでしまう場合があるということです。やはり、一般に普及するには、流体をある程度理解した上で、ツールを使いこなせる人材が増えていかないと難しいでしょう。

 構造解析の分野であれば、流体力学より20年以上は進んでいて企業の人でも習熟しています。構造解析の分野には世の中に文献も多く、ノウハウも相当数が蓄積されているため、企業でも比較的扱いやすいのです。対して流体力学は、最近になってようやく一般の人が使えるようになった段階なので、企業がどう使っていいかわからないとか、導入したものの使いこなせていないというケースが多々見受けられます。したがって、企業にCFDを使える人材がもっと増えていけば、より燃費がよいとか、効率よく換気ができる設計などに応用できると思います。

 最近では、設計そのものというより、設計に使うツールをつくることに主眼を置いています。たとえば、航空機の騒音を低減するための計算方法がありますが、これを実際に使えるようにするには、実験と一致していることと実験では明確にわからないことを計算で示す必要があります。それがうまく示すことができた時は、やはりこの研究の醍醐味を感じます。実験によって推測されていたことがCFDで裏付けられることもあれば、逆に反証されるケースもあります。実験と計算の双方をうまく活用していくことがより求められていくはずです」
イギリスでの留学経験を活かしながら
航空機の新たな形状を提案
 佐々木准教授が特に重視しているのは、この研究を活用して航空機の騒音問題の解決に寄与することである。

「ひと昔前には、ジェットエンジンを静かにすることが重要なテーマとされていました。しかし、最近のエンジンの音自体はかなり静かになっていて、むしろランディングギアと呼ばれる、着陸時の降着装置といった機体自体からの騒音が課題とされており、その騒音を低減させる方法などの研究にも取り組んでいます。また、最近ではジェットエンジンのファンの部分の騒音を減らすための吸音ライナーという装置の解析にも取り組んでいます。この装置が音を吸音することはわかっていますが、離着陸時にファンに入って来る空気の流れが騒音低減にどのように影響しているのか、よくわかっていない面があります。これを解明することをテーマの一つとしています。

 近年の航空機のエンジンは、以前のものより大型化しており、エンジンの形が大きくなれば燃費が向上しますが、同時にどうしても重くなってしまいます。そこで、なんとか薄くするなど軽量化に取り組むのですが、そうなると吸音ライナーも小型化が求められます。小さくする中で吸音性能は維持しなくてはいけない。今は流体の面からの解明に向けて学生と一緒に取り組んでいます。
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直交格子CFDによる円弧翼周りの解析。佐々木研究室では、高性能 MAV(Micro Air Vehicle)開発・火星探査飛行機の実現に向けた低レイノルズ数流れの数値解析手法の研究も行なっている。
 私は、2018年9月から1年間、イギリスのサウサンプトン大学に留学しました。ここには音響そのものを学問として研究していることで有名な音響振動研究所(ISVR)という研究機関があります。ここには航空機の騒音関連の専門家が多数集まっていて、吸音ライナーの専門家もいます。ジェットエンジンの開発をしているロールスロイス社が出資していて、同社の研究センターも研究所内に設置されていて、EUのプロジェクトなどもそこで動いていたようなところです。計算に時間がかかるので、留学の成果が示されるのはこれからなのですが、貴重な経験ができたと思います」

 いずれは、現在の航空機の概念を覆すような、斬新な形状を有する次世代型形状の航空機の開発にも携わりたいという。

「これまでにCFDをはじめ、騒音を計測するツールなどもつくってきましたので、今後はそれを設計に応用して、次世代型のまったく新しい旅客機の形状などを提案したいと思います。そして、それを実際につくったり、飛ばしたりするところまで実現できたらいいですね。現在発表されている超音速機の計画はサイズが小さく、ビジネスジェットのレベルですが、それだと一般人は乗れないでしょう。しかし、コンコルドの代わりになるような100席を超える旅客機となると、ソニックブームと呼ばれる衝撃音は避けられません。それを低減するような研究では、CFDが核となります。新しいアイデアを提案できれば、将来につながるでしょう」

 研究室には、航空機を超えた宇宙にも行けるレベルのスペースプレーンに取り組みたいという学生たちもいるという。そうなると、熱の問題が出てくるので化学反応に対応するツールをつくる必要も出てくる。高熱に耐えられる素材も考慮しなくてはいけない。高性能になるほど課題が増えていくのだ。それでも、佐々木研究室は課題に次々と挑戦していこうとしている。人類の未来に向けて意欲的に取り組む佐々木研究室は希望にあふれた学びの場であり、大いにエールを贈りたい。
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