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日常の“音のある風景”に着目し
快適な建築や空間づくりを探求
日常の“音のある風景”に着目し
快適な建築や空間づくりを探求
2021.3.19

建築や都市空間において快適な環境を実現するために、目に見えない「音」に着目して研究を続けているのが、金沢工業大学建築学科の土田義郎教授だ。「サウンドスケープ(音のある風景)デザイン」や「音によるユニバーサルデザイン」といった研究テーマは、いまや良質な環境の保全や新たな環境の構築に欠かせない重要な要素になりつつある。プライベートでは風鈴作家&コレクターとして、あのマツコ・デラックスの番組にも出演した経験を持つなど、多方面で活躍する土田教授に話を聞いた。
PERSON
金沢工業大学
建築学科 教授

土田 義郎 (つちだ よしお) 博士(工学)
早稲田大学理工学部建築学科卒。東京大学大学院工学系研究科博士課程(建築学)修了。同大学工学部助手を経て、1992年金沢工業大学講師。助教授を経て、2004年教授。専門は建築環境工学、特に環境心理・音環境評価(サウンドスケープ)。
PERSON
土田 義郎
(つちだ よしお) 博士(工学)
金沢工業大学
建築学科 教授

早稲田大学理工学部建築学科卒。東京大学大学院工学系研究科博士課程(建築学)修了。同大学工学部助手を経て、1992年金沢工業大学講師。助教授を経て、2004年教授。専門は建築環境工学、特に環境心理・音環境評価(サウンドスケープ)。
快適な建築や空間づくりには
重要な要素となる「サウンドスケープ」
 土田教授の研究テーマ、それは「音」である。建築学科の研究室が取り組む領域としては、やや異色な印象を受けるかもしれない。だが、学生時代から環境問題への関心が高かったという土田教授は、大学院での「都市景観における騒音問題」の研究を起点として、これまで一貫して音をテーマに独自の研究を続けてきた。

「その空間にいる人間がどのような意識で建物や都市空間をとらえているかというと、そのほとんどが視覚優位のとらえ方になっています。特に建築では“見た目”が重視される部分が大きく、目に見えない“音”はどうしても後回しにされがちです。しかし、たとえばマンションなどの集合住宅で最も多い苦情は、昭和の時代から変わることなく“騒音”であり、音に関する問題は人間の日々の暮らしに密接したとても切実な問題だということがわかります。

 事実、騒音によるストレスや不眠は人間の健康に悪影響を及ぼし、結果として医療費の増大や生産性の低下を招きます。それを防ぐためには防音工事や空調設備などが必要となるわけですが、これらはコストの面だけでなく地球環境へのエネルギー負荷となるわけです。直接エネルギー消費に関わる空調や照明といった熱のエネルギーに比べると、音はエネルギー消費には関わっていないように思えるかもしれません。しかし、たとえ直接的な影響は小さくても、回り回って間接的に地球環境に大きな影響を与えているのが、音というものの特性なのです」
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 こうした基本的な音の特性を踏まえたうえで、土田教授は、「人間の心が何を快適と判断するか」を明らかにすることによって、快適な空間や良質な環境づくりを支援できるように、人間生活において「音がどのような意味を持っているのか?」ということを、研究を通して問い続けてきた。

 そんな研究のひとつの柱になっているのが、建築や都市空間において快適な音環境を実現するために重要な意味を持つといわれる「サウンドスケープ(音のある風景)」という概念だ。自然の音だけでなく人工的な音も含む様々な音を、“風景の一部”としてとらえるサウンドスケープを活用することで、都市空間やコミュニティの快適性を向上させることができると土田教授は言う。

「そもそも風景というものは目だけでなく五感を通してトータルで感じるものですが、そこで感じる安らぎや心地よさ、美しさといったものは量的に測ることができません。特に音に関しては何デシベルなら心地よいと決めることができないので、なかなか研究しにくいテーマなのです。しかし、音が持つ文化的側面や果たす役割を考えると、サウンドスケープという考え方を取り入れて心地よい音環境をつくることが、快適な建築や都市空間を実現するうえでとても重要になってくるわけです」
庭園、都市、内部空間……
それぞれ異なるサウンドスケープ
 たとえば、土田教授が研究対象のひとつにしている「庭園のサウンドスケープ」では、庭園に施された様々な音の仕掛けによって、景色をより深く楽しむことができるということがわかっている。また、茶道における「三音」や「吸い切り」といった心得や、「虫聞き」といった日本特有の文化も、広義の音風景なのである。

「日本庭園に設けられている橋や東屋といった場所は、立ち止まって景色を楽しむ視点場(ビューポイント)なのですが、同時に滝が流れ落ちる音や小川のせせらぎといった音を楽しめる場所にもなっているのです。さらに回遊式の庭園では、人が移動してシーンが変わっていくのに合わせて聞こえてくる音も変わるように作庭されているため、庭の素晴らしさを視覚だけでなく音でも感じられるサウンドスケープデザインがなされているのです。
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 ところが、こうした作庭の意図はあくまでも庭師の“暗黙知”とされてきたため、それが記録として残されることはほとんどありませんでした。こうした作庭の技法は徐々に失われつつあるので、現代の視点からそれらを“形式知”に変換して、その文化的な伝統を保全する必要があると考えています」

 土田教授によると、こうした庭園や自然が残っている場所の保全はまだやりやすいが、モータリゼーションの発達によって自動車の騒音が勝っている都市景観においては、サウンドスケープを活かすことは決して簡単ではないという。

「都市計画に携わっている人の中に、サウンドスケープの考え方を取り入れている人が少ないということもあると思います。確かに景観において音はハイライトではありませんが、バックグラウンドとして景観全体の雰囲気を決めているのが音だと考えれば、その重要性を理解していただけると思います。

 今後はEV(電気自動車)などが普及することで都市空間も静かになっていく可能性が高いので、そのときに鳥の声や虫の声がきちんと聞こえて、その音風景に価値を見いだせるような快適性の高い街やコミュニティをつくっていくことが大切であり、そのためにもこれからは公共的な空間や内部空間におけるサウンドスケープというものを、もっと真剣に考えていく必要があるでしょうね」
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土田教授が「環境調和型サイン音」の基礎実験などを行う無響室。壁・床・天井は音を反射しない吸音材が張り巡らされているので、響きがほとんどない環境で実験ができる
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無響室とは逆に、音が響く実験室もある。室内にクッションを配置して音の吸収率を調べる実験などに用いられている
 そしてもうひとつ、土田教授が取り組んでいるテーマが「音によるユニバーサルデザイン」の研究だ。

「駅の改札口などで聞こえてくるピーンポーンという視覚障がい者向けのサイン音はとても有用なものですが、これをいつも聞かされていると耳障りでうるさく感じる人も出てきます。でも、この音がうるさいからと止めてしまったら、それは負けです。

 一般の人にはBGMのように聞こえて、必要とする人には合図や情報源となる意味のあるメロディにできるように、環境全体の音をうまくコントロールする『環境調和型サイン音』の開発も進めています。両者の境目をどう設定すればいいのかなど難しい部分も数多くありますが、誰もが暮らしやすい環境のバリアフリーを実現していくためには、みんながwin-winの関係になれるような音をつくる必要があります」
風鈴=小さな音風景をつくり
音と文化を楽しむ
 ところで、土田教授は大の「風鈴コレクター」としても知られており、2016年にはテレビ番組『マツコの知らない世界』(TBS系列)に風鈴専門家としてゲスト出演した経験も持つ。

「平安時代に中国から伝わった風鈴は魔除けとして使われ始め、その後は有名なビイドロ製の江戸風鈴などの登場で、全国各地に広まっていきました。音の文化を現在に伝えるひとつの象徴ですが、残念ながら徐々に廃れつつあるのも事実です。そこで私は『かなざわ風鈴』というものを考案しました。

 これは10cm四方の和紙を6枚貼り合わせた提灯の中に、5円玉と真鍮(しんちゅう)の棒を入れて音を鳴らすもので、金沢工業大学が2004年から続けている地域活性を目的とした『金澤月見光路』で使った灯りを転用し、そこに金沢らしい音風景をプラスして風鈴に仕上げました」
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土田研究室に飾られている風鈴。右の3つが「かなざわ風鈴」、左の1つが「加賀風鈴」
 音の文化を多くの人に伝える取り組みの一環として、土田教授は7年ほど前からこのかなざわ風鈴を自分たちでつくるワークショップも行っており、2019年には延べ200人以上の人が参加したそうだ。このワークショップを行う「てらまちや風心庵」というイベントスペースは、金沢町家を改築したゲストハウスで、現在、土田教授がご夫婦でその運営にあたっている。

「以前から街の中に研究室のサテライトとなるような場所がほしいと考えていたのですが、できれば年々減り続けている町家を改装して有効活用したかったのです。町家バンクの情報をもとに旧市街で物件を探したところ、環境省の『残したい日本の音風景100選』にも選定された“寺町寺院群の鐘”があるこの寺町の物件が見つかりました。

 この場所で音の文化を伝える風鈴をつくることは、自分のまわりに“小さな音風景”をつくることでもあり、参加者の安らぎや喜び、美しさを感じる感情といったものを育てていくことができると考えています。こうした感性に対する教育は『サウンドエデュケーション』とも呼ばれますが、参加者には単に風鈴をつくることを目的にするのではなく、その文化的な背景を知り、それをどう楽しむかということも伝えるようにしています。そして、最終的にはそれが金沢という都市全体をよくしていくことにつながっていけば、これほどうれしいことはありません」

 土田教授はこの6月に「てらまちや風心庵」の近くに小さな家を建てて、名実ともに寺町の住民となって、この街の音風景を守っていきたいと考えているそうだ。
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土田教授ご夫妻が運営にあたっている「てらまちや風心庵」。2020年10月には金沢市から「特定金澤町家」に認定された

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