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コード化点字ブロックを開発し
誰ひとり取り残されない社会の実現へ
コード化点字ブロックを開発し
誰ひとり取り残されない社会の実現へ
2021.3.19

歩道や駅のホームなど街の至るところに設置されている「点字ブロック」だが、じつは日本人による発明だということをご存知だろうか? 考案したのは岡山県の発明家、三宅精一氏。1967年3月18日に岡山県立岡山盲学校近くの原尾島交差点に世界初の点字ブロックが敷設されると、その後は急速に全国へと普及。筑波大学の調査によると、現在までに世界75か国でその設置が確認されているという。この点字ブロックを利用した「コード化点字ブロック」で、視覚障がい者の歩行課題を軽減する社会インフラの整備をめざす共同研究に取り組んでいるのが、金沢工業大学情報工学科の松井くにお教授だ。全国の自治体をはじめ、多方面から注目を集める人工知能を活用したその研究について聞いた。
PERSON
金沢工業大学
情報工学科 教授

松井 くにお (まつい くにお) 博士(工学)
静岡大学工学部情報工学科卒。(株)富士通研究所入社。東京工業大学大学院情報理工学研究科後期課程修了。富士通(中国)研究開発中心(兼務)、Fujitsu Laboratories of America, Inc.の海外勤務を経て、ニフティ(株)にてサービスビジネス開発を推進。静岡大学創造科学技術大学院特任教授(兼務)を経て2017年2月より金沢工業大学教授。専門は自然言語処理、情報検索、情報分析等の人工知能に関する研究開発。
PERSON
松井 くにお
(まつい くにお) 博士(工学)
金沢工業大学
情報工学科 教授

静岡大学工学部情報工学科卒。(株)富士通研究所入社。東京工業大学大学院情報理工学研究科後期課程修了。富士通(中国)研究開発中心の兼務、Fujitsu Laboratories of America, Inc.の海外勤務を経て、ニフティ(株)にてサービスビジネス開発を推進。静岡大学創造科学技術大学院特任教授(兼務)を経て2017年2月より金沢工業大学教授。専門は自然言語処理、情報検索、情報分析等の人工知能に関する研究開発。
共同研究への誘いをきっかけに
点字ブロックのプロジェクトを始動
 丸い凹凸のある「警告ブロック」と立体的な線が入った「誘導ブロック」という2種類のブロックを組み合わせて、視覚障がい者が安全に歩行するために必要な情報を提供する点字ブロック(正式名称「視覚障がい者誘導ブロック」)。この既存の点字ブロックに黒丸や三角といったマークをつけておき、それをスマートフォンで読み取ることで、人工知能(AI)が視覚障がい者の単独歩行に必要な情報を音声で伝えるというのが「コード化点字ブロック」の基本的な仕組みだ。

「コード化点字ブロックを活用したAI音声誘導サービスを開発しようと思ったのは、視覚障がい者歩行サポートシステムに取り組むW&Mシステムコンサルタントの友人から、共同研究を持ちかけられたのがきっかけです。私は長年、人工知能を使った“言葉と数値の変換”をテーマに研究を続けてきましたが、このAIの技術を何とか社会に役立てたいという想いがありました。企業ではたとえ社会の役に立つ技術でもビジネスとして成り立たなければ研究は認めてもらえませんが、大学は違います。せっかく金沢工業大学で教鞭を執る機会を得たからには、ぜひ社会に役立つ研究をやってみたいと考えました」
1枚目:コード化点字ブロックの模型。25個ある突起を黄色にするか黒にするかで3,000万通り以上のパターンをつくることができ、それぞれ別の情報を付加可能だ。三角の目印は方向を認識させるための印
2・3枚目:スマートフォンをかざすと、点字ブロックから周辺施設の情報などを入手できる
 とはいえ、点字ブロックは日本が世界に誇る一大発明品だということはおろか、その存在や意味さえもほとんど意識したことがない健常者が大多数というのが世の現実。点字ブロックの上に平気で自転車が置かれている光景が日常茶飯事ということを考えると、視覚障がい者のためだけの情報提供では普及は難しいかもしれない。そう考えた松井教授は、まず多くの人に点字ブロックのことを知らしめるところからプロジェクトをスタートさせた。

「金沢は観光の街であると同時に、新しいものを積極的に取り入れようという意欲が強い街ですから、金沢を訪れる観光客や日本語がわからない外国人のために、観光情報や災害時の避難情報などを提供することも可能なシステムにすることで、普及のスピードを早めることにしました。点字ブロックに黒丸や三角の印をつけることで、約3,000万種類のパターンをつくることができますから、それを使えばいろいろな情報を発信することができます」

 2018年8月に金沢市と金沢工業大学は、AI技術地域展開検討会を設立。2018年度の「金沢市AI技術地域展開モデル事業」の選定を受けて、2018年10月に正式に開発が始まった。2019年1月に金沢駅東口地下広場で行われたプロトタイプによる実証実験では、白杖に取り付けたウェブカメラとスティックコンピュータでコード化点字ブロックを読み込んだが、参加者からは持ち歩くのが大変だという意見が多かったため、2020年2月に金沢市役所を起点とする金沢21世紀美術館周辺の歩道で行った実証実験(金沢市市民生活AI技術等促進事業)では、機能をすべてスマホに搭載することにした。
1枚目:2020年10月に移転オープンした国立工芸館(東京国立近代美術館工芸館)前にもコード化点字ブロックが設置された
2・3枚目:スマートフォンをかざす方向が変わると、案内情報が変化する
「視覚障がい者の8割は弱視の方なので、スマホをかざすことができます。コード化点字ブロックを認識するアプリの開発では、研究室の学生たちが頑張ってくれました。現在は、Android版とiOS版のアプリを無料配布しています」
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2021年1月に正式リリースとなった「Walk&Mobile -コード化点字ブロック認識アプリ」。App Store(iOS)、Google Play(Android)からインストールできる。画像はGoogle Play(Android)の例
システムを実現した2つの技術と
クリアすべき幾多の課題
 松井教授によると、このコード化点字ブロックのシステムには、いわゆる人工知能と呼べる技術が2つ使われているという。

「そのひとつがコード化点字ブロックを認識する画像認識技術です。まず印としてつけられた黒い点がどこに記されているかを番号として認識し、それをコードに変換します。そして、そのコードをスマホで画像認識してサーバーに送ると、サーバー側のデータベースに登録されている案内情報をスマホに返してくれるわけです。ただ、この案内情報をつくるのがかなり大変な作業です。本当なら実際にその場所に行って調べてつくるのが一番いいのですが、それには膨大な時間と手間がかかるため現実的ではありません。

 そこで、兼六園や金沢駅といった地図上のランドマークをもとにして、この位置にコード化点字ブロックを置くと決めたら、そこから見て『東に兼六園』『西に金沢駅』という具合に、地図から半自動で案内情報を生成することにしました。この技術の開発には、私がこれまで培ってきた“言葉の処理の技術”を生かすことができました」

 「半自動」というのは、情報によってはどうしても人間による確認が必要になるという意味である。たとえばトイレの位置情報を伝える場合、健常者は「5m先にトイレがある」という情報をもとにすれば、あとはその場所に行って自分の判断で男性なら男性用トイレに入ればいい。ところが、視覚障がい者には「4m先の左に男子トイレ、5m先の右に女子トイレがある」というところまで具体的に伝えなければ、“使える情報”にはならない。

「男女のトイレを間違えて入ってしまい、それ以来トイレに入るのが怖いという視覚障がい者の方が想像以上に多かったのです。こうした事態を防ぐには、やはり人間が確認して情報に落とし込むしかありません。今後はナビゲーションソフトなどと連携していく必要もあると考えていますが、カーナビなどの例でもわかるように、ナビゲーションソフトはどうしても“最後の10mの案内精度”がぼやけてしまいます。

 その点、コード化点字ブロックを使えばGPSレベル以上に細かな精度の案内情報が可能になるし、点字ブロックに三角形の印をつけることで4つの方向が確実にわかるので、方向性という点でも精度の高い情報が得られます。そのあたりもうまく組み合わせて、使い分けていく必要がありそうです」
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 実証実験に参加した視覚障がい者からは、ほかにも様々な要望が出されており、実用化に向けてクリアしなければならない課題は、まだまだ多いと松井教授は言う。

「いちいち立ち止まらずに歩きながらコード化点字ブロックを認識できるようにしてほしいとか、音声情報の再生速度を自分でコントロールできるようにしてほしいといった要望が出されました。動きがあるなかで認識する技術にはまだ対応できていませんが、音声を再生する速さを自分でパーソナライズする機能は最近実現しました。視覚障がい者の人がどういう案内情報を必要としているのかを知るためにも、これからも実証実験を重ねて研究の精度を上げていかなければなりません。

 また、社会的な課題という意味で悩ましいのが、道路の管理者が市、県、国、JRなどの民間企業と分かれていることで、コード化点字ブロックを設置する工事の許可に時間がかかってしまうという問題です。コード化点字ブロックの存在が広く知られるようになって、役所のほうから設置してくださいとお願いされるようだとラクなのですが(笑)。そのためにも、金沢市以外の自治体でもこの仕組みを利用できるようにオープンデータ化を進めているので、金沢を起点にコード化点字ブロックが全国に広がっていってほしいですね」

 松井教授たちが2019年に設置したコード化点字ブロックについては、位置情報や方角、コード番号などはすでにオープンデータ化されていて、2020年のものも近々オープンデータ化する予定だという。情報は金沢市のポータルサイトからアクセスして使えるようになっている。
持続可能な社会の実現に必要な
コード化点字ブロックの成長
「じつはコード化点字ブロックの情報の読み取りにはブロック上の凹凸などは無関係なので、コースターのような小さくてフラットなシートや、クッキーなどの食べものにもコードをプリントすることができます。こうした特性を活用すれば、QRコードのように企業のPRメッセージを発信することもできるので、企業のノベルティとして活用したいという問い合わせもあります。

 また、コード化点字ブロックの情報をコード化してプリントすれば様々なメッセージを伝えることができるので、たとえばテーマパークでアトラクションのリアルな待ち時間情報を伝えるとか、コード化点字ブロックにスマホをかざすだけでYouTubeの動画を見ることができるといった使い方も考えられます。学生たちにはウェブと連携した使い方のアイデアを考えてもらっています。

 いくら社会に役立つ技術でも、将来的にビジネスとしても回せるような仕組みをつくらないとなかなか継続していかないのというも事実ですから、自動翻訳の技術なども借りて、今後は多言語への対応なども進めていくつもりです」

 点字ブロック発祥の地である岡山県の視覚障がい者協会では、前述した岡山盲学校近くの交差点に世界で初めて点字ブロックが敷設された3月18日を、「点字ブロックの日」に制定している。2021年3月に行われる点字ブロックの記念式典では、松井教授が「成長する点字ブロック」というテーマで招待講演を行うことになっているという(2021年1月の本稿執筆時点の情報)。

 「誰ひとり取り残さない持続可能な社会の実現」をめざす私たちにとって、この点字ブロックをどれだけ成長させていけるかという命題は、まさに環境のバリアフリーを進めていくための、ひとつの試金石なのかもしれない。
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Walk&Mobile -コード化点字ブロック認識アプリ
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