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情報技術の専門家が語る
AI技術の実社会への活用可能性
情報技術の専門家が語る
AI技術の実社会への活用可能性
2019.7.22

金沢工業大学情報工学科で、データサイエンスを専門とする中野淳教授。2014年に開設された中野研究室では、ビッグデータや機械学習などを主な研究テーマとしているが、アルゴリズムやWebアプリケーション開発、Androidアプリケーション開発といった幅広い分野をカバーして精力的に活動している。
産学連携にも積極的で、その技術力に期待を込める企業からのオファーも多い。AIの技術を駆使して共同研究という形で様々な問題解決に当たっている。
PERSON
金沢工業大学
情報工学科 教授

中野 淳 (なかの じゅん) Ph.D.
東京大学理学部物理学科卒。同大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。日本IBMでは東京基礎研究所、HPC事業推進部、RS/6000製品事業部などの部署に所属。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にてコンピュータ・サイエンスの Ph.D. 取得後、日本IBMに復帰。グーグルの東京エンジニアリング部門勤務を経て、2014年金沢工業大学教授。専門はデータサイエンス。
PERSON
中野 淳
(なかの じゅん) Ph.D.
金沢工業大学
情報工学科 教授

東京大学理学部物理学科卒。同大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。日本IBMでは東京基礎研究所、HPC事業推進部、RS/6000製品事業部などの部署に所属。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にてコンピュータ・サイエンスの Ph.D. 取得後、日本IBMに復帰。グーグルの東京エンジニアリング部門勤務を経て、2014年金沢工業大学教授。専門はデータサイエンス。
AIによる「機械学習」の技術を
介護サービスで活用
「この研究室では、ビッグデータと呼ばれるインターネット上の膨大なデータを解析して、有用な情報を抽出する手法を研究しています。膨大なデータの中から法則性を見出し、現実の世界で役立てるようにすることがテーマ。この法則性をコンピュータ自体が担うことが『機械学習』です。その技術は、遺伝子解析やネット上の画像認識、機械翻訳など幅広い分野で使われてきました。

 最近では、産学連携の取り組みで、介護の分野において機械学習の研究に取り組んでいます。介護職員はユーザーの個別ニーズに応じて、ヘルパーがどのようなサービスを提供するかという個別介護計画書を作成するのですが、その作業に相当な時間を要するという課題がありました。そこで、我々が介護記録データをAIエンジンで解析し、介護計画書の作成を支援することになったのです」

 介護サービスを受ける場合、介護支援専門員(ケアマネジャー)が作成した介護サービス計画書に基づき、介護サービス事業者の担当者が個別介護計画を作成するのが一般的だ。ユーザーひとりあたりの計画書作成に要する時間は、作成者にもよるが最大約7時間もかかるという。さらに、3カ月に1回程度は更新されるため、介護計画書作成が大きな負担となっている。

 金沢市に本社を置く株式会社ロジックは、ICタグとNFC対応のスマートフォンやタブレットを使用した介護記録システム「Care-wing 介護の翼シリーズ」を、これまでに全国約2万2500人の介護職員に提供してきた。同社に蓄積された介護記録データをAIで分析すれば、計画書作成の負担軽減と利用者への効果的なサービス提供ができると思われた。
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「介護記録データという生データを利用できることは、AIの研究者として非常に魅力的でした。介護の現場を少しでも改善できることには大きな意義があり、我々とロジック社の双方にメリットがあります。具体的な研究開発は、2フェーズで進めています。第1フェーズは、『AIによる介護計画書の作成と更新』です。介護サービス利用者のデータや実施サービスの内容といった入力データをAIで分析し、サービス項目のスコア付けなどによる機械学習で、適切なサービス内容を提示します。ここで使われているAIの技術は、自然言語処理と言い、文章を解析してユーザーから出てくる言葉の傾向をビッグデータから解析してレコメンドするものです。

 第2フェーズでは、『AIを活用した利用者QOLの向上』をめざし、天候データやユーザーの服装といった生活環境のデータも総合して分析を行うようにします。AIによる分析により、利用者の自立度の改善や活性化などの予防介護に活かしていきたいと考えています。

 全国に事業展開しているロジック社には膨大なデータが集積されており、眠らせておくのはもったいないという意味合いもありますが、介護業界は人手不足に悩まされていることもあり、今後の社会的ニーズも高まっていくはず。そこで、我々のAI技術が役立つのではと考えました」
大型工作機械の切粉検知にも
AI技術を活用できるか
 もう一例は、大阪市の工作機械メーカーである株式会社オーエム製作所との共同研究だ。同社の大型工作機械の刃物部分への切粉巻き付き検知の精度をAI 技術で向上させることが目的である。

「円筒状の形状をした工作機械で、刃物で金属を切り出す際に、削りカスのような切り粉が刃物に巻き付いてしまうと、加工不良や故障にもつながるのですが、従来は目視確認で発見したら機械を止めて切粉を除去していました。これを常時モニターで監視しながら自動検出し、切粉がたまったら機械を自動で止めるという検知システムの開発に取り組んでいます。

 この研究では、機械学習の中でも画像認識がキーになっているのですが、画像認識は、近年のディープラーニングでは非常に進展があった分野です。従来は犬と猫を見分けるという水準だったものが、例えばプードルかチワワかをしっかり見極めることが可能になっている。機械メーカーでも独自に研究をして導入したのですが、切粉をうまく認識することができずに相談を受けたことが共同研究の発端でした。オーエム製作所の方が、この研究室ですばる望遠鏡の天体画像を解析しているというリリースを見たことから、その技術が応用できないかと考えたらしいのです」

 天体画像の場合はパターンがより抽象的であり、動物や自動車などに比較して認識が難しくなる。切粉検知システムにAIを応用するには、より精度を高める必要があると考え、オーエム製作所の担当者は中野教授に救いを求めたのだった。
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「AIは非常に進歩が激しい分野です。現状に追いつくだけでも大変なので、研究者としても常に勉強をしていかないと置いていかれます。一方で、使うためのソフトウェアやクラウドなど、ベースとなる技術の大部分がオープンになり、研究のために環境はかなり向上している。たとえ素人でも腕に覚えのある人なら誰でも参入できます。参入障壁は低いですが、差別化するためにはどれだけデータを持っているかとか、コンピュータ自体のパワーが必要になってくるでしょう」

 AIの分野では、ベースとなる技術の多くが公開されたことにより、高校生レベルでも、いきなりディープラーニングの最先端のモデルを模倣しながら、高性能の判別機を自作することも可能だという。

「ある手法を考案した人が現れたら、同時にソースコードを公開するケースが大半なので他人が検証することや改良することも可能です。他者の成果の恩恵を受けて、自身もレベルアップできる図式になっているのです。全体の水準が上がって進展が加速されていくのも当然と言えるでしょう」
企業と大学双方の利点を活かして
AI技術の研究を推進したい
 コンピュータが「電子計算機」と呼ばれた黎明期においても、計算能力は既に人間を凌駕していた。一方で、人間が当たり前に行っている言語理解や画像認識といった分野は、コンピュータは苦手としていたのだが、ディープラーニングの登場で、それらの分野も克服している。では、今後のAI 技術はどこに向かうのだろうか?

「人間が普通にやっていることは、もうコンピュータが追いつけるようになった。では、人知を越える分野となると、予想は難しいですね。ただ、AI技術が今後も進化を続けていくことは間違いない。だから今の若い人に意識してもらいたいのは、『コンピュータに使われるのではなく、使う側になる』ということです。そのためには、やはりプログラミングは必要だし、英語力も大切だと高校生には常に言っています。公開された技術を活用する上で、その2つは必須ですからね。
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研究室では、ゲーム「2048」を解くプログラムの開発も行われていた。
AI技術の応用である発見論的探索手法によってゲームのクリアが実現されているという。
 よく、『どの職業がコンピュータに仕事を奪われるか』という話題になりますが、高度にマニュアル化された業務はある程度は機械に奪われてしまうと思います。そうなると、個人の能力の差異がより問われる。発想力とか対人コミュニケーション能力に長けた人材がより活用されるでしょう。介護にしても、現場でケアをする人間が絶対に必要です。医療やサービス業にしても然り。一方で、高度で専門性の高い職業でも、法律関係のように膨大なデータを扱う業務だと、コンピュータに取って代わられる部分もある程度は出てくるでしょうね。たとえば、特許を審査するような業務だと、機械のほうが適しているかもしれません」

 中野教授は、日本IBMに勤務した後、コンピュータ・サイエンスの分野で世界的に有名なアメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に留学。博士号を取得してグーグルに転職、ネット広告の品質改善などに携わってきた。ITの最前線の現場で豊富な経験を有している人物である。

「私は一つの専門領域というより、コンピュータに関することに幅広く携わってきたので、総合的な視野に立って自身の経験を活かすことができると思っています。学校で学んだだけでなく、実際に業務に携わる中で培った知識や技術も多いので、その部分は活かしていきたいです。特に教科書等では学びにくい部分、たとえば問題判別と言って、うまく動かない時にその原因をどう切り分けて対処するかということなどを学生たちに伝えたいですね。

 企業から大学に来て感じたのは、特定のデータはやはり企業でないと入手が難しいということです。そこで、企業との共同研究によってこちらが技術やノウハウを提供する代わりに、膨大なデータを使わせてもらえる。いわばWin-Winの関係が成立するので、産学連携のメリットは大学側にも大きいですね」

 今後も実用につながる技術研究について、AI技術を活かしていきたいと語る中野教授。中野研究室では、シミュレータ上で車を自動運転させる研究などに取り組んでいる学生もいる。基本の技術の多くが公開されている分野であるだけに、近い将来、この研究室から世界を揺るがす斬新な新技術が生まれることも夢ではないかも知れない。
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シミュレータ上で自動運転のプログラムを開発する中野教授と学生ら。
学習を繰り返すことで、視覚情報のみを使って、規定のコースを衝突せずに自動走行できるようになった。

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