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日本酒の旨み成分が保湿効果をもたらす
発酵研究を通じてお酒の魅力を発信
日本酒の旨み成分が保湿効果をもたらす
発酵研究を通じてお酒の魅力を発信
2021.12.17

日本の伝統的な「技」であり、文化でもある発酵技術の研究に尽力してきたのが、金沢工業大学応用バイオ学科の尾関健二教授だ。これまで日本酒メーカーや甘酒メーカーなど数多くの企業との共同研究などで実績を積み上げてきた尾関教授。実はゲノム研究の最前線とも言われ、近年でも大いに注目されているのが発酵技術だ。最近も尾関教授らの研究成果により、画期的な新発見がなされて、日本酒業界も活気づいている。そんな尾関教授の研究について語ってもらった。
PERSON
金沢工業大学
応用バイオ学科 教授

尾関 健二 (おぜき けんじ) 博士(農学)
岐阜大学農学部農芸化学科卒。同大学大学院農学研究科修士課程(農芸化学)修了。大関酒造(株)入社、研究開発室配属、1988年~1990年(株)醸造資源研究所出向、国税庁醸造試験所((独)酒類総合研究所)共同研究、農学博士(東京大学)、大関(株)総合研究所統括リーダー、築野食品工業(株)企画開発室テクニカルアドバイザーを経て、2005年金沢工業大学教授就任。ゲノム生物工学研究所研究員。専門は麹菌や酵母などの発酵・酵素利用、発酵微生物の分子育種、機能性食品・化粧品素材の開発、バイオコンバージョン。
PERSON
尾関 健二
(おぜき けんじ) 博士(農学)
金沢工業大学
応用バイオ学科 教授

岐阜大学農学部農芸化学科卒。同大学大学院農学研究科修士課程(農芸化学)修了。大関酒造(株)入社、研究開発室配属、1988年~1990年(株)醸造資源研究所出向、国税庁醸造試験所((独)酒類総合研究所)共同研究、農学博士(東京大学)、大関(株)総合研究所統括リーダー、築野食品工業(株)企画開発室テクニカルアドバイザーを経て、2005年金沢工業大学教授就任。ゲノム生物工学研究所研究員。専門は麹菌や酵母などの発酵・酵素利用、発酵微生物の分子育種、機能性食品・化粧品素材の開発、バイオコンバージョン。
日本酒ベースの発酵研究を行い
「α-EG」の効果を初めて実証
「私は大関という酒造会社に25年在籍し、日本酒をベースとする発酵研究を行っていました。やがて金沢工業大学に来て当初の3年ほどはバイオ系の学科の立ち上げに尽力し、研究が落ち着いてからは17年になります。基本的に私の研究室は、発酵技術を使って食品廃棄物を高付加価値素材に生まれ変わらせることを主な目的としています。

 大関が保有するα-EGを使い、その効果をもとにした化粧品が商品化されており、カネボウ化粧品から発売されました。同社は後に花王に吸収されましたが、現在でもリニューアルされて販売が続けられています。また、地元の石川県にある車多酒造との共同開発により、『shu re』という新しいブランドを立ち上げて、α-EGを通常の3倍くらい多く含む純米酒と、その純米酒を配合した美容保湿クリームも2017年に商品化しました」

 尾関教授は2017年に、日本酒の旨み成分である「α-EG」に肌の保湿効果があることを世界で初めて学術的に実証したことで知られる。α-EGは、日本酒の中でアルコール、グルコースに次いで多く含有される成分で、体内に吸収されると肌の真皮層の線維芽細胞を活性化させ、コラーゲンの生産を促進することが、尾関研究室によって初めて明らかにされたのだ。
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「まずは細胞実験によって、非常に少ない低濃度のα-EGでも真皮層のコラーゲンの生産を促進することが実証できました。学生だけでなく、大関の研究所でも研究員がデータを測定し、効果が実証されたのです。その後、大手化粧品メーカーなどに人体のコラーゲンを測定できる超音波真皮画像装置『ダーマラボ』が導入されました。これを使えば人体のデータでα-EGの効果を実証できます。

 2016年11月から行われた実験では、研究室の学生たちがモニターとなり、試作品の保湿クリームを実際に塗って、コラーゲンのデータを測定したのです。結果、2週間塗り続けると、平均して約3ポイント、コラーゲンが増加したことがわかりました。学生のケースより年齢の高い人ほど数値の上昇はより著しくなり、5ポイントくらい上昇しました。年配の方は若い学生よりもコラーゲンの減少率が高いためでしょう。こうして、α-EGの効果が初めて実証できたのです。

 次に、2017年1月にはモニターに日本酒を飲んでもらう試験も行いました。通常の純米酒には0.8%のα-EGが含まれていますが、1.7%に高めた純米酒1合を8日間飲んだところ、7日目にモニター全員のコラーゲンスコアが格段に上昇したことが確認できました。ちなみに20代から60代までの車多酒造のスタッフにも日本酒の飲用試験を行いましたが、1日50mlを6日間飲むだけで、学生のケースと同様にコラーゲンデータが上昇したのです。学生は1日1合だったのに対し、車多酒造ではわずか50mlであったにも関わらず、効果が表れたのです。ちなみに、車多酒造では日常的に日本酒を飲んでいる社員も多いので、そういう人はモニターから外しました。毎日晩酌で日本酒を飲んでいる人だと、もともとコラーゲンデータが高いので、α-EGの効果が表れにくいからです。結果、モニターは全員が女性社員になりました。普段日本酒を飲んでいない方であれば、如実にコラーゲンが上昇するのです。なお、飲用試験終了後もデータを測定し続けたのですが、すべて上昇値は持続しました。α-EGの保湿効果には即効性に加えて持続性もあることが証明されたのです」
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塗布試験や飲用試験から得られた人体へのα-EGの効果。塗布でも飲用でも、徐々に体内の真皮に伝わり、真皮内の線維芽細胞を活性化させ、コラーゲンなどの生産の促進につながっていることがわかった
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超音波真皮画像装置を使って皮膚のコラーゲン密度を測定
 2017年9月に早稲田大学西早稲田キャンパスにて開催された「日本生物工学会大会」において、尾関教授はα-EGに関する検証データ結果を発表した。その反響は絶大なものがあり、NHKの朝の情報番組「あさイチ」でも取り上げられた。

「同番組では、酒かすでコラーゲンが増えるかどうかを検証してほしいという依頼がありました。結果、コラーゲンデータの上昇に加えて角質水分量まで上昇することが検証できたので、この時のデータは後々まで度々使いましたね。我々が行った一連の検証により、これまで伝承されてきた『杜氏や蔵人などの日本酒を生業とする人たちが総じて肌に張りとツヤがある』ということが、日本酒のα-EGの効果によるものであることが科学的に実証できたのです」

 その結果を受けて、冒頭で紹介したように2017年に車多酒造より、α-EGを多く含有する純米酒や美容保湿クリームなどが商品化されたのである。実は尾関教授はこの検証に先駆けて、廃棄処理された蒸留残渣からα-EGを配合したシャンプーなどの商品開発にも成功しており、2015年に金澤MOYUから商品化されている。東京・銀座にあるヘッドスパ専門店で、芸能人御用達とも言われる高級サロン「CARINA」でも開発されたシャンプーが使われているが、α-EGの効果で髪質が柔らかくなるということだ。
研究ノウハウを院生・学生に指導し
新たな研究成果を生み出す
 このケースで見逃せないポイントは、焼酎の製造工程で生じる蒸留残渣(ざんさ)を利用しているという点である。これまでは川に流して廃棄していたのだから、廃棄物を有効利用していることでも尾関教授の研究は実に意義深いと言える。

「研究室には、現在大学院生が2名いて、その下に4年生が4、5名ずつ在籍しています。基本的に私は指示のみで、結果を測定するのは学生たちです。学会発表やオンライン会議でのデータ発表は院生が行い、質疑応答しながらレベルアップをしていくという形ですね。オンライン会議は頻繁に行うので、メンバー同士で意見交換をしてモチベーションを高めていくことを意識させています。α-EGの研究は毎年誰かが担当してくれていますが、学生たちも就職活動と並行して、なかなか多忙な中で研究を行うので大変な部分もありますね」
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 最近は、レジスタントプロテインという難消化性タンパク質の研究にも力を入れている。これは食物繊維に近い機能を有し、角質水分量の増加やコレステロールの排出促進、便秘改善、肥満抑制などの効果が解明されている。研究室で市販の14種の甘酒を測定したところ、すべての甘酒にレジスタントプロテインが検出された。その成果を受けて、尾関教授はレジスタントプロテインを多く配合する甘酒の製法特許も取得した。レジスタントプロテインが通常の甘酒の4倍以上含まれる特別な甘酒が開発され、「腸活甘酒」の商品名で厚生産業株式会社(岐阜市)より発売されている。

「レジスタントプロテインに関しては、大手醸造会社のマルコメが運営している『発酵美食』というWEBマガジンでも取材を受けたばかりです。コロナ禍で免疫力を高めることが推進されていますので、レジスタントプロテインを豊富に含む甘酒を飲むことを推奨しているのです。コロナ禍以降でオンライン会議が日常化したこともあり、レジスタントプロテインに関する問い合わせや共同研究のオファーなども増えて、忙しくなっていますね。ただ、注目していただけるのは光栄ですし、研究の成果が認められているという実感もあります。そして、その成果は私ではなくてすべて学生たちが行ったことですからね。私の役割は、学生たちが結果を出せるように導いていくことにあるので、そこが一番の醍醐味です。基本的に、依頼されたことに対して、しっかり結果を残せる人材が社会では求められていると思うので、『結果を出して周囲に信頼されるようになりなさい』と学生たちに言っています。そういう意味では、これまでの産学協同での取り組みなどが彼らにとっていい経験になったはずです。大手醸造会社や製菓会社など優良企業の研究室や商品開発部門で活躍している卒業生たちも多くいますね」
発酵研究の第一人者の夢は
日本酒を復権させること
 研究を重視しながらも、教育にも尽力して優秀な人材を社会に送り出してきた尾関教授だが、今後の抱負としては、明確に「日本酒の復権」であると語る。「大関で25年間お世話になって現在があるので、日本酒業界全体を盛り上げるためにα-EGを研究してきたとも言えます。いわゆるドブロクも、レジスタントプロテインを高める効果があります。
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これまで培ってきた研究の成果を、国内から海外に向けて情報発信することで、各メーカーの商品開発をお手伝いしていきたいと考えます。たとえば、マルコメではレジスタントプロテインを多く含む甘酒の開発を進めており、私たちの研究データが活用されています。

 日本酒業界は、以前から消費が落ち込んでいたのですが、コロナ禍でさらに低下してしまいました。現在は非常に厳しい状況にあります。コラーゲン値の上昇や細胞活性化というα-EGの健康効果などを広くアピールすることで、女性向けの新商品などもまだまだ生み出せると思います。また、もともとα-EGはどんな日本酒にも含有されているので、適量に飲酒するだけでコラーゲンは上昇し、美肌効果も得られます。大関をはじめ日本酒メーカー各社がそれを念頭に商品開発を競い合うことで、業界全体が大いに活性化すると思います。

 研究者としては、今後のテーマとして日本酒の復権を最優先にと考えています。40年以上も麹菌を研究してきましたが、私が金沢工業大学に来たのも、麹菌のゲノム解析ができるからです。麹菌は菌糸を伸ばして広がっていく。まさにそんなふうに縁が広がり、つながって、私がここに来たのは本当に象徴的ですね。麹菌は『国菌』とも呼ばれていますが、日本酒、醤油、味噌、みりん…。すべて日本人の食文化の根幹にあたるものです。特に金沢は麹文化が発達している地域でもありますからね。ちなみに麹の甘酒は、朝飲むと免疫力強化につながりますし、脂分の多い食事を採った時などにも効果的です。また、α-EGの効果を期待するには、就寝前に酒かすの甘酒を飲むのがいいので飲み分けるのがいいでしょう」

 酵素を研究していた学生時代は特に日本酒に興味があったわけではなく、大関に入社したのも食品開発の研究所が新設されることが決め手だったそうだ。結局のところ、入社して以降は麹菌と日本酒の研究に人生を捧げることになるのだから、人生はまさに奥深いものである。日本酒の消費量が年々減り続けていることは事実だが、尾関教授らが明らかにした健康効果がもっと注目されれば、世間にその魅力が再認識されて新たなムーブメントに昇華することも決して夢物語ではなさそうだ。
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