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日本のみならず世界も注目する
量子力学研究の最前線をまい進
日本のみならず世界も注目する
量子力学研究の最前線をまい進
2021.12.17

シリコン半導体デバイスは、スマートフォンなどのあらゆる情報機器に使われている。さらに、今後は自然災害防止や地球環境保護の観点、あるいは老朽化するインフラや血圧などの生体情報を常時モニターするなどの応用が注目される中、微小な振動や環境中にある電波などのわずかなエネルギーで動くデバイスが必要不可欠だと言われる。この究極のエコ・シリコン半導体・集積回路をめざし、内外の研究機関、民間企業と共同で研究を行っているのが、金沢工業大学電気電子工学科の井田次郎教授。すでに具体的な成果を挙げて、国家プロジェクトにも参画しているという井田研究室の活動に迫ってみた。
PERSON
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

井田 次郎 (いだ じろう) 博士(工学)
東京大学工学部物理工学科卒。同大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了。住友電気工業(株)に入社。2年半で沖電気工業(株)へ。以来、沖電気の超LSI研究開発センター、プロセス技術センター、事業企画部門担当部長、シリコンソリューション・カンパニー研究開発部長などを経て、2009年金沢工業大学教授。専門はシリコン半導体デバイス、SOI(Silicon on Insulator)デバイス。
PERSON
井田 次郎
(いだ じろう) 博士(工学)
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

東京大学工学部物理工学科卒。同大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了。住友電気工業(株)に入社。2年半で沖電気工業(株)へ。以来、沖電気の超LSI研究開発センター、プロセス技術センター、事業企画部門担当部長、シリコンソリューション・カンパニー研究開発部長などを経て、2009年金沢工業大学教授。専門はシリコン半導体デバイス、SOI(Silicon on Insulator)デバイス。
国家的な取り組みにもなっている
3大研究プロジェクトに参画
「井田研究室は、主に電子デバイスや集積回路を扱っており、超低電力IoTに向けた新原理デバイスなどを研究しています。地上デジタルTV波や携帯電話、WiFiなど環境中にある微弱な電波でも発電できるデバイスなどを提案していますが、私は沖電気にいた頃から集積回路とその構成要素である電子デバイスが専門でした。現在使われている電子デバイスは、極低電力にすると理論限界があるので、それを打ち破るものが求められているのです。そこで、現状の物理限界を超える超低電力デバイスを井田研究室から提案しており、それがメインの研究テーマとなっています。現在のLSI(Large Scale Integration、大規模集積回路)に使用されているデバイス(MOSFET=Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor、金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)の100分の1程度の極低電力で動作するデバイスの実現をめざして研究を進めており、JST-CREST(科学技術振興機構の「戦略的創造研究推進事業」)の採択テーマとなっています」
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井田研究室が提案している新規・極低電力デバイス構造(世界トップのDCデータ)。現状の物理限界を超えるデバイスという
 「また、このデバイスの応用として、現在非常に注目されている、環境電磁波からの発電に向けた極低電力デバイスの研究も行っています。広域かつ非接触で電力が得られる地上デジタルTV波などの環境電磁波から電力を取得すべく、電気通信大学などと共同で研究しており、こちらも同じJST-CRESTの採択テーマです。

 研究の核となっている極低電力デバイスについて説明すると、まず現状の最先端のデバイスであっても、オン・オフをするのに1ボルトほどの電圧が必要になります。集積回路の消費電力は電圧の二乗に比例するので、電圧を下げない限り消費電力を下げられない。我々のデバイスは、0.1ボルトほどの電圧でも同じことができる可能性があります。つまり100分の1の電力で済むのです。急峻に立ち上がることから、英語で『Steep Slope Devices』と呼ばれるものの一種です。これまで世の中では『トンネルFET』や『Negative Capacitance FET』といったものが研究されてきたのですが、双方とも行き詰まっていて最近はあまりデータが出てきていません。我々はどちらとも異なる方式で研究を進めて、直流特性では理想的な特性を示しているのです。このデバイスが実用化されると、驚異的なレベルの極低電力で集積回路が動かせるので、環境中に存在する電磁波などの微小な電力を使って何兆個ものセンサーを可動することができます。地球環境をモニターするとか、農場を管理するとか様々な用途に使えると。つまり極低電力IoTが可能になるわけですね」
環境中の弱い電磁波から発電する
新たな技術を携えてプロジェクトへ
 井田研究室が進めている「Steep Slope Devices」が実用化されたら、地球規模でセンサー情報を容易にキャッチできるため、環境保護活動はもちろん、自然災害防止にも大いに役立つはずだ。我々が受ける恩恵は計り知れないものになるだろう。
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「地球上に1兆個のセンサーをばらまいて、環境保全や防災、ひいては医療・健康、交通・物流の分野にまで役立てようという考えが『トリリオン・センサー・ユニバース』と言われる概念です。その概念は数年前に広まりましたが、これを実現するには自然環境下で発電できる電子デバイスが不可欠です。

 環境中の振動や温度差を活用した発電は一部が実用化されていますが、環境中にある微弱電磁波からの発電技術については、現在進められています。この技術は、『エネルギー・ハーベスティング技術』と呼ばれるものですが、環境中にある電磁波は微弱で、交流の世界なので直流にする整流が必要です。ただ、その高効率な整流技術が現状では存在しません。現状のダイオードでは整流できない微小な電圧でも、我々が提案している『Steep Slope Devices』はそれを可能にします。エネルギー・ハーベスティング技術は国家としても注目されているので、JST-CRESTに採択されたテーマであり、その前にはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)にも採択されました。

 『トリリオン・センサー・ユニバース』のコンセプトについては、近い将来の話ですが、現在の情報化社会においても、データセンターやサーバーなどにかかる電力負荷が相当なことになっています。省電力化を図るうえでは、現在のデバイスでは物理的な限界があるので、そこでもSteep Slope Devicesが役立ちます。

 ほかに、宇宙、高エネルギー物理で使う耐放射線デバイスの研究も行っており、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構が主導する研究プロジェクトに参加しています。さらに、ニューロ素子と量子コンピュータ向け極低温CMOS(※)についても重要なテーマで、産業技術総合研究所、東大と共同での国家プロジェクトに参画が決定しています。

 ニューロ素子は今非常に注目されていて、言わば人間の神経細胞を電子回路で模倣する試みです。通常、人間の脳は20ワット程度で動いているのですが、これを現状のCMOSでやろうとすると、原子力発電所1基分もの電力が必要になってしまう。そのためには、極低電力のデバイスが必要不可欠になるので、これについても我々が提案している極低電力デバイスが使えるだろうというわけです。したがって、ここは極低電力、ニューロ素子、量子コンピュータという超話題の3つの分野を網羅しているという類い稀な研究室なのです。この3つは、現在シリコンデバイスの世界で最も注目を集めている分野ですからね」

 2019年10月23日、米グーグルは量子コンピュータが既存方式のコンピュータでは到達し得ない能力を持つことを示す「量子超越性」を実証したと発表した。グーグルのスンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)CEOは「今回のブレイクスルーによって、効率的なバッテリーの開発や、少ない消費エネルギーで肥料を化学合成する手法の開発、新しい医薬品の開発など、量子コンピュータの実用化に一歩近づくことになった」と述べている。
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「既存のコンピュータで不可能なことが量子コンピュータではできるということで、欧米も中国も日本も躍起になって量子コンピュータに取り組もうとしています。これを持っているかいないかでは国防上でも大変重要な話になってきますから、各国で巨大なプロジェクトが動いているのです。日本ではNEDO採択のプロジェクトがあり、我々は2020年に参加したのですが、2021年にはさらに2つのプロジェクトが合体して、超巨大なプロジェクトに拡張しました。そこに金沢工業大学も名を連ねています。

 現在、全国の大学でシリコン系のデバイスの研究室のうち、特に目立った動きをしているのは、東大の2つの研究室と我が井田研究室の3つだと言えると思います。その3つの研究室がこの量子コンピュータの国家プロジェクトに参画しているのです。我々は、量子ビットを制御するための極低温のCMOSをテーマとしています。絶対零度に近い温度で電子デバイスを動かすという、これはIBMやインテルでも盛んに研究していて、欧州でも同様で非常に注目されているテーマになっています」
研究へのまい進を続けながら
量子力学の奥深さを探りたい
 次世代の基幹情報技術として、世界の耳目を集める量子コンピュータ。国の将来にもかかわる極めて重要な国家プロジェクトに金沢工業大学が参画しているという事実は喜ばしい。現状での研究の課題点について、井田教授に伺った。

「『Steep Slope Devices』に関しては、直流特性は完璧なものができています。ただ、それを回路に組み込もうとすると、いくつか課題があります。それを乗り越えようと電子デバイスの構造自体を改良しようと試みたりしています。簡単に言うと、直流特性は全く文句なしなのですが、交流にする時に漏れ電流が生じるので、それを防ぐことが現状での一つの課題ですね。ただ、『トンネルFET』や『Negative Capacitance FET』では、我々が示している直流の特性さえ、まだ示していませんからね。
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 やはり、新しいデバイスや現象を見つけていく過程には充実感があります。学会に行っても、そこでメインになるようなセッションを担っているので、議論をしていても楽しいですよ。2019年は毎月のように国際学会のために学生を海外に連れて行っていましたが、その後はコロナ禍で国外へ出られなくなってしまったことは残念です。

 私は、企業にいた頃から研究開発に携わっていて、将来的に大学で研究を続けられたらとは思っていましたので、縁あって地元の金沢工業大学に来て、このような研究にまい進することができているのは非常に有難いと感じます。もともと、学生時代に量子力学に興味を持ち、シリコンの電子デバイスの世界に入りました。こうして還暦を迎えた今、量子コンピュータの世界にいられるということに感謝したい。量子の不思議な森の中に、さらに分け入ってみたいと思っています」

 現代物理学の根幹を成す理論である量子力学。分子や原子、それを構成する電子など、微視的な物理現象を記述する力学であり、ニュートン力学に代表される古典論では説明困難だった巨視的な現象についても量子力学では説明可能だとされている。生物や宇宙のようなあらゆる自然現象も、その記述の対象となり得る。アインシュタインをして、『不完全な学問』だと言わしめた量子力学だが、まさにそれを使うのが量子コンピュータだ。量子力学を突き詰めれば、学問の体系そのものが変わってしまうと、井田教授は考えている。そんな量子力学の深淵な世界に足を踏み入れつつ、世界が注目する研究分野で具体的な成果を出している井田研究室の今後に、大いに期待したいところだ。

※CMOS:Complementary Metal Oxide Semiconductorの略。半導体の一種であるMOSを改良した半導体で、消費電力を少なくできるため、半導体集積回路の主流となっている。
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