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バイオの力でバングラデシュを元気にし
日本や世界の問題解決にも貢献したい
バイオの力でバングラデシュを元気にし
日本や世界の問題解決にも貢献したい
2022.2.25

「ミドリムシ」という微生物をご存じだろうか。小学校や中学校の理科の授業で、教科書の拡大写真を見たり、顕微鏡を使って生態を見たりした人もいるはずだ。そんなミドリムシ(微細藻類ユーグレナ)の油脂を原料の一部に使ったバイオジェット燃料を搭載した飛行機が、2021年6月、初めてのフライトに成功した。そのバイオジェット燃料を開発したのが、株式会社ユーグレナだ。代表取締役社長の出雲氏にこれまでの取り組み、今後の展望まで話を伺った。
PERSON
出雲 充 (いずも みつる)
株式会社ユーグレナ
代表取締役社長

東京大学農学部農業構造経営学専修卒。大卒後(株)東京三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に勤務し、2005年に(株)ユーグレナを設立。微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。2012年東証マザーズに上場し、2014年東証1部に市場変更。第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。2020年から経団連審議員会副議長も務める。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)、『サステナブルビジネス』(PHP研究所)などがある。
PERSON
出雲 充 (いずも みつる)
株式会社ユーグレナ
代表取締役社長

東京大学農学部農業構造経営学専修卒。大卒後(株)東京三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に勤務し、2005年に(株)ユーグレナを設立。微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。2012年東証マザーズに上場し、2014年東証1部に市場変更。第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。2020年から経団連審議員会副議長も務める。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)、『サステナブルビジネス』(PHP研究所)などがある。
バングラデシュの人々にユーグレナを
学生時代の出会いが原点に
 私の活動はすべて、1998年、大学1年生の夏休みに行ったバングラデシュでの人々との出会いがきっかけになっています。バングラデシュはかつて最貧国の一つと言われており、人々は食べるものがなく、お腹を空かせて困っているのではないかと思って、現地に向かいました。

 しかしいざ行ってみると、現地の人々は、私も食べきれないくらいの大盛のカレーを、朝昼晩欠かさず食べているのです。これにはとても驚きました。帰国後に調べてわかったのですが、私たち日本人は年間で1人あたり約50kgのお米を食べるのに対し、バングラデシュの人々は年間で1人あたり約200kgもお米を食べているそうです。これだけの量のお米を食べているのは、バングラデシュの人々ぐらいです。

 日本人よりも4倍近くお米を食べているにもかかわらず、皆具合が悪いという。それはなぜかというと、バングラデシュの人々が食べるカレーには何も具材が入っていなかったのです。にんじんも、玉ねぎも、じゃがいもも、お肉も、シーフードも……。ただルーだけをかけて食べているような状態でした。バングラデシュの各家庭には当時、電気が通っておらず冷蔵庫もないため、野菜や果物などはみんな腐ってしまい、新鮮な食材を食べることができませんでした。したがって、たとえカレーで満腹になったとしても、栄養が摂れていないために、現地の人々は病気になりがちだったのです。
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本社のエントランスに入るとユーグレナ培養装置が迎えてくれる
 地球の人口約77億人に対して、バングラデシュの人々のように、新鮮な食材を食べられずに栄養失調で困っている人が、世界に約10億人もいるのです。この危機的な状況にある人々を救うためには、栄養素を届けないといけません。「何か栄養素の塊のようなものはないか」。帰国後から探していたところ、大学3年の時に教えていただいたのが、ミドリムシ(微細藻類ユーグレナ)でした。

 ユーグレナは葉緑体を持ち、光合成によって成長します。動物と植物の性質両方を備えており、ビタミンやミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸など、実に59種類もの栄養素が含まれています。成人に必須とされる9種類のアミノ酸もすべて、バランスよく含まれていて、ユーグレナが人間に必要な栄養素の大半を含んでいると言っても過言ではありません。

「栄養豊富なミドリムシを、バングラデシュの人々に届けたい」。20歳の時に目標を掲げ、ユーグレナの研究をしはじめました。当時、ユーグレナ研究のメッカだったのは、東は東大と東京薬科大、西は大阪府立大と近畿大の4大学でした。そのため在学中は東大で、卒業後も銀行での仕事を終えてから東大に通い、週末には大阪まで夜行バスで往復し、ユーグレナ研究の権威の教授に教えを請いて猛勉強しました。銀行での業務を通して起業に必要な知識や会社経営のノウハウを身につけ、業務後や週末にユーグレナの研鑽を積む。「大変ですね」とよく言われたものですが、自ら好んで「バングラデシュの人々に元気になってもらいたい」という思いでやっていたことなので、苦ではありませんでした。
会社設立も3年弱は売上ゼロ
営業501社目でつかんだ光
 2005年8月に「株式会社ユーグレナ」を設立しました。大学を卒業し、銀行員として働きながらユーグレナの研究を続けてきて自信を持って起業をした……というわけではありません。ここで会社を設立し、ユーグレナの大量生産・培養に走り出さなければ、いつまで経っても起業できなくなってしまう。ベンチャー企業に100点満点の状態はないと思います。準備が整ったから会社設立に至ったわけではなく、やらなければならない“使命感”と、まさに“背水の陣”のような気持ちで起業を決断しました。

 私を含めて3人で会社を始めました。一人は学生時代からユーグレナの研究を続けてきた私の大学の後輩、もう一人は、「偽物でなければ何でも売る。売れないものはない」という営業のプロでした。私や後輩には営業ノウハウは皆無に等しかったので、販売・営業を彼に頼み、私と後輩でユーグレナの生産・培養に取り組みました。

 ユーグレナの培養ができるようになったのは、起業して4カ月後の2005年12月。それ以降、私は500社に営業に赴き、ユーグレナの性質や商品の効果などについて説明して回りました。しかし、第一声は「ミドリムシ? 聞いたことがない」という企業や大学ばかり。説明を繰り返してもなかなか聞く耳を持ってもらえず、商品は1つも売れませんでした。
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 転機になったのは2008年5月、私の501社目の営業先でのことでした。「ミドリムシ、素晴らしいね。一緒にミドリムシを売っていこう」。初めてそう言っていただけたのは、大手総合商社の伊藤忠商事でした。以来、伊藤忠商事とともに営業に赴くと、これまでの私の営業での反応とは一変。「ミドリムシは素晴らしい! 日本の宝だ」「さすが伊藤忠さん。社長が『これからはミドリムシの時代だ』と言っています。在庫あるだけ売ってください」などと応援していただけるようになったのです。名だたる企業や大学が投資してくださいました。こうした皆さんのご支援のおかげで、2012年12月に東証マザーズに、2014年12月には東証1部に上場することができました。不可能だと言われていたユーグレナの培養も、大学発ベンチャー企業も“やればできる”ということが証明された瞬間でした。

 2年以上かけて500社営業に回ってもなかなか聞いてもらえず、伊藤忠商事とともに営業に赴くと「素晴らしい」と皆さんに支援していただけるようになる――この変貌ぶりはいわば“崖”のようで極端過ぎです。もう少しなだらかであるべきで、そうでないと他の起業家やベンチャー企業はなかなか乗り越えられるものではありません。

 2年以上売上がゼロの状態が続くというのは、なかなか大変だったことは確かです。ただ、貧困や栄養失調に苦しむバングラデシュの人々の大変さを考えると、私たちの大変さは比になりません。「ここで簡単にへこたれるわけにはいかない。乗り越えなければ! 頑張らなければ!」という強い思いで営業に歩き続け、乗り越えることができました。
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ユーグレナ社が生産・販売するユーグレナ入り飲料
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ユーグレナ入りの化粧品もユーグレナ社が生産・販売する。「ユーグレナGENKIプログラム」の対象商品だ
 2014年4月、「ユーグレナGENKIプログラム」を始めました。日本で販売している弊社およびグループ各社の食品や化粧品などの全商品、パートナー企業の指定商品の売り上げの一部を協賛金として、豊富な栄養素を持つユーグレナ入りクッキーを、バングラデシュの子どもたちに無償で配布するプログラムです。2020年9月末時点で、バングラデシュの小学校66校、約1万人の子どもたちに、平均週5日ユーグレナ入りクッキー(1食あたり6枚)を配布。バングラデシュの子どもたちはこの1食で、特に不足している栄養素1日分を摂ることができ、栄養失調が改善し、元気に遊びまわっています。
驚きのバイオ燃料との出会いと
完成までの長き道のり
 2010年ころより、伊藤忠商事、新日本石油(現:ENEOS)、日立製作所、全日空とともに研究開発を始めたのが「バイオ燃料」です。「もしかしたらミドリムシの油脂を使ってバイオ燃料をつくれるのではないか」と新日本石油などからご提案をいただいたのです。私は農学部出身で農芸化学を専門にし、ユーグレナの栄養については研究してきましたが、ユーグレナの油脂が燃料の原料になるという発想には至りませんでした。当初は本当につくれるのかと疑ったのですが、いざやってみると、サンプルとして微量ながら、バイオ燃料の原料として十分に使える油を摂ることができたのです。私は大変驚くと同時に、私の大好きなユーグレナから、日本で実用化されていないバイオジェット燃料をつくることができたら、環境問題の解決や社会貢献につながる、研究者冥利、起業家冥利に尽きると思ったのです。そこから、バイオジェット燃料の開発が本格的に始まりました。

 始まってから数年は、技術に関わる幾多の壁にぶつかりました。燃料は温度ごとの粘度や流動性が規準として決められており、その規準に合わせたユーグレナの培養方法や油の抽出・精製の方法を研究して構築しなければなりませんでした。その規準のクリアに時間がかかりましたが、石油精製会社である新日本石油や航空会社である全日空などのさまざまな専門家の知恵をいただきつつ、試行錯誤を繰り返しました。
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ユーグレナ社のバイオジェット燃料(左)と、原料となる廃食油(中)とユーグレナから取り出した油脂
 こうして技術の問題を解決したのですが、その後は燃料の安全性を行政や関係機関の方々にいかに説明して納得していただくかに骨を折ることになりました。化学的な観点から言えば、石油からつくったジェット燃料も、廃食油とユーグレナ油脂からつくったジェット燃料も、全く同じ物性を持った燃料なのです。しかし、ユーグレナなど微細藻類由来の油脂を原料に用いたジェット燃料についての法律上の規定が皆無だったので、規定化していただくべく何百回もの試験を重ねました。2018年にはバイオ燃料製造実証プラントを横浜に竣工するなど、膨大な費用と労力が必要でしたが、たくさんの方に応援していただけた分、やりきることができました。

 2021年6月、このプロジェクトがスタートしてから10年以上と、当初の想定よりはかなり時間がかかりましたが、バイオジェット燃料を給油した飛行機をフライトさせることができました。初フライトは政府機関の飛行検査機で、同月には民間航空機でのフライトも実現しました。
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バイオジェット燃料を搭載した民間航空機
 バイオジェット燃料に先がけて、2020年3月にはバイオディーゼル燃料が完成しました。現在ではバスやトラック、消防車、船舶などで使用されています。「サステオ」と銘打ったこのバイオ燃料を陸海空でより多く使っていただき、環境問題の解決に貢献していきたいと考えています。
ファシリティ十分のKITから
もっとたくさんベンチャーを
 金沢工業大学は何をするにも環境が整っていると思います。9年前に夢考房を見学させていただいたことがありますが、道具や材料が豊富にそろっていて、とても素晴らしい環境が整っていると感じました。素晴らしすぎるぐらいです。私もユーグレナの研究などを通して様々な大学にお邪魔していますが、研究環境の充実ぶりは東大と同じくらいではないかと思います。

 強いて言えば、たとえば、私はバングラデシュに行った時に栄養失調に苦しむ人々の状態を目の当たりにして、それに対して何もできない自分に対してとても悔しい思いをし、もっともっと研究をして問題解決に貢献できるようにならなければならないと強く思いました。可能であれば海外に出て、社会で起きている課題に触れて、悲しい・悔しい・情けないといった自分のハートに火をつけるような体験ができるような機会を、金沢工業大学の研究環境がいかに素晴らしいかを感じられる機会を、学生さんに与えてあげてほしいです。困難を乗り越えるためには、単なる努力や気合、根性だけでは足りず、苦しさや悲しさ、私がバングラデシュで抱いたような「人々に元気になってもらいたい」という夢、「なぜこんなに理不尽なことが起きるのか」という怒りといったものも必要なのです。その体験を経て大学に戻ってきて、最高の環境を活かして研究を積み重ねれば、起業するという人も増えてくるはずです。金沢工業大学は学生さんが優秀で、就職率もNo.1で、企業からの評価も高く、ファシリティも十分にそろっていますから、起業家がもっともっと増えてよいと思うのです。KIT発のベンチャーがさらに増えていけば、MIT(マサチューセッツ工科大学)を超えることも夢ではないと思います。

 そんな大学発のベンチャー企業がもっともっと増えてほしいと思っています。IMD(International Institute for Management Development、国際経営開発研究所)が発表した2021年度の国際競争力ランキングでは、日本は総合で64カ国中31位、アジア・太平洋地域の14カ国中でも10位と低迷しています。特に顕著なのはアントレプレナーシップの低さ、つまりベンチャーが少ないことなのです。

 日本に今ある産業、今ある仕事をそのまま残していったら、現在進んでいる人口減少に合わせて経済規模も縮小してしまいます。日本が再び元気に成長していくためには、ベンチャーが必要であり、ベンチャーがもっともっと増えれば、活力のある社会、競争力のある社会を取り戻せるはずです。

 先ほども述べましたが、準備が整ったから起業したわけではありません。「準備が整ったらベンチャーをする」とよく聞きますが、ベンチャーにおいては、“準備が整う”ことは絶対にありえないと思います。私が起業した当時は、株式会社が1,000万円、有限会社が300万円を最低資本金とする制度があったので、3人でなけなしの貯金をはたいて1,000万円を出し合って、会社をなんとか立ち上げたものです。現在はその制度も撤廃され、1円から会社をつくることができます。会社をつくらなければ、お客さんもパートナーも協力してくれる人も集まらず、また会社でなければ、組織のパワーがなければ乗り越えられない”壁”もたくさんあります。「電気自動車でベンチャーをやってみたい」「ソーラー発電でベンチャーをやってみたい」という素晴らしいアイディアを持った学生さんもいるはずです。目標や夢がある人は、“準備が整ったら”ではなく、すぐにでも企業を立ち上げるべきです。私はそんなアントレプレナーを応援します。
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