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「元素」から着目して浮かび上がる
宮沢作品の“新たな魅力”とは
「元素」から着目して浮かび上がる
宮沢作品の“新たな魅力”とは
2022.07.21

『宮沢賢治の元素図鑑』
桜井弘/著
化学同人 定価1,760円 (税込)
推薦
SL
相良 純一 (さがら じゅんいち)
金沢工業大学
応用バイオ学科 准教授
 詩人・童話作家として知られる宮沢賢治。『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『セロ弾きのゴーシュ』などの童話をはじめ、『雨ニモマケズ』も彼の作品です。宮沢賢治は岩手県で生まれ育ち、幼少期には石(鉱石)集めに熱中したことから「石ッコ賢さん」と呼ばれていました。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)、同研究科で土壌や鉱石の分析を学び、農学校教員を経たのち「ほんとうの百姓」になるため農業を生業としました。彼の作品の中に鉱石や元素が度々登場するのは、このような幼少期から身につけた経験や知識によるものだと思います。

 本書の著者である薬学博士の桜井弘氏は元素のエキスパートとして知られ、本書の他に『元素118の新知識』(講談社)、『元素検定』(化学同人)など、元素にまつわるエピソードを書いた本を出版しています。元素とは物質を化学的に分けていって最後に得られる要素で、ただ一種類の原子によってつくられる物質のことです。この元素について、多くの読者は中学校や高校で学んでいます。しかし、宮沢賢治の作品を読んだとき、作品中に登場する元素や鉱石などは読み過ごされていることでしょう。本書はそのような読み過ごされた作品中の元素や鉱石にスポットを当て、作品のもつ新たな魅力を引き出しています。

 本書はタイトルに「元素図鑑」とつけられていることもあり、作品に登場する元素ごとにまとめられて宮沢賢治の作品が紹介されています。たとえば「水素(Hydrogen)」のページでは、『銀河鉄道の夜』(第三次稿 ジョバンニの切符)からは以下の一節が引用され、この場面の説明や「水は水素と酸素からできている」についての解説文がつけられています。見開きのページの中には解説の他に水素にまつわる豆知識や炭素と水素だけからなる鉱物、イドリア石(Idrialite, C22H14)のカラー写真が添えられています。

「おまへは化学をならったら(ろ)う。水は酸素と水素からできてゐ(い)るといふことを知ってゐ(い)る。いまはた(だ)れだってそれを疑いやしない。実験して見るとほんた(と)うにさ(そ)うなんだから。けれども昔はそれを水銀と塩でできてゐ(い)ると云ったり、水銀と硫黄でできてゐ(い)ると云ったりいろいろ議論したのだ。」

 ジョバンニの前からカムパネルラがいなくなってしまった、物語の終盤へとつながる重要な場面からの一節です。研究者にとって正しい実験方法を選択することが重要であり、自分の実験より得られた結果が「ほんとう」であるという宮沢賢治からメッセージが込められています。宮沢賢治が生涯のテーマとした「ほんとうの幸い」の「ほんとう」をどのように見つければよいのか、読者に考えさせられる文章となっています。

 この水素のページでは他に『春と修羅』から「オホーツク挽歌」が引用されています。この詩には「水素のりんご」と表現されたキップの装置で水素を発生させる実験の様子をうたったものという解説がつけられています。「水素のりんご」の持つ意味を理解したうえでこの詩を読むと、農学校で農芸化学を学び、化学実験を行う若き日の宮沢賢治の姿に思いを馳せることができます

「私は詩人としては自信がありませんけど、一個のサイエンティストと認めていただきたいと思います」

 宮沢賢治が草野心平にあてた手紙に書かれていた文章です。「詩人であるとともに科学者である」という宮沢賢治の化学者としての意地と決意が垣間見られます。この意地と決意があったからこそ、作品の中に多くの元素や鉱石、化学や地学の知識を登場させたのだと思います。

 本書を片手に宮沢賢治の作品を読み直すことにより、今まで読み過ごしていた文章の中に新しい発見があるかもしれません。コロナ渦の今、みなさんの中にある「ほんとうの幸い」を見つけてみるのはいかがでしょうか。
PERSON
推薦
SL
金沢工業大学
応用バイオ学科 准教授

相良 純一 (さがら じゅんいち)
学習院大学理学部化学科卒。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻修士課程・博士課程修了。(独)産業技術総合研究所生命情報科学研究センター特別研究員、客員研究員を経て、2004年金沢工業大学ゲノム生物工学研究所研究員就任。2005年講師、2017年准教授。専門はバイオインフォマティクス。

相良准教授オススメ その他の推薦図書
〇『六の宮の姫君』北村薫/著 東京創元社
〇『八月の六日間』北村薫/著 KADOKAWA
〇『アーモンド』ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳 祥伝社
〇『三十の反撃』ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳 祥伝社
PERSON
推薦
SL
相良 純一
(さがら じゅんいち)
金沢工業大学
応用バイオ学科 准教授

学習院大学理学部化学科卒。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻修士課程・博士課程修了。(独)産業技術総合研究所生命情報科学研究センター特別研究員、客員研究員を経て、2004年金沢工業大学ゲノム生物工学研究所研究員就任。2005年講師、2017年准教授。専門はバイオインフォマティクス。
相良准教授オススメ その他の推薦図書
『六の宮の姫君』北村薫/著 東京創元社
『八月の六日間』北村薫/著 KADOKAWA
『アーモンド』ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳 祥伝社
『三十の反撃』ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳 祥伝社
「KIT Book Review」では、金沢工業大学ライブラリーセンターのサブジェクト・ライブラリアン(SL)が本を推薦します。SLは、ライブラリーセンターにおいて膨大な専門情報の内容や質を選択判断し、その収集や利用を立案実行する中枢機能です。本学の教授陣によって構成されており、自己の専門分野はもちろん、関連分野まで質の高い最新情報を把握しています。

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