IMAGE
書く楽しみが倍増!
「大人の鉛筆」が売れ続ける理由
書く楽しみが倍増!
「大人の鉛筆」が売れ続ける理由
2022.11.2

もう一度、鉛筆で書く楽しさを思い起こしてほしい――そんな思いから大人向けに開発されたノック式筆記具「大人の鉛筆」を製造・販売する北星鉛筆。時代の流れともに鉛筆の利用者が減少するなか、10年以上にわたるロングセラーを生み出した背景にある小さな工夫とは? 同社代表取締役の杉谷龍一氏に聞いた。
PERSON
北星鉛筆株式会社

1897(明治30)年に屯田兵として移住した北海道で、1909(明治42)年に鉛筆用の板「スラット」を製造する杉谷木材を創業。1943(昭和18)年に東京の月星鉛筆を、関東大震災の影響で行き詰まった経営を引き継ぐ形で買収。1951(昭和26)年、東京都葛飾区四つ木で北星鉛筆として鉛筆製造業を本格的に開始した。現在も1日10万本以上の鉛筆を製造。また鉛筆のほかにも鉛筆のおがくずからでできた粘土「もくねんさん」や、ノック式鉛筆「大人の鉛筆」など新商品の開発にも力を入れている。
PERSON
北星鉛筆株式会社

1897(明治30)年に屯田兵として移住した北海道で、1909(明治42)年に鉛筆用の板「スラット」を製造する杉谷木材を創業。1943(昭和18)年に東京の月星鉛筆を、関東大震災の影響で行き詰まった経営を引き継ぐ形で買収。1951(昭和26)年、東京都葛飾区四つ木で北星鉛筆として鉛筆製造業を本格的に開始した。現在も1日10万本以上の鉛筆を製造。また鉛筆のほかにも鉛筆のおがくずからでできた粘土「もくねんさん」や、ノック式鉛筆「大人の鉛筆」など新商品の開発にも力を入れている。
開発のきっかけは
1人のお客様の声から
 東京・葛飾区で鉛筆をつくり続けて71年の町工場・北星鉛筆。外壁に鉛筆のイラストが描かれている現在の建屋になった30年ほど前から、一般のお客様を対象にした工場見学を実施している。鉛筆の歴史や製造方法などを見て聞いて、また工作体験やワークショップも行いながら学ぶことのできるイベントとして、現在では大人から子どもまで多くのお客様が訪れるという。そんな工場見学に訪れたあるお客様から、こんな声をかけられた。

 「子ども向けの鉛筆はたくさんあっても、大人用の鉛筆って少ないよね」

「大人の鉛筆」の開発はその一言がきっかけとなって始まった。大人向けの鉛筆は、すでに高級品や海外製によって市場が形成されていたが、参入にあたって北星鉛筆ではどのようなアプローチをとったのか。5代目代表の杉谷龍一氏は次のように話す。
IMAGE
「鉛筆の良さをわかってくれている大人も多いのに、実際に使用している人は少ない。その理由は、“削る”という手間がかかるからだと考えました」

 そこで、大人向け鉛筆の付加価値の方向性を「利便性」に置いて、開発をスタートさせた。
鉛筆専門メーカーならではの
こだわりと技術
 鉛筆の書き心地はそのままに、削るという手前を省くことを主眼に置いた「大人の鉛筆」は、製品化までに約1年の試作期間を要したという。

 まず、「削らなくてもよい」仕組みとして、シャープペンシルのようにノックすると新しく芯が繰り出されるノック式(シャープ式)を採用した。この仕組みは、1954(昭和29)年に同社で製造・販売を始めた「ノーカット鉛筆」から着想を得ている。ノーカット鉛筆は、先端のテーパー(金具)をゆるめて芯を出し、テーパーを締めて芯を固定して使用する。発売当時から建築関係者などの間で愛用者が広がったものの、シャープペンシルとは異なり一般市場にはあまり普及しなかった。
IMAGE
「大人の鉛筆」のもととなった「ノーカット鉛筆」
 ノーカット鉛筆が先端部で芯の出し入れを調整するのに対して、大人の鉛筆は、鉛筆の頭の部分をノックすることで芯の出し入れを調節できる。この仕組み自体はシャープペンシルと同じだが、通常のシャープペンシルに使われるのは0.5mm程度の極細の芯であるのに対して、大人の鉛筆の場合、2mmという通常の鉛筆と同様の太さの鉛筆芯を採用している。このことによって、鉛筆と同様の書き心地を再現している。

 通常の鉛筆は、芯が通る溝が彫られた2枚の板(スラット)を圧着してつくられる(下記「鉛筆のつくり方」参照)。大人の鉛筆の製造工程も基本的にはこれと同じだが、芯が通る部分は空洞になる。ただし、この空洞の形がズレたりいびつになったりすると、部品や替え芯が入らなくなってしまう。実は、この2枚の板を圧着してきれいな空洞をつくるという作業は、どこの工場でもできる技術ではなく、長年鉛筆をつくり続けてきた北星鉛筆ならではの職人技なのだという。
IMAGE
 ボディも鉛筆の風合いや木のぬくもりを損なわないように工夫されている。木材は通常の鉛筆と同じアメリカ産のインセンスシダーを使用し、塗装は重ね塗りしたニスのみ。また、ボディの太さは大人の手の大きさを考慮して通常の鉛筆に比べて1mm太い8mmを採用。全体の長さは、新品の鉛筆を削って少し短くなった程度をイメージして159mmとした。

 太さ2mmの芯は、専用の芯削り器を使って書きやすい形に整えることができる。芯削り器の特長は刃ではなく板バネを使用し、4方向から削れるように独特な形状になっていることだ。従来の鉛筆削りのように回転させるのではなく、左右に行き来させる形で回すことにより、芯を容易に削ることができる仕組みになっている。

「試作段階では、芯を削った時に芯が回ってしまって…。これではダメなので、通常のペンに使うバネよりも強いものに変えることにしました。どのくらい強いバネなら芯が回らなくなるか。部品メーカーとも相談しつつ試行錯誤してつくりましたね。芯削りも何度も改良を加えました」
IMAGE
「大人の鉛筆」は単体での販売のほか、芯削り器と本体のセットや替え芯も販売されている
 その他、両端につけた金具によって重心を調整することで、長時間書き続けても疲れない設計とした。これらの金具や部品についても日本各地のメーカーに掛け合い、何度も試作を繰り返したという。

「特別な技術や材料を売りにした商品開発ではなく、お客様が求める『鉛筆の使い心地はそのままに、削らなくてもよい』という点を追求しました」と杉谷氏。木の温かみを感じることのできるシンプルなデザインとともに、気軽に鉛筆の描き心地が味わえる大人の鉛筆は、2011年度日本文具大賞においてデザイン部門優秀賞を受賞し、発売から10年を経った今も多くの文具ファンの間で支持され続けている。
手先の器用な日本人が
減ることへの危機感
 北星鉛筆のプロダクトには「大人の鉛筆」だけでなく、大人を意識したものがいくつかあるが、その一つに「大人のもちかた先生」という鉛筆やペンを正しく持つための補助器具がある。これら “大人” をターゲットにしたプロダクトをつくり続ける理由は、日本のものづくりを支えてきた「手先の器用さ」が失われつつあるという危機感からだと杉谷氏は話す。

「昨今はパソコンやスマホの普及に伴い、筆記具を手にして文字を書く機会が激減しています。そのことが手先の器用さを奪う原因になっているのではないかと懸念しているのです」
IMAGE
 実際、大人になっても筆記具を正しく持てない、きれいな字が書けないといった悩みを多く耳にするが、「大人のもちかた先生」を開発したきっかけは、大人が筆記具を正しく持てるようになることで、将来の「ものづくり日本」を支える一助にしたいという想いだった。

「大人のもちかた先生」は、鉛筆の持ち方を教える「たけうちもちかた文字教室」主宰の竹内みや子氏が監修しており、付録の「親子で学ぶ鉛筆の持ち方極意書」というガイドに従ってボールペンのボディに示された場所に指を置くことで、長時間でも指に負担がかからない正しい持ち方に矯正してくれる。大人向けとしながらも、あえて「親子」としたのは、持ち方を教える立場の大人とともに、子どもにも正しい持ち方を身につけてほしいと考えたからだ。
IMAGE
「大人のもちかた先生」にはそれぞれの指を置くべき場所が示されており、付録の「親子で学ぶ鉛筆の持ち方極意書」を読みながら、正しいもちかたを学べるようになっている
「子どもにとっても、鉛筆を正しく持って使うことができれば、長時間の学習でも指に負担がかかりません。そうすれば、学力向上につながるはずです」

 作り手側の視点から、筆記具の正しい持ち方を広めることで、日本人の指先の器用さを取り戻したいという強い想いが感じられる。
人に喜んでもらえる
ものづくりが何より
 北星鉛筆が生み出すプロダクトの共通項は、「どの商品も “書く” 行為を邪魔しないこと」。書き心地よく、高品質な製品を低価格で提供し続けることができれば、日本の鉛筆はもっと世界に広がっていくはずだ。IT 化と少子化の進行でシュリンクしている国内の鉛筆市場だが、海外に目を向ければ、学校とそこで学ぶ子どもたちは増え、それに比例して識字率は上がっている。こうしたことを理由に、北星鉛筆では品質のよい鉛筆を今日もつくり続ける。

「私たちの報酬は、ものを売って得られる利益だけではなく、社会に貢献し、お客様が喜んでくれること。そういう想いで日々取り組んでいます」

 小さな工夫が積み重なった “日本の鉛筆” が、世界中の子どもたち、そして大人をも喜ばせてくれるはずだ。
IMAGE
東京都葛飾区四つ木にある本社・工場。外には鉛筆型の雨除けや案内標識も

前の記事