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社会の幅広い分野での活用が期待される
「無線電力伝送システム」実用化へ日々前進
社会の幅広い分野での活用が期待される
「無線電力伝送システム」実用化へ日々前進
2022.11.2

高圧電線などの保守点検をはじめ、危険を伴う作業で活躍するドローンだが、バッテリー交換のたびに機体を回収しなければならず、作業が中断してしまうのがネックとなっている。そんな問題を解決する切り札となりそうなのが、「無線電力伝送」の技術だ。電波を使ってドローンに電気を送ることで連続した運転が可能になるため、この技術が実用化されれば作業効率は飛躍的に上がるはずだ。そんな将来の無線電力伝送の実用化に大きな役割を果たす「レクテナ(整流回路付きのアンテナ)」を開発し、2020年9月の段階で世界最高となる電力変換効率92.8%を達成したのが、金沢工業大学電気電子工学科の伊東健治教授の研究チームだ。社会の様々な分野において活用が期待される注目の技術、無線電力伝送システムについて聞いた。
PERSON
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

伊東 健治 (いとう けんじ) 博士(工学)
同志社大学工学部電子工学科卒。三菱電機(株)に入社。情報電子研究所、電子システム研究所、情報技術総合研究所で勤務。その間、東北大学大学院工学研究科電子工学専攻に入学し、後期博士課程修了。三菱電機(株)通信システム統括事業部課長、移動通信統括事業部課長、モバイルターミナル製作所部長、情報技術総合研究所所長付を経て、2009年金沢工業大学教授。専門はマイクロ波工学。
PERSON
伊東 健治
(いとう けんじ) 博士(工学)
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

同志社大学工学部電子工学科卒。三菱電機(株)に入社。情報電子研究所、電子システム研究所、情報技術総合研究所で勤務。その間、東北大学大学院工学研究科電子工学専攻に入学し、後期博士課程修了。三菱電機(株)通信システム統括事業部課長、移動通信統括事業部課長、モバイルターミナル製作所部長、情報技術総合研究所所長付を経て、2009年金沢工業大学教授。専門はマイクロ波工学。
シンプルなのに実用化できない
幾多の課題解決に向けて研究
「無線電力伝送」とは「Wireless Power Transfer(WPT)」を日本語訳した言葉で、「ワイヤレス電力伝送」と訳されることもある。ケーブルなどを使わずに“電気を伝送する”技術で、スマートフォンやドローン、電気自動車など様々な機器への新たな充電方式として、世界各国の研究者やメーカーが技術開発に取り組んでいる。無線電力伝送には「電磁誘導方式」「磁界共鳴方式」「マイクロ波方式」といったいくつかの方式があるが、伊東教授が研究テーマとして取り組んでいるのが、「マイクロ波方式」の無線電力伝送に用いられてる受電素子であるレクテナだ。

 この方式は電気を電波に変換して、アンテナを介して送受信するというのが基本的な仕組みになっている。もう少し詳しく説明すると、電気(直流電力)をマイクロ波(無線電力)という電波に変換し、送電アンテナから送信する。送られてきた電波は受電アンテナで受信し、整流回路で直流電力に変換して電力として使われるというわけだ。この受電アンテナと整流回路を組み合わせた受電素子がレクテナだ。用いる電波の周波数によって送電できる電気の量や到達距離は大きく変わってくるが、理論上は宇宙空間で太陽光発電した電気を地球に伝送することも可能といわれている。

「1960年代のアメリカで、NASA(アメリカ航空宇宙局)が国家的プロジェクトとして取り組んでいたのが、宇宙太陽光発電です。これは静止軌道上に太陽電池パネルを数km²の広さで設置し、その太陽光エネルギーをマイクロ波に変換。それを地球に伝送して電力として利用するという壮大な計画でした。その後、NASAは計画から撤退しましたが、日本では京都大学を中心に研究が続けられています。近年では、この宇宙太陽光発電のほか、様々な機器への電源をワイヤレス給電する試みが広がっています。そんな中、私たちのグループも内閣府の戦略的イノベーションプログラム(SIP)の一環として、2017年から無線送電の効率を高める研究に取り組んできました」
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電波無響室で実験を行う伊東研究室の学生
 マイクロ波とは、周波数が3GHz~30GHzの電波のことを指す。このマイクロ波で培われたアンテナや回路の技術は、数MHzから数100GHzの周波数の機器に広く適用されている。工場での生産管理や在庫管理に用いられるRFIDやWi-Fi、ETC、電子レンジなどで使われている920MHz、2.4GHz、5.8GHzという3つの電波帯が、マイクロ波方式の無線電力伝送では用いられている。これは国際的に用いられている周波数であり、2022年5月にこの3つの電波帯を用いる無線電力伝送システムが法制化された。市場ニーズや他システムとの干渉を配慮した仕様が策定されている。現在、急ピッチで実用化に向けた研究開発が進められている。

「無線で電力を送るシステムそのものは実にシンプルなのですが、実際にやってみるとエネルギーの伝送効率が悪いのです。その理由は、送信時のエネルギー損失、電波の空中伝送中のエネルギー損失、そして受信した電波を電力に変換するプロセスでもエネルギー損失が生じるため、そこを解決しなければマイクロ波を使った無線電力伝送システムは実用化できません」

 伊東教授はこの難題解決に取り組むために、前述したSIPに参画し、ノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授をはじめとする多くの研究者たちとともに、研究を続けてきた。

 そして2020年9月、5.8GHzのマイクロ波による無線電力伝送に用いる「レクテナ」において、世界最高の電力変換効率となる92.8%を達成したのである(1W入力時)。レクテナとは無線電力伝送に用いるマイクロ波の受電素子のことで、従来は「受電アンテナ+整流回路+半導体」という3つの別々の要素で構成されていた。伊東教授の研究グループはそれを「受電アンテナ+半導体」という構成にすることで、回路によるエネルギーの損失を削減。マイクロ波から直流電流への電力変換効率を、大幅に向上させることに成功した。
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飛行中のドローンに対するマイクロ波を用いた無線電力転送の仕組み。高圧電線の保守点検をドローンで行う場合、充電の際はその都度作業の中断が必要になるが、無線電力伝送技術を使えば長時間にわたって連続して点検を行える
「受電アンテナの形状を工夫することで、これまで回路が担っていた機能のすべてを受電アンテナでこなせるようにしました。さらに半導体もマイクロ波特性が良好なガリウム砒素(GaAs)を使うことで、効率を高めています。

 それ以前は1Wの電力で電力変換効率が80%までいかないのが実状でしたから、かなり画期的なことだと思います。現在、5Wの電力で85%の電力変換効率を得ています。さらに大きな10Wという電力での高効率受電に向けて研究を進めています。そのようなレクテナを複数設けることで、数100Wクラスの電力を必要とする大型ドローンなどへの、マイクロ波による無線電力伝送の実用化も見えてくるのではないでしょうか」
“世界最高”の研究のポイントは
「KITならでは」と「ノウハウの蓄積」
 日本だけでなく全世界で多くの研究者がしのぎを削る無線電力伝送の分野において、世界最高レベルの数値を実現できた背景には、「KIT(金沢工業大学)ならではの特殊な環境がある」と伊東教授は指摘する。

「KITには電波を専門とする先生が4名いるほか、半導体の先生、そして回路を専門とする研究者も私を含めて複数います。一つの大学の中にこれだけの研究者がそろっているところは全国的にも珍しいでしょう。
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電波無響室での実験の様子。電波無響室は複数の研究室が共用する広めのものと、伊東研究室のみが使用する小型のものがあり、こうした研究設備の充実も世界最高レベルの数値を実現した要因の一つと言える
 それぞれから出されたアイデアを最終的に統合するのは私のところでやっていますが、学内の風通しのよさ、研究者同士のコミュニケーションの活発さといった“下地”があるからこそ、まったく違うフィールドや専門のことも含めて、全体を俯瞰して見ることができているのだと思います。KITがもともと北陸電波学校としてスタートしたということを考えると、このレクテナはKITという大学の特色がよく表れた研究成果といえるかもしれません。

 余談ですが、KITが大学院を設置する際に産業界からも様々な協力を得たわけですが、私がかつて働いていた三菱電機の先輩にあたり、KITでも客員教授を務められた喜連川隆先生(三菱電機株式会社元常務。2012年死去)も、それを支援したお一人だと聞いています。先生は宇宙通信アンテナの大家でした。そんなKITで私がこうして教鞭を執らせていただいていることにも、縁のようなものを感じます」

 伊東教授が金沢工業大学に着任したのは2009年9月のこと。それ以前は三菱電機で技術者として、防衛宇宙関連の機器開発をはじめ、MOVAやFOMAといったドコモ向け携帯電話の製品化に携わっていたという。まさに会社員時代から現在に至るまで、一貫して電波関連をテーマとして研究をやり続けてきたのが、伊東教授なのである。
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「携帯電話といえば、私はこのスライド式のFOMAを16年ほど使い続けています。タブレットと2台持ちしたほうが目にも優しいので、全然変える気になりませんが、FOMAが2026年3月で終了してしまうのでとても残念です。

 研究室には大学院生が8名、学部生が6名、そして研究員が2名います。研究員を置いている理由はいくつかあります。現在、私たちの研究室では無線電力伝送に関する3つの国家プロジェクトを受託し、7社との共同研究を実施。さらにもう1社との共同研究も予定していますが、こうした研究を定常的に続けていくためにはノウハウの蓄積が必須となります。国家プロジェクトで得た研究費などを使って、研究員の雇用に充てています。そのような多くのプロジェクトを抱える中、学生たちより教員や研究員のほうがはるかに長く研究室にいますから、教員や研究員にとってはかなり厳しいかな(笑)。冗談はさておき、やはり学生は3年間でメンバーが入れ替わってしまうので、研究によって得られたノウハウを蓄積していくには、専門の人を雇わないと難しい。それも研究員を置く理由ですね」
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無線給電を“使える”ように
企業とともに完成度向上をめざす
 2021年10月、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の「Beyond 5G 研究開発促進事業」で、ソフトバンクのワイヤレス電力伝送開発の取り組みが研究課題として採択されたが、金沢工業大学は京都大学とともにこの共同研究に参画し、産学連携で研究開発を進めている。
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研究開発イメージ。周波数のひっ迫が少ないミリ波通信帯域でのワイヤレス電力伝送の実現と、通信との連携・融合による、通信と同規模の広範囲なサービスエリア展開をめざす
「アンテナを小型化してもっと距離を飛ばすために、5G(第5世代移動通信システム)に使う28GHzという非常に高いミリ波帯の周波数を活用して、通信と無線給電を連携・融合した技術開発に取り組んでいます。

 今年6月と9月に研究室の学生をソフトバンクに派遣して、我々がつくったチップとソフトバンクの送信設備で対向実験をやったところ、5mほど電力を飛ばすことに成功しました。最終的な目標としては、無線電力伝送と通信の混合システムの規格を標準化し、世界のスタンダードにすることをめざしています」

 パワーエレクトロニクスの分野において、“最後のフロンティア” ともいわれる無線電力伝送システムだけに、様々なジャンルの企業から熱い視線が寄せられている。しかし、電波の利用に際してはすでに使っている人の電波を妨害しないように慎重な運用が求められるため、法整備の点でも様々な利害調整が必要となる。

「それほど大きな電力を必要とせず、実用化されたRFIDの延長にある920MHzでは無線給電の実用化もかなり近いと思います。私の研究室でも5~6社に技術供与していますが、数mの距離までならセンサーを通して瞬時に様々な情報のやりとりが可能になります。アメリカのベンチャーや中国などを中心に研究が進んでいるスマートフォンへの無線充電ですが、わが国では法制化の途上なので、そのあたりがどう進むかで実用化の時期が違ってくると思います。

 いずれにしても、本格的な遠隔充電のマーケットが立ち上がるまではまだ数年かかると思うので、私たちとしてはそのあいだになるべく企業が使いやすい形で技術供与できるように、技術をパッケージングする完成度を上げていきたいと考えています。

 学生たちには本当に難しいことをやらせていると思いますが、その効果は確実に出ています。電気回路や電磁気の知識を蓄えるだけでなく、それを “技術者として使える技術” になるよう指導をしています。私たちの研究に賛同してくれる企業と一緒に、これからも開発を進めていきたいですね」
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