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【第1回】ニュートン『プリンキピア』
確立された近代科学の方法論
刊行当時をたどってわかる偉大さ
【第1回】ニュートン『プリンキピア』
確立された近代科学の方法論
刊行当時をたどってわかる偉大さ
2019.7.22

金沢工業大学のライブラリーセンターには、「工学の曙文庫」と呼ばれる書庫がある。そこには、科学技術において歴史的な発見を著した書物の初版本が約2,000 冊保管されているが、学術的に極めて重要で、貴重な資料ばかりである。そんな書物の中でも、特に有名であり歴史的な存在意義が大きいとされるのが、アイザック・ニュートンの『プリンキピア』である。1867 年に書かれた同書は、正式には「Philosophiae Naturalis Principia Mathematica(自然哲学の数学的諸原理)」と言う。力学の基本法則を定式化したもので、ニュートン力学の体系を確立し、近代科学の基礎となった貴重な書物だ。電気電子工学科の山口敦史教授は、工学の曙文庫を活用した「原著から本質を学ぶ科学技術講座」の講師を務めるが、その題材に『プリンキピア』を選んでいる。山口教授に偉大な同書の価値について、あらためて話してもらった。
PERSON
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

山口 敦史 (やまぐち あつし) 理学博士
東京大学理学部物理学科卒。同大学大学院理学系研究科(物理学専攻)博士課程修了。1991~1993年、ERATO榊量子波プロジェクト研究員。1993年、NECに入社。同社基礎研究所主任を経て、2001~2003年、光・無線デバイス研究所主任研究員(青色LDチームリーダー)。2003年、NECを退社し、稲盛財団学術部部長、ERATO上田マクロ量子制御プロジェクト技術参事を経て、2006年金沢工業大学教授。専門は化合物半導体の光物性、半導体発光デバイスの物理。
PERSON
山口 敦史
(やまぐち あつし) 理学博士
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

東京大学理学部物理学科卒。同大学大学院理学系研究科(物理学専攻)博士課程修了。1991~1993年、ERATO榊量子波プロジェクト研究員。1993年、NECに入社。同社基礎研究所主任を経て、2001~2003年、光・無線デバイス研究所主任研究員(青色LDチームリーダー)。2003年、NECを退社し、稲盛財団学術部部長、ERATO上田マクロ量子制御プロジェクト技術参事を経て、2006年金沢工業大学教授。専門は化合物半導体の光物性、半導体発光デバイスの物理。
近代科学の原点にあったのは
数式ではなく図形を使う幾何だった
 『プリンピキア』について語るには、まず当時の時代背景を考えなくてはいけない。17世紀後半では、力学や電磁気などの物理の法則はまだ形になっていなかった。ガリレオがピサの斜塔で行った落下実験は有名だが、ガリレオですら「力」の概念をまだ完全に理解していなかったと思われる。


 力学の基本法則で最も重要なのは、f=maという運動方程式だ。fは力、mは質量、aは加速度である。力が働くと加速度が生じるという力学の基本を示すものだ。実は、この式は、物体の運動の向きと力の向きが異なる場合にも成り立つ。例えば、地球の周りを月が周回しているのは、月の運動の方向とは垂直な方向に地球が月を引っ張っているからだ。運動の方向と働く力の方向が異なるとき、物体の運動の軌道は円運動のように曲線を描く。このように、速度、加速度、力のすべてをベクトル的に考えて、物体や星の運動の法則を解明したのはニュートンが『プリンピキア』において初めて行ったことである。


 この運動方程式(運動の法則)に、慣性の法則、作用・反作用の法則を合わせた、「ニュートンの運動の3法則」は非常に有名だ。高校の物理では「角運動量保存則」や「単振動の式」など、数多くの法則を学ぶが、すべてはこの運動の3法則から数学で導けるものだ。力学の基本法則である「運動の3法則」と電磁気学の基本法則であるマクスウェルの4つの方程式を使えば、日常で目に見えるほぼすべての現象が説明できてしまう。物理学では、すべての現象は数少ない基本法則によって説明できる、と考えられており、素粒子物理学などの最先端の物理学でも、そのような考えに基づいて、基本法則を見出す努力が続けられている。この「基本法則によって、すべての現象が説明できる」という考え方を初めて説いたのが、ニュートンである。「近代科学の父」と称される所以だろう。


 私は長年物理学を学んできて、ニュートンのことも『プリンキピア』も当然知ってはいたのだが、『プリンキピア』を読んだことはなかった。『プリンキピア』がすごい本であることは知っていても、読んではいないという人は恐らく大勢いるだろう。金沢工業大学に着任して10年ほどになるが、本学に『プリンキピア』の初版本が所蔵されていることは知ってはいた。


 大澤敏学長より「大学に所蔵している歴史的な書物を教員がきちんと読み、内容を社会に発信したい」と言われた時、私はすかさず「ニュートンの『プリンキピア』を読ませて下さい」と申し出た。学長は電気電子工学科の教員の私には、ファラデーやクーロンの原著本が読みやすいと思ったようだが、もともと物理学を専攻していた私にすれば『プリンキピア』こそが近代科学の原点だという思いがあったからだ。


 工学の曙文庫で初めて『プリンキピア』と対峙した時、確かに数百年の歳月の重みを感じられた。ケースの中に、同じ表題の本が2冊並んでおり、発行年はどちらも1687年。1冊はエドモンド・ハレーが出版したイギリス版、もう1冊は別人が出した欧州大陸版である。ハレー彗星の観測でその名を知られるハレーはニュートンの友人であり、『プリンキピア』は彼の勧めで書かれたという。双方の初版本を保有する大学は、世界でも稀だそうだ。
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工学の曙文庫に所蔵されている『プリンキピア』の原書2冊
 原書はラテン語で書かれているが、ライブラリーセンターのほうで英訳と和訳、さらにラテン語のレプリカ本を用意してくれた。こうして、私はラテン語と照らし合わせながら、英語と日本語で中身を読み進めていった。


 実際に読んでみて驚いたことは、いくらめくっても図形ばかりが出てきて、数式が皆無であったことだ。17世紀には数式を使う代数は邪道であり、図形を使う幾何こそが厳密な正しい数学と考えられていた。現在の教育では、数式で証明することが重要視されており、図形を使った数学はそれほど学ばない。そのため、図形を使った証明と言われても正直ピンとこなかった。しかし、『プリンキピア』においては、数々の数学的証明はすべて幾何学で厳密になされている。
運動の3法則の記述は完全だが
導き出された理由は不明のまま
 『プリンキピア』は主に4つのパートで構成されているが、最も有名な運動の3法則が書かれているのは、冒頭の「定義と公理」の章である。極めてシンプルに、見開き2ページに記述されている。第1章では命題と証明が延々と繰り返され、実験などの話は一切出てこない。続く第2章では、地上で起こる様々な現象を、第1章で証明した法則で説明している。第3章では、天体現象を扱っており、星の動きも地上と同じ法則で説明できることを書いている。


 当初は、どのように運動の3法則が導き出されたのかが、『プリンキピア』に書かれていることを期待していたが、ほとんど書かれていなかった。先述した通り、見開きで公理としてあっさり完結している。ただ、新たな体系を一からすべて公理論的に作りあげているので、シンプルで美しいと私は感じた。


 物理学にも様々な分野があるが、1人の学者の手だけで作り上げられたものは少ない。例えば電磁気学では、アンペールやボルト、ヘルツ、オームら多数の学者が登場し、最終的にマクスウェルが体系的に学問をまとめ上げた。


 しかし、我々が高校の物理で習うのは、ニュートンが作り上げた力学の体系そのものだ。ガリレオやケプラーのような先人の知見を用いてはいるが、このように1つの学問を1人で完結させた例はあまりなく、例外は相対性理論のアインシュタインくらいだろう。量子力学にしても、シュレーディンガーをはじめ、ハイゼンベルクやボルン、ディラックなど多数の学者たちの手を経て完成したものである。
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レプリカ本を手に運動の3法則について話す山口教授
 そう考えると、ニュートンの頭脳の明晰さはずば抜けていたと思う。ケプラーは天体物理学の先駆者だが、彼にしても惑星の運動に関する法則こそ発見したものの証明することはできなかった。ニュートンは、ケプラーが発見した惑星の楕円運動が「太陽からの距離の2乗に反比例する中心力(引力)による」ものであることを数学的に証明している。
ニュートンが行った偉業を
しっかり受け止めて学んでほしい
 ニュートンが行った重要な考察の一つは、月が地球から受けている力が、地上の物体が地球から受けている力と同じ、すなわち重力であることを書いている点だ。これは17世紀当時としては驚くべきことだと思う。当時の人々は天界が神の領域と考えていたので、天体の動きは神のメッセージであると真剣に思っていたのだ。月が地上の物体と同じ物理法則に支配されていることを推定したニュートンの発想は本当に素晴らしいと思う。この発想が最終的に万有引力の法則につながっている。


 ニュートンは、万有引力の法則を導いた後、それに基づいて、木星、土星、地球という3つの惑星の質量を太陽の質量との比という形で見積もっている。さらにこれらの惑星の見かけの大きさと、地球からの距離を用いて星の体積を算出し、星の密度も計算した。『プリンキピア』に記載されているニュートンが計算した値は、現在わかっている正確な値と比較して、驚くほど近いものだ。例えば、太陽を100とした場合の密度比は、現在では木星は94、土星は49、地球は301である。ニュートンは、木星94.5、土星67、地球を400と見積もった。当時の科学力を考えれば、ここまで算出したのは、まさに驚異的なことだと言える。


 『プリンピキア』には、「アメリカで落ちる石もヨーロッパで落ちる石も、同じ原因によって落ちているはずだ」ということも書いてある。ニュートンには、「どこで起きる現象も同じ物理法則に従って起こるべきだ」という根本の哲学があったはずだ。


 自然科学は古代ギリシャ以降、アリストテレス哲学の影響が絶大であったから、その呪縛から脱却することも大変なことだった。当時は「太陽と地球がふれ合ってもいないのに、力が働くことはおかしい」という考え方が支配的だった。「宇宙空間を満たしている何らかの物質が媒介して天体が動く」というような説が、まだまだまかり通っていたのである。ニュートンは、そんな説に対して闘う必要があった。


 『プリンピキア』の後半部分には、意訳すると「実験事実さえ説明できるなら、それでいいはず」というようなことも書いてある。「なぜそれが起こるのか」は考える範疇ではないというスタンスなのだ。つまり、ニュートンは「人間が観測できないことは議論しない」という姿勢を示したとも言える。
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 「宇宙は誰が、なぜ創ったのか?」ということを考えてしまえば、神を出すしかなくなる。それでは学問ではなく、もはや宗教になってしまう。だから、ニュートンは「まず現象を整理し、それを可能な限りシンプルな基本法則だけで説明する」ことを徹底したのだ。


 「物理は美しくあるべきである」。それが、ニュートンの哲学であり、物理学の礎でもある。現代の物理学者も全員そう思っていると言ってもいい。ひも理論や最先端の素粒子物理学にしても、「対称性」が頻繁に出てくる。「物理の基本法則は対称的で美しいもの」だと、皆が考えているはずだ。


 金沢工業大学は、教育を重視している大学だ。私はニュートンの偉業を本学の学生たちに伝えたいと思っている。学生たちはたいてい公式だけを暗記していて、ある問題が出題されたら、“この公式で解けばいい”とパターンで考える人が大半だろう。しかし、公式も何もない時代に、ただ考えるだけ、星を見るだけでもここまで導き出せるのだということを知ってほしいのだ。


 授業でも『プリンキピア』の講義を行っているのだが、ぜひ関心を持ってもらいたいと思う。社会人向けにこのテーマでのセミナーも行っているのだが、学術的なレベルを維持しようとするとどうしても話が難しくなってしまう。大学で行うセミナーだから、レベルは下げたくないのだが、文系の方も受講されるし、「内容が難しい」と言われることも多い。恐らく、大学生でも1年生にとっては少し難しいと感じるかもしれない。それでも、“高校とはステージが違う”ということを理解してもらう上でも、いい題材になるのではないかと思っている。


 ニュートンは、『プリンキピア』において、運動の3法則を公理として与え、地上と天体の様々な運動をその公理から幾何学的アプローチで導いた。神の領域だった天体の動きと、地上の物体の運動をまったく同じ原理から導き、観測された事象を統一的に説明するという、近代科学の方法論を確立した。本学の学生たちにも、そんなニュートンの偉業に触れることで大いに学びの刺激にしてほしい。
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『プリンキピア』の原書と山口教授。
2019年9月13日(金)~29日(金)に開催される[世界を変えた書物]展 福岡展では、
『プリンキピア』を含む工学の曙文庫の書物が展示される予定だ。