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スーパーゼネコン鹿島建設 × オール K I T で
地域・産業界・社会の様々な課題解決に挑む
スーパーゼネコン鹿島建設 × オール K I T で
地域・産業界・社会の様々な課題解決に挑む
2022.11.2

2022年4月1日、金沢工業大学やつかほリサーチキャンパス内に「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」が設立された。この施設はセメント系3Dプリンティング技術に関して、金沢工業大学と鹿島建設株式会社が共同研究を進めるための研究開発拠点であり、国内の大学としては珍しい最先端のロボットアーム式3Dプリンターを備えている。KITでは土木・建築・機械といった専門分野だけでなく、電気・心理・数理基礎といった分野まで裾野を広げた“オールKIT”のプロジェクトと位置づけている。一方の鹿島建設も自社開発した環境配慮型コンクリートを材料に使うほか、設計から製作までをデジタルで完結させることで、技能労働者不足や生産性向上といった課題解消をめざすという。この新しいラボの所長に就任した、環境土木工学科の宮里心一教授に話を聞いた。
PERSON
金沢工業大学
環境土木工学科 教授

宮里 心一 (みやざと しんいち) 博士(工学)・シニア教育士(工学・技術)
東京工業大学工学部土木工学科卒。同大学大学院理工学研究科土木工学専攻修士課程修了。同大学工学部開発システム工学科助手、同大学大学院理工学研究科国際開発工学専攻助手を経て、2001年金沢工業大学講師。助教授を経て、2018年教授。学長補佐、研究副部長、KIT×KAJIMA 3D Printing Lab 所長、地域防災環境科学研究所所長も務める。専門は工学教育、メンテナンス工学、コンクリート工学。
PERSON
宮里 心一
(みやざと しんいち) 博士 (工学)・
シニア教育士 (工学・技術)

金沢工業大学
環境土木工学科 教授

東京工業大学工学部土木工学科卒。同大学大学院理工学研究科土木工学専攻修士課程修了。同大学工学部開発システム工学科助手、同大学大学院理工学研究科国際開発工学専攻助手を経て、2001年金沢工業大学講師。助教授を経て、2018年教授。学長補佐、研究副部長、KIT×KAJIMA 3D Printing Lab 所長、地域防災環境科学研究所所長も務める。専門は工学教育、メンテナンス工学、コンクリート工学。
専門ラボ設置とその名称に見る
KITの共同研究への意気込み
「実は本学の研究施設に学外の組織の名称をつけるのは、このラボが初めてのケースなのです。それだけ大学側も気合いが入っているプロジェクトであり、鹿島建設側にも全社を挙げて取り組んでいただいています」

「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」では、スイスABB社製のロボットアーム式のセメント系3Dプリンターを使い、コンクリートを積層させる技術開発を進めている。ご存知のように、ここ数年の3Dプリンティング技術の進化にはめざましいものがあり、いまや樹脂だけでなく金属を用いた3Dプリンティングによって、宇宙ロケットの部品がつくられるまでになった。KITでも早くから3Dプリンターを導入し、多様な3Dプリンティング技術の開発に取り組んできた経緯がある。

「今回の提携はそんなKITの強みに着目した鹿島建設が、CO₂削減や建設業界が抱える課題解決にもつながる新たなセメント系3Dプリティングの技術を、本気で研究開発していこうという意志の表れだと捉えています」
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「KIT×KAJIMA 3D Printing Lab」内に設置されたロボットアーム式のセメント系3Dプリンター
 セメント系3Dプリンターの基本的な原理と仕組みは、従来の3Dプリンターとほぼ同じだ。ロボットアームの先端からセメント材料を吐出して、それを積層していくことで構造物を製作する。構造物の3Dデータを直接3Dプリンターに読み込ませることで、設計図面の作成から部材製作まで一連の作業をデジタルで完結できるというのが特徴だが、材料がコンクリートということで粘度や乾燥時間など、乗り越えるべき課題は少なくない。

 建設用3Dプリンターを活用した産学連携の技術開発は、国内でもいくつか行われているが、研究の実用化という点で一歩先んじているのがヨーロッパだという。

「2024年のパリ五輪に向けて、3Dプリンター製の歩道橋の開発なども進んでいるようです。日本でも2025年の大阪万博のような国際的なイベントで、こうした構造物が使われる可能性は高いと思います。ただ、現時点でつくられているものはあくまでも試験施工という形なので、本格的な実用化にはまだ時間がかかります。まさにこれからの技術なのです」
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 KITが専門のラボまで設立してセメント系3Dプリンティングの研究に積極的に取り組む背景には、単に共同研究の場をつくるというだけでなく、もっと大きな目的があると宮里教授はいう。

「いまKITは、学部・学科を横断した社会実装型の研究に重きを置く教育に移ろうとしています。これまでの共同研究といえば、特定の分野の研究室と企業が提携して行うものが主でした。しかし、今回のプロジェクトには工学部だけでなく情報フロンティア学部、建築学部、バイオ・化学部というKITの全学部から学生が参加しています。材料は土木の学生、意匠は建築の学生、製造は機械、ロボティクス、電気の学生、表面処理は応用化学の学生、製作したものの設置は心理科学の学生というふうに、工程ごとにそれぞれの専門分野の知見を結集して、一つの構造物を完成させていくのがねらいです。

 もちろん理論的なことだけを学ぶ学問もあると思いますが、みずから考え行動する技術者を育成するという観点で考えると、たとえば地球温暖化や産業廃棄物といった多様なテーマについて、自分の専門分野を超えて他の分野の研究者と話ができなければなりません。これは何も学生に限った話ではなく、われわれ教員についてもいえることです。このプロジェクトには学科を超えて23名ほどの教員が参加していますが、定期的に集まってアイディアを出し合う場をつくっています。KITにはもともと教員同士が垣根を越えて付き合える環境があったので、こうした体制も容易に構築できたのかもしれません」
技術者不足、カーボンニュートラルなど
難題解決への一歩にしたい鹿島建設
 一方、日本を代表するスーパーゼネコンである鹿島建設にとって、今回の共同研究の目的、そして意義とはどのようなものなのだろう。KITに赴任した当初から、鹿島建設と一緒に社会インフラの老朽化対策などを共同研究してきた宮里教授は次のように話す。

「建設業界にとって技能労働者不足はとても深刻な問題ですが、相変わらず現場での施工は人力に頼らざるを得ないというのが実情です。しかし、今後はますます人手が減ることがわかっていますから、各社がデジタル化・機械化の技術を開発することで、省力化、省人化を進めているわけです。このセメント系3Dプリンティングの技術が実用化されれば、まず型枠の組み立てやコンクリートの流し込みがいらなくなるので、その部分だけでもかなり省人化が進むはずです。
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 そしてもう一つの大きな目的が、鹿島 建 設 が自社で 開 発した環 境 配 慮 型コンクリート『CO₂-SUICOM®(シーオーツースイコム)』を3Dプリンティングの材料に使うことで、二酸化炭素の排出量を削減するというものです。地球温暖化を防止するためのカーボンニュートラルの取り組みは、建設分野でも急務となっていますが、この材料を使用することでCO₂の削減や固定化が可能になりますから、鹿島建設も大きなチャンスと捉えているのではないでしょうか」

「CO₂-SUICOM」は、コンクリートの製造過程において大量のCO₂を強制的に吸収・固定化させ、CO₂排出量をゼロ以下(カーボンネガティブ)にする世界初の技術。1m×1m×1mのCO₂-SUICOM製品を造形した場合、高さ20mのスギの木が1年で吸収する量よりも多い-18㎏/m³の脱炭素に貢献するという。これまでコンクリートブロックやコンクリート埋設型枠などの土木分野をはじめ、建物のバルコニーの天井パネルなど建築分野にも使われているそうだが、さらなる普及をめざして適用範囲の拡大を模索しているわけだ。

「この素材はCO₂を吸収する炭酸化反応によって硬化するので、その表面積を大きくすれば吸収するCO₂の量も増えます。現在、学生たちが積層に取り組んでいるベンチを見ていただければわかるように、3Dプリンティングではコンクリートを何層にも重ねることができるので、直方体の型枠を使うのに比べて、はるかに大量のCO₂を吸収できます。しかも曲線を多用した優美なデザインにするなど自由度も高いので、たとえば観光都市に設置するベンチなどの構造物にも向いています」
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学生たちが積層に取り組んで試作したベンチ。写真上側が座面になる
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試作したベンチをラボの外の敷地内に置いて、天候の変化などの耐久試験を実施
 実は今回の共同研究は、金沢市、野々市市、富山市といった自治体を巻き込んだ形で取り組みが進められていて、各市に設置する構造物については、どういった意匠のものが市民や観光客に受け入れられるかといった観光PRの視点でも考えることになっているという。具体的なイメージと目的意識をもって研究に取り組むことで、その技術を社会実装する精度やスピードが上がることも期待されている。
学生たちの積極性と対応力の高さが
プロジェクト推進に大きく貢献
「ラボでの実験は2022年3月にスタートし、5月からはほぼ週1回のペースで行われています。毎回、鹿島建設の技術者の方も2~3人立ち会ってくださいますが、主体はあくまでも学生です。当初はコンクリートを吐出させる硬さがわからなくて、うまく出るのはせいぜい5回に1回。たとえ吐出できても、軟らかすぎてすぐに崩れてしまうという状態でした。でも、いまではスムーズに何層にも積層できるまでになり、学生たちの対応力の高さには感心させられます。

 こうした学科横断の共同作業をうまくまとめているのが、それぞれの学科のリーダーの存在です。学生たち自身がこの3Dプリンティング技術に可能性を感じているからだと思いますが、みんなで話し合って答えを導き出しながら、私たちの想像以上の速さでスキルを高めています」
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学生たちのコンクリート製造実験の様子
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学生たちによる積層実験の成果物。日に日に積層できるようになっているのがわかる
 2022年度から、KITと鹿島建設は「KITコーオプ教育プログラム」という取り組みも開始している。これは建設業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)と、脱炭素に向けた最新の取り組みについて学ぶ産学共同プログラムだ。

「最初に企業の第一線で活躍する技術者が “実務家教員” として寄附講座を開講します。今回は14名の学生が全7回の寄附講座を受講していますが、そこから選抜された2名の学生が講座修了後に4カ月間ほど実際に鹿島建設に出向いて、実務に携わっています。

 講座にはセメント系3Dプリンティングのプロジェクトに参加している学生も何人か受講していますが、研究、寄附講座、企業での実務といった異なるステージで一つのテーマを深く学び、それが就職へとつながっていけば、本人もその会社のことをよく理解したうえで働くことができます。会社としても能力のあるDX人材を雇用することにつながるわけですが、これがまさしくコーオプ教育のねらいでもあるのです」
今後も大きな問題が起こりうる
社会に役立つ技術開発をめざして
 セメント系3Dプリンティングの技術開発はまだ緒に就いたばかりだが、これからのロードマップについて宮里教授は次のように話してくれた。
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「2023年の年末までにベンチを設置し、補強筋を入れた短めの橋も架けたいと考えています。補強筋は従来使われていた鉄筋ではなく、腐蝕しにくいステンレスやFRP(繊維強化プラスチック)に着目しています。『CO₂-SUICOM』のような材料もそうですが、初期コストは多少高くてもライフサイクルコストの点ではアドバンテージのある材料を使うことが、長寿命で、環境に優しく、地域の役に立つ――という視点を持つことが重要だと私は考えています。

 セメント系3Dプリンティングには解決すべき技術的課題がたくさんありますが、そこを乗り越えて社会実装された暁には、これからさらに大きな社会問題になっていくと思われるコンクリートの老朽化問題などを解決する、有効な手段になるでしょう。また、防災の観点からは、機械ごと災害現場に移動してコンクリートの補修作業を行えるようになれば、たとえば福島第一原発のような場所でも、人間がリスクを冒すことなく作業が進められるようになります。

 いまはまだ夢物語のように聞こえるかもしれませんが、そんなふうに社会に役立つ技術になることをめざして、土木建築の枠を超えた多様な視点からの知見を集めて研究を続けていきます」
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