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「誰しもが感情のクリエイター」と考える
新たな情動理論とは?
「誰しもが感情のクリエイター」と考える
新たな情動理論とは?
2023.4.13

『情動はこうしてつくられる』
リサ・フェルドマン・バレット/著
高橋洋/訳

紀伊國屋書店 定価3,520円(税込)
推薦
SL
加藤 樹里 (かとう じゅり)
金沢工業大学
心理科学科 講師
 この記事を読み始めているあなたは、今、どのような感情を抱いているだろうか。なんとなくポジティブ、あるいは穏やかな気分あたりだろうか。気分に比べて明確に盛り上がり、下がりがある感情を「情動」と呼ぶが、きっとこの記事を読もうとしている状況なら、怒り、悲しみといった明確な情動を抱いている可能性は低いだろう。

 では、これらの感情とは一体何なのか? なぜ人間は感情を感じるのだろうか?

 本書の著者であるリサ・フェルドマン・バレットは、新進気鋭の感情心理学者である。本書は、彼女が提唱する「構成主義的情動理論」を詳細に論じる心理学の専門書と位置づけられるだろう。

 感情とは何か? と問われたとき、よく思い出されるのがいわゆる「喜怒哀楽」である。本書で「古典的情動理論」と呼ばれる理論では、喜び、怒りといった個々の感情はそれぞれが独立しており、それぞれに特定の表情や身体反応、脳活動が対応していると想定する。たとえば悲しみは、口をへの字に曲げる表情で、涙を伴うことが多く…といった具合である。感情は基本的に年齢性別、性格、文化などによらず人類共通であるという想定をもとに、感情パターンを識別しようと多くの研究が積み重ねられてきた。

 バレットは本書にて、この古典的情動理論を痛烈に批判している。この理論に基づけば、たとえばある表情筋の動きが、ある感情に一対一対応しているはずだ。“悲しみ=への字”のように。しかし実際の多くの研究では、表情筋の動きからはその人が怒っているのか、悲しいのか、恐れているのかを確実には弁別できないという証拠が積み重ねられている(第1章)。その他、古典的情動理論を検証してきた多くの研究ではむしろ、それほど明確に個々の感情は弁別できないという証拠を提示してきている。

 そこでバレットの「構成主義的情動理論」では、私たちの誰しもが感情のクリエイターであると考える。私たちは感情をつくり出す主体であり、「恐れをもたらす典型的な刺激」に「恐れ」を感じるという、パターンに基づいたリアクションをするだけの受動的な存在ではない。たとえば、クッキーと言ってもその大きさ、甘さや材料、焼かれた温度など多様性があるが、お菓子の種類としてひとつのカテゴリーに入れられるように(第2章)、感情も私たち一人ひとりによって異なる(古典的情動理論は、クッキーがすべて同一の大きさ、甘さ…と想定しているともいえる)。つまり、あなたの悲しみはあなただけの悲しみなのである。それを他者が推測することは可能だが、その推測があなたの悲しみと完全に一致することはおそらくなく、その必要もない。

 本書の前半は、彼女の理論の詳細と古典的情動理論の批判について、視点を変えて繰り返し論じられている。しかし、第9章からは大きく趣が変わる。この理論を現実に活かそうという方向に舵が取られ、我々の人生をより良くするためのスキルの話になっていく。そこで特に強調されているのは「感情粒度」を育むことである。感情粒度とは、たとえばポジティブな気分を「いい感じ」の一語で常に表現するのか、「幸福」「満足」「希望」「感謝」…のように細かい差異を踏まえた多様な表現を用いるのかという違いである。あなたの感情を構築するには、感情を表現する言語的な豊かさが必要と言える。そしてバレット曰く、感情粒度スキルは外国語学習で最も学ぶことができるという。外国語学習というと、他者など、自分の外側とのコミュニケーションを目的に置くことが基本だろう。しかしその学びが、実は自分の内側でのコミュニケーションにも生かされるともいえる。これ以外にも、彼女の理論が疾病(第10章)、法(第11章)など様々な側面において有用な説明をもたらすことが論じられている。

 最後に、私が個人的に最も胸を打たれたのは、バレットが自身の理論を講演するたびに、「こぶしを振り上げ」られたり、「情動の科学を台無しにした」と言われたりと、多くの非難を受けていること(第1章)である。それでも彼女は、数多の非難を「私のプレゼンテーションよりはるかに手際よく、怒りの表現の多様さを実証してくれる」と一蹴する。彼女の理論は今や心理学にとって欠かせない理論となっていると、私は感じている。そういった理論を打ち立てるためには、強い反発への覚悟が必要なのかもしれない。本書は、随所に見える彼女の科学者としての一貫したプライドに心を打たれる本でもあると思う。
PERSON
推薦
SL
金沢工業大学
心理科学科 講師

加藤 樹里 (かとう じゅり) 博士(社会学)
東京学芸大学教育学部人間福祉課程カウンセリング専攻卒。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修士課程・博士課程修了。東京学芸大学非常勤講師を経て、2018年金沢工業大学助教就任。2020年講師。専門は社会的認知、感情、感動。

加藤講師オススメ その他の推薦図書
〇『仲直りの理(ことわり)』大坪庸介/著 ちとせプレス
〇『働くあなたの快眠地図』角谷リョウ/著 フォレスト出版
〇『「かなしみ」の哲学』竹内整一/著 NHK出版
〇『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト/著
 藤澤隆史・藤澤玲子/訳 新曜社
PERSON
推薦
SL
加藤 樹里
(かとう じゅり)
金沢工業大学
心理科学科 講師

東京学芸大学教育学部人間福祉課程カウンセリング専攻卒。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修士課程・博士課程修了。東京学芸大学非常勤講師を経て、2018年金沢工業大学助教就任。2020年講師。専門は社会的認知、感情、感動。
加藤講師オススメ その他の推薦図書
『仲直りの理(ことわり)』
大坪庸介/著 ちとせプレス
『働くあなたの快眠地図』
角谷リョウ/著 フォレスト出版
『「かなしみ」の哲学』
竹内整一/著 NHK 出版
『しあわせ仮説』
ジョナサン・ハイト/著
藤澤隆史・藤澤玲子/訳 新曜社
「KIT Book Review」では、金沢工業大学ライブラリーセンターのサブジェクト・ライブラリアン(SL)が本を推薦します。SLは、ライブラリーセンターにおいて膨大な専門情報の内容や質を選択判断し、その収集や利用を立案実行する中枢機能です。本学の教授陣によって構成されており、自己の専門分野はもちろん、関連分野まで質の高い最新情報を把握しています。

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