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【第6回】[世界を変えた書物]展
学生たちとともにつくり出した
“知の連鎖”を知ってもらう展覧会
【第6回】[世界を変えた書物]展
学生たちとともにつくり出した
“知の連鎖”を知ってもらう展覧会
2023.4.13

2012年4月に金沢21世紀美術館で開催された『[世界を変えた書物]展』が10年の歳月を経て、2022年10月に再び同美術館で開催された。この展覧会は、金沢工業大学ライブラリーセンター内にある「工学の曙文庫」に所蔵された科学技術に関する稀覯書のコレクションを、広く一般の人にも知ってもらうことを目的としたもので、名古屋、大阪、東京、福岡と全国4都市でも開催された。展覧会は入場無料で、すべての会場構成と展示デザインを金沢工業大学建築学科の宮下研究室の学生が担当するという、非常に画期的な試みでもあった。第1回開催から10年を経てひとつの区切りを迎えたこの展覧会について、宮下智裕教授に振り返っていただいた。
PERSON
金沢工業大学建築学科
教授

宮下 智裕 (みやした ともひろ) 博士(工学)
芝浦工業大学建築工学科卒。同大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了。南カリフォルニア建築大学大学院修士課程修了。芝浦工業大学大学院工学研究科地域環境システム専攻博士課程修了。1999年金沢工業大学助手就任。講師、准教授を経て、2022年教授。専門は地方創生、意匠設計、建築構法、リノベーション。「[世界を変えた書物]展」では全会場の会場構成や展示デザインを研究室の学生とともに担当。
PERSON
宮下 智裕
(みやした ともひろ) 博士(工学)
金沢工業大学建築学科
教授

芝浦工業大学建築工学科卒。同大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了。南カリフォルニア建築大学大学院修士課程修了。芝浦工業大学大学院工学研究科地域環境システム専攻博士課程修了。1999年金沢工業大学助手就任。講師、准教授を経て、2022年教授。専門は地方創生、意匠設計、建築構法、リノベーション。「[世界を変えた書物]展」では全会場の会場構成や展示デザインを研究室の学生とともに担当。
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本のバッググラウンドを知り
空間デザインの演出法を探る
 まだ私が准教授だった2006年に、「本学で写真家の安齊重男さんの写真展を学生の発想で開催したい」という相談が大学側からありました。聞けば安齊さんから「ただ写真を並べるだけではつまらないから、建築学科の学生が何かやってくれるなら」という申し出があったそうです。研究室の学生たちは、自由かつ斬新な発想で安齊さんの写真を分割したり反転させたりと、“普通ではあり得ない展示方法”を考え出しました。すると、安齊さんはそれをとてもおもしろがってくれて、その2カ月後に東京・六本木の国立新美術館で開催予定だったご自身の写真展のキュレーター3人に「金沢工業大学のこの写真展を見ておくように」と指示を出すほど気に入ってくださったのです。

 この出来事がきっかけで、大学の貴重な財産でもある「工学の曙文庫」所蔵の書物を、学生の発想を活かして“空間デザイン”として見せるプロジェクトが動き出すことになり、この会場構成と展示デザインも私の研究室で担当することになりました。そこで、まずは「本を見せるというのはどういうことなのか?」ということから考えることにしました。というのも展覧会では本が主役ですが、本は「読むもの」であって「見せるもの」ではありません。しかも、貴重な本ですからケース内に置かれた状態では、開かれたページと下に置いた鏡に写った表紙しか見せることができません。最初の展覧会は話題性のあるアートや芸術の展示を行っている金沢21世紀美術館で開催することが決まっていたので、こういう場所でストレートな工学の書物をどう見せればいいのか悩みました。
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金沢21世紀美術館の市民ギャラリーで開催された2012年の金沢展
 そこで考えたのが、その本の「バックグラウンドを知る」ということでした。たとえば、レントゲンは最初から医療用にX線を研究したのではなく、たまたま他の実験で透過した骨が写真に写ったことでX線を発見した――といったように、工学的に偉大な発見がなされた背景にはストーリーがあります。こうした物語を本によって伝えることで“知の集積”が進み、それがまた別の発見へとつながっていくという“知の連鎖”がそこにあるわけです。こうして、“新たな知”が生まれるために書物があることをたどっていくような見せ方ができないか――ということで考えたのが「人類の知性を巡る旅」というキーワードでした。
本との“偶然の出会い”を求めて
学生が生み出した「知のモニュメント」
「旅」というコンセプトを立てたのはいいのですが、バスの中から観光スポットだけを見るような旅では点と点はつながらず、単に点が集積するだけです。やはり自分でそこを歩くことで点と点がつながり、その土地の魅力が“線”として連鎖していくわけです。展示の見せ方もこれとまったく同じで、従来のいわゆる“一筆書き”のような順路は果たして必要なのかという疑問が、学生から出されました。特にテーマをカテゴリーで並べると、どうしても古いものから新しいものへという“時間の流れ”が発生します。しかし、現実には違う分野のテーマが同時進行的に生まれているわけで、横軸でものを見ることも大切なのではないかと視点が生まれてきたのです。

 展覧会をサポートしていただいているプロのスタッフにそれを伝えても、「そんな展覧会はない」と言われてしまいます。しかし、それでも順路なしでやりたいという想いが強い学生たちは、ある方法を思いつきます。発明にも「偶然の出会い」があるのと同じように、展覧会を訪れた人が偶然1冊の本と出会い、その本に興味を持ったことでその隣にあった本にも興味が湧き、それがさらに隣の本へとつながっていくことでひとつの旅になる、そんなイメージで書物を配置していくという見せ方です。しかしプロからは「それではお客様が混乱するから、せめてどこに何があるのかを紙に書いて一覧にして渡すべき」と提案されるわけです。展覧会では見逃しがないように順路を設定するわけですから、一覧くらいは必要だと考えるのは当然かもしれません。そこで、学生たちが考え出したのが、順路の代わりにマップの役目を果たす「知のモニュメント」でした。
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2012年の金沢展で展示された「知のモニュメント」
 言葉にすると簡単に聞こえるかもしれませんが、「知のモニュメント」を考え出すためにはそれぞれの書物と知識の関係性を知る必要がありました。そこで、当時ライブラリーセンター館長だった竺覚暁(ちく かくぎょう)先生(故人)に数カ月かけて話をお聞きし、1冊1冊の書物の内容や科学史上の意義、他の書物との関係、そして学生がそれらを身近に感じられるエピソードなどをいろいろと教えていただきました。学生たちはそんな膨大な数の書物の結びつきを線でつなぎ、図式化していったのです。まさに気が遠くなるような作業だったと思います。ただ、私たちは建築学科なので、この図が単純なツリー構造ではないだろうというのはなんとなく想像していて、リゾームのようなもっと複雑な3次元の構造でなければ表現できないと考えていました。竺先生からは「3次元を使って図式化したものは見たことがない」と言われましたが、建築を学ぶ学生だからこそ立体的に見せるという発想が出てきたのだと思います。実は最初の展覧会は企画から開催まで1年半ほどかかったのですが、「知のモニュメント」をつくる作業に最も時間がかかっています。
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故・竺覚暁教授(2015年の大阪展での橋本麻里氏とのトークショーにて)
 結局、順路のない展示に「知のモニュメント」という“中心”が生まれたことで、科学的工学的知識と人間的な物語性とを媒介する本、そしてそれらが集合した「知の森」を自由に漂いながら、観客が散策するというメインのストーリーが整理されていきました。訪れた人は自分で考えて進んでいくこともでき、また感じるままに進むこともできるわけです。そして、この「知の森」を巡るのがひとつの物語だとすると、そこにはプロローグとエピローグが必要なのではないかということで、プロローグとしての「知の壁」と、インスタレーション的な「知の形」というエピローグで締めくくるという展示構成が固まりました。
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2013年の名古屋展での「知の森」。“中心”となる「知のモニュメント」を中央に展示
 プロローグの「知の壁」は、「本とは何か?」という根源に触れられる空間です。時代とともにどんどん薄っぺらになっていく書物に対して、昔の書物はもっと重厚で価値のあるものだったということをもう一度感じてもらうために、書物の重さやにおい、尊厳のようなものを、少し波打った本棚の中の書物が迫ってくるイメージで空間デザインしました。対するエピローグは毎回の開催場所に合わせて、少しずつ構成を変えることにしました。初回は葉っぱの形をした紙に文章が書かれていて、それが地面に落ちて養分として吸収され、再び新しい知識として再生するという“知の循環”をインスタレーションとして表現しました。
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2019年の福岡展でのプロローグの「知の壁」。書物が展示されている本棚が少し波打っているのが特徴
 こうした3つの要素による基本構成は、全6回の展覧会でほぼ変えていません。ただ、開催場所ごとに土地柄や会場を考えて変えた部分もあります。たとえば2015年の大阪展では、メッセージ性やわかりやすさが必要だろうと考え、あえて一筆書きの展示順路にし、13の分野のつながりもわかるように本を並べました。また、会場の関係でフロアが2つに分かれた2018年の東京展では、中央に「知のモニュメント」を置くことができなかったため、1階をアリストテレスからニュートンまで、2階をニュートン後からアインシュタインまでと分けました。学生たちにとっても展示方法を考えるハードルは高かったと思いますが、過去4回の開催で蓄積した経験値によって対応力もかなり高くなっていたので、この難題を乗り越えられたと思います。
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2018年の東京展の「知の森」は、会場の上野の森美術館のフロア構造の関係で2フロアに分かれて構成され、「知のモニュメント」は「知の繋がり」というコーナーに展示
 さらに、最後の展覧会となった2022年の金沢展では、「知のモニュメント」をつくり変えることになりました。アリストテレスの古代哲学から始まった知の連鎖は、すべての線が最後のアインシュタインの相対性理論が一番上にくる形できれいにつながっていたのですが、そこに新たに「量子」という相対性理論に収束しない“新しい流れ”を加えることにしたのです。この作業をやりながら学生たちと話をしていたときに、もしかすると20年後か30年後に同じ展覧会をやってモニュメントをつくると、アインシュタインはもう中心にはいなくて、完全に別の新しい流れができているかもしれない――という話になったのですが、こういうことを考えるのもなかなかおもしろかったですね。
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2022年の金沢展には、“新しい流れ”が加えられた「知のモニュメント」が登場
学生たちが背伸びしつつ取り組み
つかんだ大きな手ごたえと経験
 書物展にはゼミ生15、16名、院生10名、大学3年生も少しいるので総勢30名ほどの研究室の学生が全員かかわっていますが、この取り組みを通して感じるのは、みんなちょっとしたエキスパートと呼べるくらいまで成長しているということです。特に今回の金沢展では『手稿の中の宇宙 レオナルド・ダ・ヴィンチを旅する』という特別展示も同時開催したので、学生たちは延べ5カ月間、本当によく勉強したと思います。この特別展示は、科学技術が細かく専門化されている今、様々な分野において垣根なく横断的に研究を行ったダ・ヴィンチにフォーカスすることで、知を融合させることの意義を問い直そうというもので、「みずから考え行動する技術者」という金沢工業大学の考え方にも通じるものだと思います。

 正直なところ、ダ・ヴィンチの特別展示でやろうとした内容は難しすぎて、来場者に伝わらないかもしれないという不安もあったのですが、終わってみると想像以上にたくさんの反響がありました。学生たちにとっても大きな手ごたえになったと思います。研究室での学びでも、ひとつのことについて深く考え、悩みに悩み、そしてそれを形にするという経験は、そうそうできるものではありません。今後、自分の専門テーマを学んでいくうえでのヒントになる気づきや、建築やデザインのコンセプトをつくっていくトレーニングとしても、とてもいい経験になったと思います。
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2022年の金沢展の特別展示『手稿の中の宇宙 レオナルド・ダ・ヴィンチを旅する』でも、宮下研究室の学生たちのアイデアが各展示に散りばめられた
 私自身は、学生たちに対して「必要以上にやさしくしない」というスタンスで接してきました。たとえば哲学など難しい話は難しい話としてするように心がけています。それを楽しいと思えるかどうかは学生次第。最初から大人として考えさせるので、学生たちは思いきり背伸びしなければなりません。当然勉強もしてもらわなければなりませんが、毎回、最後には期待よりもおもしろいものをつくってくれるので、私が収めなくてよかったといつも思います。若い人のおもしろい発想を大人が先に “落としどころ” を考えて形にしていくことほど、つまらない結果になるものはないというのが、私の考えです。その代わり、もし私が納得できないところがあれば学生と同じスタンスで、「ここおかしいのでは」とはっきり言います。あまり「教えている」という感じがないからこそ、私自身もおもしろがって取り組めたのかなという気がします。
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 これまで全6回の展覧会にあれだけ多くの方が来てくださったことを考えると、「工学の曙文庫」に所蔵されているような書物を、後世に渡していくことの重要性をわかっている人は意外に多いと感じます。活版印刷の技術がなかった時代に、その書物の価値を理解していた先人たちが絵図も含めて一字一句を書き写して書物として残してくれたからこそ、現代の我々がそれに触れ、目にすることができるわけです。こうした書物は未来永劫、人類が学び考えるための原点を象徴するものであり、それだけの価値があると私は思います。大学は知が集まる場所であり、その知の集積が横に広がっていくことで新しいものが生まれていくわけです。書物による “知の連鎖” を広く知ってもらうための展覧会という試みに、建築を通して少なからず貢献できたとすれば、これほどうれしいことはありません。
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「工学の曙文庫」にて

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