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若い頃の経験を礎に“対話重視”で
公共交通の今後をデザインする
若い頃の経験を礎に“対話重視”で
公共交通の今後をデザインする
2023.4.13

『WEST EXPRESS 銀河』『えちごトキめきリゾート雪月花』などの鉄道車両、駅舎、バスといった公共の乗り物や空間から、船舶、福祉施設、そして個人邸宅まで、幅広いジャンルの設計・デザインを手がける川西康之氏は、国内外から注目を集める気鋭の建築家・デザイナーだ。JR九州の車両デザインで知られる水戸岡鋭治氏の影響で10代の頃からデザインに興味を持つようになり、千葉大学大学院修了後はデンマークに渡る。その後、オランダ、フランス、国内の建築事務所で実務経験を積み、現在は「課題整理+建築設計+事業運営+情報発信」をトータルにデザインする株式会社イチバンセン一級建築士事務所の代表として、「利用者の立場を代弁する」というスタンスのもと、徹底的な対話を通じて地元のニーズを見つけ出すというスタイルで、多くの案件に取り組んでいる。そんな川西氏にこれまでの取り組みと、公共交通のこれからのあり方について伺った。
PERSON
川西 康之 (かわにし やすゆき)
株式会社イチバンセン
一級建築士事務所 代表取締役

1976年奈良県生まれ。千葉大学工学部建築学科卒。同大学大学院自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程修了後、デンマーク王立芸術アカデミー建築学科に招待学生として進学。その後、オランダDRFTWD office Amsterdam、フランス国有鉄道交通拠点整備研究所(SNCF-AREP)、株式会社栗生総合計画事務所で勤務、グッドデザイン賞審査員兼フォーカスイシューディレクターを経て、2014年株式会社イチバンセン 一級建築士事務所を設立。現在、千葉大学工学部建築学科非常勤講師、グッドデザイン賞審査員、奈良県川西町タウンプロモーションデザイナーも務める。
PERSON
川西 康之 (かわにし やすゆき)
株式会社イチバンセン
一級建築士事務所 代表取締役

1976年奈良県生まれ。千葉大学工学部建築学科卒。同大学大学院自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程修了後、デンマーク王立芸術アカデミー建築学科に招待学生として進学。その後、オランダDRFTWD office Amsterdam、フランス国有鉄道交通拠点整備研究所(SNCF-AREP)、株式会社栗生総合計画事務所で勤務、グッドデザイン賞審査員兼フォーカスイシューディレクターを経て、2014年株式会社イチバンセン 一級建築士事務所を設立。現在、千葉大学工学部建築学科非常勤講師、グッドデザイン賞審査員、奈良県川西町タウンプロモーションデザイナーも務める。
デンマークと高知で体感した
民主主義に対する素養
 私が大学院を卒業した2001年は就職の“超氷河期”で、就職は“できないのが当たり前”の時代でした。研究室の同期も誰ひとり就職先が決まっていない状態でしたが、逆に言えば自由に進路を決めることができたので、私はデンマーク王立芸術アカデミーの建築学科に進むことにしました。実は私がお手本としている建築家の安藤忠雄さんが「建築家は旅が仕事や」という言葉を残しているのですが、それを知ったとき「そんな素晴らしい仕事があるのか!」と思ったのです。もともと旅が好きで、大学2年生のときに司馬遼太郎の『街道をゆく』を片手に47都道府県をすべて回り、その後、貧乏旅行で訪れたスカンジナビアで「いつか住みながら旅をしてみたい」という思いを強くしていたこともあり、デンマークで過ごした時間はかけがえのない経験になりました。
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 実際にコペンハーゲンで暮らして強く感じたのは、さすが世界で初めての民主国家といわれるだけあって、民主主義に対する歴史や素養が日本とはまったく違うということでした。国会議員は全員ボランティアでサラリーもないため、権力の集まりようがありません。国家と国民の距離がものすごく近くて、言いたいことを自由に言える環境が整っているのです。人口は約500万人、国土は日本の四国ほど、経済規模は北海道と同じくらいだというのに、デンマークにはルイスポールセン、アルネヤコブセン、バング&オルフセン、ロイヤルコペンハーゲンといった世界的に一流といわれるMadein Denmarkのブランドがたくさんあり、サッカーも強い。小国ながら情報発信力もすごいのです。

 実はデンマークに渡る数カ月前に、私は高知県黒潮町にある「砂浜美術館」でボランティアをしました。ここはクジラが館長、風がつくる波紋がアートという屋外ミュージアムで、私は砂浜にひたすらTシャツを並べるというインスタレーションを手伝いました。当時は“箱モノ批判”が吹き荒れていて、「建築なんていらない」という時代の空気があったため、「ここには建物はありませんが、自然の風景そのものが美術館です」というとても美しいコンセプトを掲げていたのです。高知県の人はよそ者も積極的に受け入れてくれて、自分たちの街づくりは自分たちで考えるという基礎的な素養をしっかり持っているということを実感しました。こうした経験から、高知とデンマークに共通しているのが民主主義であり、どちらも「そこに暮らす人々がすべての中心」という当たり前のことがちゃんと成り立っていました。上からの発言のように聞こえるかもしれませんが、この2つの土地で地元の人たちの中に入って生活してみて、これが人としての素養であり、教養というものなのかと思いを新たにしました。

 デンマークには1年少々いましたが、不景気で仕事がなかったため、知り合いの紹介でオランダのアムステルダムにある建築設計事務所で3年間ほど働きました。「世界は神が創ったが、オランダだけはオランダ人がつくった」という自虐的なことわざがあるように、ドイツ、フランスという大国に挟まれたオランダの国土の7割は、自分たちが埋め立てによってつくり出した人工の土地です。そんな国だけに「狭い都市空間でいかに快適に暮らすか」という知恵とルールを考え抜くことの大切さを、知ることができました。
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 その後、2005年には文化庁新進芸術家派遣制度でフランス国鉄交通拠点整備研究所(SNFC-AREP)に勤務し、都市計画を担当しました。当時のフランスではシラク大統領が「地方の再生」を掲げて、統合したばかりのEU内のドイツとパリを高速鉄道TGVで結ぶという国家プロジェクトが進められていました。その用地買収のために私もシャンパーニュ地方のブドウ農家を訪ねましたが、所得水準の高いブドウ農家に「パリまでの所要時間が半分に短縮される」と伝えても、彼らはその必要性をまったく感じていないのです。フランスでは民主主義の手続きには「反対があって当たり前」とみんなが考えているので、それによってプロジェクトが止まってしまうのもごく普通のことでした。もしこうした手続きをないがしろにしたまま計画を進めてしまうと、それは“自分ごと”ではなくただの“他人ごと”になってしまいます。こうなると地方の再生はとても望めません。こちらも根拠のあるビジョンを示して説得しなければならないため、プレゼン能力もかなり鍛えられたと思います。結局、このパリとミュンヘンを結ぶTGVヨーロッパ東線は2007年に開通したそうです。
日本の鉄道の仕事でも
大事にしたい“お客様”と“地域の人”
 日本で鉄道関連の仕事に関わるきっかけとなったのが、2004年に開業した「肥薩おれんじ鉄道」のロゴマークを個人的にデザインしたことでした。この鉄道は鹿児島と福岡を結ぶJR鹿児島本線の川内駅~八代駅間を、九州新幹線の鹿児島中央駅~新八代駅間の開業とともに引き継いだ路線で、ここを走っていた「特急つばめ」の車両デザインを担当したのが尊敬する水戸岡さんだったのです。「これは自分がやるしかない」という思いでロゴマークの公募にオランダから応募し、総数700件以上の中から採用されました。募集はロゴマークだけだったのですが、大学時代に指導を受けた栗生明先生(現:千葉大学名誉教授、建築家)に「他人の家に土足で上がり込んででもどんどん提案しなければダメ」と教えられていたので、私は勝手にグッズやポスター、マスコットのグラフィックなどもトータルで考えて提案したところ、すべて採用になりました。このときの経験で強く感じたのが、いわゆる“第三セクター”は人材が不足しているということでした。会社組織自体が寄せ集め集団なので、クリエイティブまで考える余裕がないのです。物事を横断的に見て企画を考え、それを提案して具体化するという役割の人間が必要だということを痛感しましたが、当時は何をどう始めればいいのかわかりませんでした。そこで水戸岡さんに手紙を書いたところ、「一度会いましょう」と返事をいただき、話をさせていただく機会を得ました。水戸岡さんが少しずつ切り拓いてきたものとはどういうもので、この業界をこれからどう生き抜いていけばいいのかという話を聞くことができたおかげで、現在こうしていろいろなことに対応できるようになったのだと感謝しています。
川西氏がデザインした「肥薩おれんじ鉄道」のロゴマーク(1枚目)、駅看板(2枚目)、駅名標(3枚目)。他にもきっぷや定期券、ポスター、焼酎のボトルなど、あらゆるグラフィックデザインを手がけた
(image by ICHIBANSEN/nextstations)
 そもそも鉄道の仕事は機械、電気、通信、建築、土木と工学部のすべての領域に渡ります。ただ、それをすべて横断的に知っている人はほぼ皆無です。各領域にたくさんある重要な専門技術を“聖域”のように守ることも大切だとは思います。しかし、こうした専門家たちからはお客様の「お」の字もめったに出てきません。つまり、「お客様の立場ならこうですよね」という視点がないのです。お客様が電車を待つ時間をどう快適にするか、移動空間をどう豊かにするかということを“お客様の立場”で語れる部署がないのです。各部署の意思疎通がとても難しい組織が鉄道会社だとするならば、そこを担うことこそが私たちの立ち位置なのだと直感しました。建築やデザインをやる人間は「こうしたらどう?」と思ったことをすぐ絵にできますから、鉄道の専門家集団の中にあってデザイン屋は「お客様の立場を代弁する」ことができるのです。

 現在、2024年春以降の運行を目指すJR西日本の「特急やくも」の新型車両のデザインに取り組んでいますが、「飛行機ほど速くはなく、高速バスほど安くもない」という中間的な特急電車の立ち位置とは何かということを考えて、鉄道会社には「新たな“価値”をつくっていきましょう」と提案をしています。具体的には、子育て世代であるファミリー層に特化したスペースをしつらえることや、沿線の街全体を巻き込むことも考えています。はっきり言いますが、公共交通は、もはや鉄道会社だけではどうにもならないところまできています。JR東日本が自前の土地に自前の電車を走らせて、駅ビルで収益を上げるというビジネスを成立させられるのは、首都圏を中心に展開をしているからです。ローカルでは成立しません。自前でできないのなら鉄道会社とそれぞれの地域が連携して、地域の人たちに支えてもらわなければなりません。
JR山陰本線「特急やくも」の新型車両のイメージ。列車の役割や基本的なコンセプトから、外観やロゴタイプ(1枚目)、車内(グリーン席…2枚目、普通席…3枚目、グループ席…4枚目)のデザインまで、川西氏を中心に、イチバンセンと車両メーカーの近畿車輛が手がける。5枚目は島根県の宍道湖付近の走行イメージ。現在検討中のものであり、実際とは異なる(イメージ図提供:JR西日本)
 2010年に高知県四万十市にある第三セクター「土佐くろしお鉄道」中村駅のリノベーションを手がけました。行政と鉄道会社が住民を対象に行ったアンケート調査では「汚いトイレを何とかしてほしい」という改善の希望が多かったそうですが、果たしてそれが本当のニーズなのか疑問が残りました。アンケートは一方通行なので、できれば直接ヒアリングするのが一番ですが、この案件はとにかく時間がなかったため、私は3日間泊まり込んで中村駅を観察することにしました。そこで気づいたのが、床でノートを広げている高校生の姿でした。実はアンケートに答えるのは時間を持て余しているお年寄りが多く、こうした若者のニーズはアンケート調査に表れないのです。今回のプロジェクトで出された条件はただひとつ、「中村にしかないものをつくってほしい」というものだったので、私はターゲットを高校生に絞ることに決め、地元特産の四万十ヒノキをふんだんに使った“色味のある空間”をつくり、高校生たちが自習できるように机とイスも用意しました。

 公共空間はお年寄りから子どもまで使えるようにデザインすべきという意見がありますが、全世代にウケるものなんてあり得ません。メインのターゲットを決めることで、初めて周りもついてくるのです。建築途中に現地を見に来た市議会議員からは「ヒノキは反るし割れるし、落書きされて終わりじゃ」と言われましたが、10年以上経った現在でも駅舎には落書きひとつありません。高知県西部には大学や専門学校がないため、この地域の高校生の多くは卒業後に地元を離れますが、お金を払わなければまともに座れる場所がひとつもない都会のターミナル駅を見たとき、「中村駅はいい場所だったな」と思ってもらえたら成功ですね。
川西氏らが設計監理・プロデュースを担当してリノベーションされた土佐くろしお鉄道中村・宿毛線「中村駅」。ホームのベンチや待合室など至るところに地元特産の四万十ヒノキを使用。待合室には勉強机とイスが設置された
(image by ICHIBANSEN/nextstations)
住民に“自分ごと”としてとらえてもらい
鉄道の今後をどうするか対話する
 中村駅のプロジェクトは数々の賞もいただき、イチバンセンの原点となっていますが、住民との対話をする時間がなかったという反省もありました。住民が本当にほしいと思っているものを導き出すには、私たちが“未来会議”と呼んでいる「対話」がとても大切になってくるのです。2016年に私の出身地でもある奈良県川西町にある近鉄結崎駅のリニューアルを引き受けた際は、「結崎駅フューチャーセッション」と名づけた住民との対話を延べ16回行いました。最初の2、3回はとにかく好き放題に意見を言ってもらうのですが、「駅前に人気コーヒーチェーンをつくってくれ」とか「コンビニもほしい」といった勝手な意見が出されます。私たちは実際にコーヒーチェーンの本部に確認して「1日500杯売れるなら出店する」という回答をもらったこと、「1日の売り上げが50万円以上」という返事がコンビニ本社からあったことを、次のセッションで住民に伝えるわけです。そして「町にあったコンビニはもう2回つぶれましたが、この売り上げが本当に達成できますか?」と質問すると、会場はシーンと静まり返り、次第に住民たちのトーンも「わしらは無責任なことを言うとったのか?」と変わってきます。

 こうした客観的なデータを根拠として示して対話を重ねていくと、それまでの勝手な意見も「わしらが何とかせんとやばいな、こんなことならできるで」という“提案”に変わっていきます。そうです、これが潮目です。まさに“他人ごと”が“自分ごと”になった瞬間なのです。こうして対話によって“自分ごと化”することの重要性は、フランスでの経験からも学んでいましたが、事業者と利用者の相互理解を進めるうえではとても大切なことです。時間はかかるかもしれませんが、対話によって一緒に考えることが民主主義だと私は思います。もちろん、物事を決めていった過程はすべて“見える化”し、議事録も残します。これはあとからの横やりに対処するためでもあるのですが。
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 鉄のレールの上を鉄の車輪が進む鉄道の摩擦係数は、ゴムタイヤがアスファルトを進むときの半分です。つまり、摩擦係数が半分ということは運動エネルギーも半分になるため、鉄道は大量輸送には向いています。しかし、東北や中国、北陸といった一部のエリアでは、1日の乗客が10人を切っている路線もあり、こうなるとハイエース1台で事足ります。しかも、物流においても同じレール幅の線路で都会と地方がつながっている利点がなくなってしまった今、大量輸送機関としての鉄道の役割は大きく変わりつつあります。もはや鉄のレールの上を鉄の車輪が走るという形にこだわるのではなく、新しいモビリティのあり方を真剣に議論する状況にきていると思います。10人以下の人のために鉄道を走らせても、乗客と鉄道会社双方にとって幸せなことではないのです。
企画検討段階から車内外のグラフィックデザイン、乗務員の接客まで提案・担当したJR西日本の『WEST EXPRESS 銀河』。寝そべりながら景色をゆっくり楽しめる「プレミアルーム」は、車内の通路を車両に対して斜めにして寝そべる空間を確保するなど、お客様の「遠くへ行きたい」気持ちに応えるべく様々な工夫が行われた
(image by ICHIBANSEN/nextstations)
 特にローカル線の問題は、鉄道を守るべきというノスタルジーと、赤字だからやめるべきという金勘定の話に二分されてしまうため、どうしても話がかみ合いません。しかし、他の持続可能な方法がたくさんあるわけですから、そこはノスタルジーにテクノロジーを投入して両立を図っていくしかありません。そのためにも住民と鉄道会社との対話がこれからはますます重要になっていくはずなので、私たちイチバンセンがそこをまとめていける存在になっていきたいと思います。
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『えちごトキめきリゾート雪月花』の模型を手にする川西氏。肥薩おれんじ鉄道代表取締役社長だった嶋津忠裕氏がえちごトキめき鉄道株式会社の代表取締役社長になったことが縁で、この観光列車を含む鉄道車両や駅のサインなどのデザインをトータルに担当することとなった

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