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“精密工学+AI”の新たなアプローチで
日本刀の美しさと匠の技を極める
“精密工学+AI”の新たなアプローチで
日本刀の美しさと匠の技を極める
2023.4.13

その美しさが多くの人を魅了する「日本刀」は、いまや海外にも多くのファンを持つ日本を代表する美術工芸品となっている。そんな日本刀を研究の題材に選び、自身の研究室で超精密加工やAI応用に関する産学連携プロジェクトとともに、「『匠の技』を科学するプロジェクト」、「新作日本刀の科学設計プロジェクト」という研究にも取り組んでいるのが、金沢工業大学機械工学科の畝田道雄教授だ。「機械工学でなぜ日本刀?」と思われるかもしれないが、そこには「温故知新」という言葉を座右の銘とする畝田教授ならではの想いがあるのだという。一振(ひとふり)の日本刀を完成させるために脈々と受け継がれてきた刀匠や刀剣研師たちの技術の粋、そしてそれを最新のAI技術によって解析して再構築を試みる研究者の探究心。そのユニークな取り組みについて畝田教授に聞いた。
PERSON
金沢工業大学
機械工学科 教授

畝田 道雄 (うねだ みちお) 博士(工学)
金沢工業大学工学部機械工学科卒。同大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程・博士課程修了。防衛庁技術研究本部第3研究所防衛庁技官を経て、2002年金沢工業大学助手就任。講師、助教授を経て、2013年教授。専門は精密工学、精密加工、精密計測、システム工学。
PERSON
畝田 道雄
(うねだ みちお) 博士(工学)
金沢工業大学
機械工学科 教授

金沢工業大学工学部機械工学科卒。同大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程・博士課程修了。防衛庁技術研究本部第3研究所防衛庁技官を経て、2002年金沢工業大学助手就任。講師、助教授を経て、2013年教授。専門は精密工学、精密加工、精密計測、システム工学。
大御所の説明に探求心が芽生え
日本刀の魅力を多角的に解析
 今から10年以上前、畝田教授は東京出張の際に、恩師であり、現在も研究活動に一緒に取り組んでいる金沢工業大学名誉学長の石川憲一教授からの紹介で、たまたま日本刀の展覧会に行く機会を得た。日本刀に関する知識はまったくなかったため、「せっかく見学するなら誰か詳しい人に解説をお願いできないか」と石川教授に頼んで展覧会へ行ってみたところ、なんと全日本刀匠会の当時の会長直々に説明してもらえることになったという。

「スタッフのどなたかに…と考えていたので、ちょっと驚きました。とても熱心に説明をしていただいたのですが、『今年の彼の刀は残念ながら力強さがありません』と説明されても、門外漢の自分には何をもってそう判断しているのかが、さっぱりわかりませんでした。どれも見事な日本刀にしか見えないのです。その場ではわかったような顔をして説明を聞いていましたが、実はこの経験が日本刀の研究を始めるきっかけになりました。振り返ってみると、これは石川教授ならではの、私に新しい気づきと出会いという不思議な縁を与えてくれる方法だったのでしょうね」
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 おそらく多くの人は「日本刀という限られた世界の話だから、素人にはわからなくても仕方ない」と考えるところだが、畝田教授は違った。持ち前の探究心もあり、日本刀の力強さとは何が評価されて決まるのか、そして美しい日本刀とはどのようなものなのかということへの興味が芽生えたのだ。日本刀の評価基準を自分が科学的に解明できれば、一般の人も日本刀の魅力をもっと楽しめるようになるのではと考えたという。

「まずは日本刀が武器としてどんな特性を持っているのかを知るために情報を集めたところ、金沢工業大学の客員教授をなさっている古武道剣術範士の河端照孝先生が、日本刀で武将の兜を割る“戦国兜割り”を成功させたドキュメンタリー番組を見たのです。兜のどこにどう刀が当たると衝撃が最大になるのかを正しくアーカイブしてみようと考え、映像をもとに力学的な解析することにしました。さらに心理科学科の神宮英夫教授や情報処理サービスセンターの髙島伸治部長にもご協力いただいて、心理科学的に日本刀の美しさとはどういったものなのかを明らかにするために、刀匠の人たちにインタビューをして分析することにしました。それが7年ほど前のことです」
精密工学の知見を活用して
新作日本刀づくりに挑戦
 畝田教授は当初、「刀匠が美しい日本刀をつくろうという想いで作刀されている」と考えていた。しかし、いろいろと分析を進めていくうち、それはあくまでも結果論であり、武器としての強さを持つ日本刀を突き詰めていった先に、“刀としての美しさ”が生まれるということがわかってきたという。

「そこで、どのような日本刀が美しいとされているのかを知るために、日本刀を測定する方法をつくることにしました。私の専門は精密工学なので、普段から精密加工や精密計測に取り組んでいます。こうした知見を活用して、日本刀に秘められた匠の技を科学的に解明する『新作日本刀科学的設計プロジェクト』も立ち上げました」

 とはいえ、測定するために日本刀の画像を撮影しようとしても、光沢のある表面にカメラが写ってしまうなど、その3次元形状をうまく測定するのはとても難航した。試行錯誤を重ねながらようやく日本刀を正確に測る技術を考案し、日本刀の美しさを分析していったという。
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「形状、地鉄(じがね)、匠の技などという様々な視点から、精密計測の研究で培ってきた方法を用いて、過去に賞を受賞した日本刀を測定しました。そこから『加重平均法』という手法で優劣評価を重みづけして、平均を出しました。さらに日本刀の美しさを感性評価する手法も取り入れて、何とか日本刀の美の評価方法と設計法を導き出すことができたので、従来の伝統的手法とはまったく異なるアプローチで、実際に新作日本刀の製作に挑むことにしました」

 作刀を依頼するために現役で活躍する刀匠に声をかけたところ、長野県に住む刀匠が引き受けてくれることになった。

「その人は北海道大学の金属材料工学科の出身で、理論ではなく実用としての金属について理解を深めるために刀匠になったという異色の経歴の持ち主です。私たちが設計した図面をもとに完成した新作日本刀は、日本刀文化振興協会主催の刀剣コンクールにも出品しました。かろうじて入賞相当という評価をいただくことはできましたが、満足のいく結果ではありませんでした」
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畝田研究室が初めて設計・製作した新作日本刀の設計図
 日本刀の長い歴史において、畝田教授たちのチャレンジは過去に類例のない画期的な取り組みだったのは間違いない。ただ、畝田教授の胸の内には大きな心残りもあったという。それが「日本刀の設計図を2次元の図面に収めてしまったこと」だった。

「日本刀はモノとして3次元ですから、やはり3次元で設計しなければ技術屋としてはおかしいのです。2次元の図面を刀匠さんに渡して、奥行きはおまかせしますというスタンスは、果たして設計と呼べるのかという心残りがどうしても消えませんでした」
一振目での心残りを払しょくした
村上さん作成の3次元CAD
 折しも新型コロナウイルスが蔓延していた2020年4月、研究室の全学生が参加して行われたオンラインの設計コンペ(テーマ…ドアノブを触らなくてもドアを開けることのできる補助具)で、非常に精巧な3次元CADの図面をつくってきた学生がいた。当時、学部4年生だった村上浩規さんである。そのCADの図面を見た畝田教授は、直感的に「彼なら日本刀の図面を3次元化できるのでは?」と思ったという。

「2次元の図面を村上君に渡して3次元化するように頼んだのですが、現物も見ずに手書きの断面イラストだけでイメージを膨らませて、なんと1週間で完成させてしまったのです。夢にまで見た3次元の日本刀ができていました。研究室では以前から、半導体シリコンウェハーなど超精密加工の分野で、ニューラルネットワークを用いたAIによる知能研磨システムを開発していたので、その技術を使って名刀を分析して3次元CADの図面をつくれば、より完成度の高い日本刀が製作できるのではないかと考えました」

 プロジェクトのメンバーは過去10年分の日本刀展覧会の図録冊子をもとに、受賞作品の寸法、長さ、反りなどの数値を測定してビッグデータ化し、それをAIで解析するという作業を繰り返した。こうして導き出された設計値をもとに村上さんが3次元で図面化し、前回と同じ刀匠につくってもらったのが二振目の新作日本刀だ。
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AI技術を活用して3次元化して作成された新作日本刀の設計図。日本刀の先端部分「切先(きっさき)」や持ち手部分「茎(なかご)」を中心に13カ所の断面についても図面化して寸法を示し、AIによって算出されたものは赤字で記した
「優れた日本刀を後世に残すために、『押し形』と呼ばれる絵を参考にして刀をつくることは昔から継承されていますが、それも2次元の話です。3次元的なものから実物をつくるのは刀匠も初めてだったようで、AIを使って設計した図面を見ていただいたときはとても驚かれていました。この新作日本刀も同じ刀剣コンクールに出品したのですが、“金賞相当” をいただくことができました。“相当” と付くのは、刀匠1人につき作品はひとつしか出せないというルールがあって、我々の刀は特別出品という扱いだったのです」

 AIの力もあって、二振目の日本刀の完成度は、前作に比べればかなり上がったそうだが、畝田教授は今回のチャレンジで改めて刀匠の技術の高さを実感したという。

「図面の上に完成した日本刀を重ねて置いた写真を送ってもらったとき、寸分違わずピッタリだったことにビックリしました。普段は設計図など使わずに作刀しているにも関わらず、図面どおりに仕上げてしまう技術の高さは、本当にすごいと思いました。実は内心ではコンクールの最高賞である経済産業大臣賞を取りたいと思っていたのですが、もし我々のようなやり方で取ってしまったらどうしようという複雑な気持ちもあったので、結果的にはよかったのかもしれません」
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製作した新作日本刀は、2022年に明治神宮宝物殿で開催された展覧会「明治天皇110年祭並びに明治天皇御生誕170年祭記念【日本刀の匠展】」に展示された
 余談だが、3次元CADを担当した村上さんは、2023年4月から大学院の博士課程に進み、日本刀をテーマに研究を続けている。学術研究は光沢のある長いものを工学的に正しく測る「計測技術の研究」で、日本刀はそのための研究上のアプリケーションという位置づけだという。

「日本刀をテーマにするということは、それを通じて様々な歴史の変遷を知ることですから、いろいろな学びがあり興味の幅も広がっていくと思います。私は昔から『温故知新』という言葉が好きなのですが、先人たちが残した偉業を研究してそこから新しい知見を見つけ出すことの大切さを知ってほしいと、折に触れて学生たちには話しています」
匠の技を科学によって解明し
工学の力で刀をつくる楽しさ
 畝田教授の精密工学研究室では、もちろん日本刀以外にも研磨技術など様々な研究テーマに取り組んでいるが、なぜ畝田教授がここまで日本刀に魅了されたのか、改めて聞いてみた。
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「研究室のメインテーマである『超精密加工』では外部研究費も幾分は持ってきていると考えていますが、日本刀の研究では企業からの共同研究費などもほとんどありません。しかも日本刀の研究は成果が出にくいので、学術論文を書くにしても難しさがあります。しかし、だからといってテーマを限定したのでは、すべてがそこで終わってしまいます。もっと広く物事を見る目を養うためにも、楽しく日本刀の研究を進めることにはとても意味があると思います。匠の技がつくり上げた日本刀は、日本を代表する伝統工芸品です。その匠の技を科学によって解明し、工学の観点から新しい日本刀を設計し、それを刀匠とともに作刀して評価を受ける。このような研究を行える大学、研究室は、金沢工業大学機械工学科の精密工学研究室しかありません。また、これまでプロジェクトに参加してくれた多くの大学院修了生や学部卒業生、そして石川教授をはじめとする多くの皆さまのご協力やご支援に感謝しています。私自身がそうであったように、これからも若い学生に様々なきっかけや気づきを与えられるよう、楽しく進めたいですね」

 最後に、今後の新作日本刀の製作について尋ねてみた。

「日本刀の美しさは、姿、地鉄(じがね)、刃文(はもん)、刀身彫刻、銘といったいくつかの要素が、高いレベルで融合することで形づくられますが、我々がやっているのは “姿” のところだけですから、まだまだです。次の目標は日本刀の独特な “反り” の曲線を表現したいと考えています。研究を始めて10年以上になりますが、日本刀の評価基準をつくるというゴールは研究を進めるほどにどんどん変わっている気がします。でも、研究が楽しければ基準ができないまま、あるいは基準が変化する中で進めていってもいいのかなと、最近は思い始めています(笑)」
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