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石川産ワサビと安価の小型MRI装置の
開発~ビジネス化に向けて実験の日々
石川産ワサビと安価の小型MRI装置の
開発~ビジネス化に向けて実験の日々
2025.1.20

日本の固有種であるワサビは、刺身や寿司をはじめとする和食には欠かせないわが国の伝統的な食材だ。世界的な和食人気の高まりや、ワサビが持つ薬効成分や殺菌効果の医療への用途転用などもあり、数年前からその注目度は上がり始めている。しかし、一般の根菜や葉菜に比べると水質、水温、日照といった栽培環境を最適な状態に保つのが難しいため、高温化が進む近年は栽培地域も限定されてしまい、ワサビの生産量は減少傾向にあるという。そんな栽培が難しいと言われるワサビを、コンテナ型植物工場を使って水耕栽培する実証実験に取り組んでいるのが、電気電子工学科の平間淳司教授だ。ワサビを対象として選んだ経緯、そして民間企業との連携による実証実験の最前線について話を聞いた。
PERSON
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

平間 淳司 (ひらま じゅんじ) 博士(工学)
金沢工業大学工学部電子工学科卒。金沢工業大学大学院工学研究科電気電子工学専攻修士課程修了後、1983年金沢工業大学助手。講師、助教授を経て、2003年より教授。専門は電子計測、電子回路、生物・生体工学。
PERSON
平間 淳司
(ひらま じゅんじ) 博士(工学)
金沢工業大学
電気電子工学科 教授

金沢工業大学工学部電子工学科卒。金沢工業大学大学院工学研究科電気電子工学専攻修士課程修了後、1983年金沢工業大学助手。講師、助教授を経て、2003年より教授。専門は電子計測、電子回路、生物・生体工学。
「できれば地元の特産品に」
白山の苗を使ってワサビ栽培開始
 農業生産のイノベーションを目的として、植物工場や植物生体計測、バイオロボティクスなどに関する学術研究を行う「日本生物環境工学会」に所属し、副会長・理事を務める平間教授は、30年近く前から植物、昆虫、キノコという3つの分野を中心に活動してきた。そのなかの主要なテーマが「人工栽培」であり、露地物に比べると気候や環境の影響を受けずに安心・安全・安定した栽培が可能になる植物工場に関する研究に、平間教授は長年にわたって取り組んできた。
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「植物の葉に電極を付けていろいろな刺激を加え、植物から発せられる微弱な電気である生体電位を測定するという研究を、20年以上前に観葉植物を使ってスタートさせました。人間が心電図、筋電図、脳波などの電圧信号を測って健康診断に使うのと同じように、植物が何を欲しがっているのか、たとえば光が不足しているのか、温度が高すぎるのか、養分が足りていないのかを、生体電位の変化を使った健康診断で判断するわけです。

 この技術を植物工場にも応用できないかと考えて、最初はレタスや大葉といった葉物類を対象にして研究を開始しました。植物が何を嫌がっているのかがわかれば効率的な生育が可能になりますから、まずは実験を重ねて生育環境に関するデータを集めました。人工栽培は季節や気象条件の影響を受けず、病気や害虫の被害もないというメリットもあるので、まさにいいことずくめのように思われがちです。しかし、現実には国内の植物工場の大半は採算が取れておらず、成功しているのは一握りの大規模化している事業者だけです」

 平間教授も大規模化をめざして提携先を探したそうだが、なかなか手を挙げる企業が見つからず、そのときの研究は中断してしまった。そして今から9年ほど前、金沢工業大学のある関係者から「白山市白峰地域でワサビ栽培をしている農家の苗を使って、ワサビ栽培をやってみないか」という話がもたらされた。ワサビ栽培といえば長野県や静岡県が有名だが、実は石川県の白山麓でもワサビの露地栽培が行われている。

「『地場産業の活性化』という金沢工業大学の方針に加え、『できればワサビを地元の特産品にしたい』という話もあり、挑戦することにしました。とはいえ、ワサビは栽培が難しいということは知っていたので、日本生物環境工学会で懇意にさせていただいていたワサビが専門の先生に相談し、水耕栽培の温度や光、養液などの条件を教えていただきました。
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 通常、露地物のワサビは種子から発芽させて苗をつくるまで約1年、さらに苗を植え付けて芋と呼ばれる根茎が15cmほどの大きさに成長するのに2年半ほどかかるため、トータルで3~4年を要するのが一般的です。ただ、そこまでの時間的な猶予がなかったので、まず研究室に20株ほどの小規模なワサビ工場を設置し、白峰の農家から提供していただいた在来種のワサビの苗を使って実験を開始しました」

 件(くだん)の先生に教えてもらった生育条件を変えながら、平間教授は6カ月を目安にしてワサビ工場で栽培実験を繰り返した。というのも、この実験では1回で使い切れる5~8cmサイズのワサビを6カ月ほどの栽培期間で安定的に生産し、200~300円で出荷することをゴールとして定めていたからだ。

「可食部である芋の収穫を行う際に立ち会ってもらった農家の人からは、露地栽培のものに比べて3~4倍の速さで生育していると驚かれました。小規模植物工場での栽培によって生育スピードが上がることが確認できたので、実験結果を学会で発表し事業化に向けて企業へのアピールも行いました」
コロナ禍終息後に訪れた
民間企業との共同研究
 植物工場の見学だけでも数十社の企業が訪れるほどの反響があったものの、やはり採算性がネックとなって話はなかなか具体化しなかった。平間教授はここでも大規模化の必要性を痛感したが、小規模な工場を一気に大規模化することへの不安も大きく、出した答えは中規模の植物工場で実証実験を続けるというものだった。そしてある企業とのあいだで共同研究の話が進みかけたが、そのタイミングで新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、実験はまたしても暗礁に乗り上げてしまう。

 しかし、コロナ禍が終息し始めた2年ほど前、日本通運を中核会社とするNXグループのNX商事から平間教授のもとに連絡が入る。「高機能複合商社」を標榜するNX商事は物流以外の異分野事業にも積極的で、特殊用途で開発したコンテナの製造なども得意とする会社だ。特殊コンテナを活用した中規模ワサビ工場の共同研究に参加することで知見を蓄積できれば、ライフサポート領域におけるロジスティクス新事業の創出にもつながると考えたようだ。
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NX商事と共同開発したコンテナ型のワサビ工場
「ワサビは非常にわがままな植物で、温度条件、光環境、養液管理のどれかがちょっとでもずれると生育停止し、枯れたり腐ったりしてしまいます。こうした栽培環境を整えるためには温度管理ができる冷蔵コンテナが適していると考えていたので、私たちが研究してきたSPA(Speaking Plant Approach)技術によるワサビの水耕栽培の研究開発成果と、NX商事の持つ特殊コンテナ製造技術の知見を融合させることで、最適な実証実験設備をカスタマイズすることができました。

 そしてこの共同研究にはもう1社、葉物野菜の植物工場の頃から一緒に研究を行ってきた金沢市の企業も加わっています。先行して我々と一緒に開発した『Seeds-N』という水耕栽培管理システムをベースにして、ワサビ栽培に特化した栽培システムとコントロールシステムを今回の実証実験でも採用しています」

 SPA技術とは、草丈や葉面積、葉緑素などの生体計測を常時行いながら植物を栽培する技術のことだ。植物体の生育状況を葉面電位計測によって解析し、IoTによってクラウド管理された光、温度、湿度、CO2、養液などの至適栽培環境を自動管理制御システムで維持することで、ワサビの良好な健康状態を保ちながら生育促進を図るというものだ。
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SPA技術の構成イメージ図
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「たとえばワサビが枯れ始めると葉面電位の電圧がなくなっていくので、電圧変動から枯れる兆候を判断し、そこを改善して元に戻してやるわけです。ただ、電気や機械の実験とは違い、ひとつの葉っぱ、ひとつの植物体からきちんとデータが取れたとしても、それだけでは一般性は主張できません。特に植物の実験の場合はデータを取る個体の数が相当数必要とされるので、現状はなるべく多くの個体からデータを取り続けてビッグデータとして蓄積している段階です。将来的にはこのビッグデータからAIを使って共通性を見つけ出し、SPA技術に新たに組み込んでいくのが目標です」
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葉面電位計測の結果を示した図。「枯死区間」の部分に注目
 こうして平間研究室、NX商事、金沢市の企業の3者による共同研究は本格的に動き出し、2023年10月には320株のワサビを育てる中規模ワサビ工場が稼働した。もちろん、採算性をはじめ克服すべき多くの課題が山積しているのも事実だが、ワサビへの注目度が世界的に上がり続けているいま、SPA技術と高精度の温度管理で最適な生育環境を構築できるコンテナ型の植物工場のユニット化が実現できれば、それがワサビのグローバルな展開を後押しすることになり、ビジネスチャンスの新たなシーズが生まれる可能性は高い。
持ち運べるMRI装置を開発し
果物や魚類などの検査への活用を
 生物のもつ電気信号から生き物の気持ちを知ることを目標に様々な研究を行う平間研究室では、ワサビの研究に取り組む“植物班”のほかに、小型・低磁場のMRI装置を安価に開発する研究に取り組む“MRI班”も活躍中だ。

 核磁気共鳴を基礎とした「MRI=Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴イメージング)」とは、簡単にいうと「磁場を用いて物体の断層撮影を行う」もので、医療の分野ではCTとともによく知られた検査方法となっている。

 現在、MRI班が取り組んでいるのが安価で小型のMRI装置を開発であり、画像の高画質化を図ることで、たとえば果実の成分分析などを非破壊検査で行えるようになるという。
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「そもそも私がMRIに関わるようになったきっかけは、30年近く前に本学の先端電子技術応用研究所(AEL)で磁気センサーの開発の共同研究をやらせていただいときに、ある脳外科医からの依頼で開発している手術後の診断用小型MRI装置の改善に協力したことでした。病院にある一般的なMRI装置は重さが10トン近くあり、磁場強度も非常に強力なので1階にしか設置できません。しかも、いつも予約で埋まっているので使いたいときに使えないこともザラです。しかし、手術後に血が止まっているか、縫合のあとが正常かといった診断を行うだけなら、そこまでのクオリティは要りません。むしろ画質よりも軽量化や移動の容易さを優先した装置が欲しいという脳外科医の希望を叶えるために、私は自分の得意分野である低周波から高周波までの電子回路の部分でサポートさせていただきました」

 MRI装置の画像の画質(=診断の精度)を上げるためには磁石も大きくしなければならないため、当然のように装置自体の重量も重くなる。しかし、MRI装置の使用目的を限定できれば、もっと軽くて持ち運べるサイズのものもつくれるはずだと平間教授は言う。

「現在、我々の研究室では磁場強度0.15テスラ、重量が約1.7トンという頭部専用のMRIと、食品をはじめとする多分野で使える磁場強度52mテスラ、重量170kgという小型の装置を開発しています。MRIは磁石を弱くすると核磁気共鳴の信号が弱くなり画像も粗くなりますが、このとき回路技術によって信号強度だけを上げてノイズを落とすことができれば、重量が170kg程度のMRI装置でもイメージング(画像化)が可能です。磁石の大きさを変えることはできませんが、以前はアナログだった制御系をデジタル化によって軽くすることで、装置自体もかなりコンパクトに仕上げることができます」

 いま開発に取り組んでいる重量170kgの小型MRI装置が完成したら、平間教授はおもに2つの使い方を考えていると言う。
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「ひとつは果物の選果場で非破壊による診断を行い、品質保証という付加価値を付けるというものです。果物を切らずに内部の様子や果肉などの成分を確認できるので、ロスが生じず、装置にキャスターを付ければいろいろな場所に移動させて使うことができます。核磁気共鳴の分析手法を変えれば、果物の糖度なども調べられる技術が組み込んであるので、その果物が熟していて食べ頃かどうかも非破壊で調べることができます」

 そして、もうひとつの使い方として平間教授が注目しているのが、魚類や貝類に関する検査での小型MRIの活用だ。

「たとえば高級食材のキャビアを取るためには、いけすで養殖中のチョウザメの腹部を切開して卵巣の有無を確認し、オスかメスかを判別を行っています。切開によってその個体がメスだとわかれば腹部を縫合して生け簀などに戻すわけですが、これでは魚への負担も大きく労力もバカになりません。ところがMRIを使って腹部の断面画像を撮れば、瞬時に雌雄が判別できるわけです。

 一方、二枚貝は一度開けると死んでしまいますが、MRIを使えば貝を開くことなく中身の生育状態が確認できます。高級ジュエリーである真珠の養殖に使われるアコヤ貝などで実用化できれば、メリットはかなり大きいと思います」

 将来のビジネス化につなげていくことも見据えて、どういう磁場強度の設定をして測定すれば見たいものが見えるようになるのか。平間研究室ではチョウザメの代わりにアジ、二枚貝はホンビノス貝を使って基礎データをとりながら、条件設定を変えた実験を繰り返しているという。

「さらに最新の研究として、重量がわずか30kgという超軽量MRI装置の開発にも取り組んでいます。超低磁場なので、検出される核磁気共鳴信号がとても弱いのですが、電子回路技術によってこれを増幅させて、なんとか画像を分析に使えるようにしていきたいと考えています。

 私は本学の卒業生でもあり、いろいろな面で大学に助けてもらって、ここまで研究を続けることができ、大変感謝しています。大学に少しでも恩返しをしたいという思いで研究を続けていますが、私たちの研究を実用化につなげていくためには企業の協力が必要なのも事実です。もしこの記事を読んで研究テーマに興味が湧いてきたら、お気軽にご連絡いただけると嬉しいですね」
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