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著名建築家の歩みと思想を
その時代の建築事情とともに知る
著名建築家の歩みと思想を
その時代の建築事情とともに知る
2025.1.20

『建築家になりたい君へ』
隈研吾/著
河出書房新社 定価1,540円(税込)
推薦
SL
川﨑 寧史 (かわさき やすし)
金沢工業大学
建築学科 教授
 中学生から大人まで、知ることで考え、生き延びる力を養う「14歳の世渡り術」シリーズの一環であり、中学生以上の全ての人々に分かりやすく専門知識を教えるものです。この本は、10歳で建築家を志し、国内外で多数のプロジェクトを手がける今もっとも注目の建築家が、建築についての知識と経験を綴った自叙伝的なメッセージです。

 第1章では幼少期における建築との出会いからスタートします。丹下健三氏の設計による国立代々木競技場を体感した衝撃から、モダニズム建築の追っかけになったと述べられています。これが建築家・隈研吾氏の原点となります。さらに、丹下健三氏の建築や高度成長期の時代背景、当時の建築家たちの意識やライフスタイルなど、建築を取り巻く当時の世相が生き生きと語られていきます。

 第2章ではミッションスクール時代の体験やそこから得た原罪の気づき、建築をつくることの罪の意識といった、隈氏の底辺を形づくる思想として「負ける建築」が語られます。「勝つ建築」とは、高度成長期を背景に独善的に造形美を追求する建築や建築家の姿勢を表し、建築は環境破壊に帰する犯罪であるという意識からなる「負ける建築」とは真逆のものです。当時の大阪万国博覧会のパビリオンを事例に、「勝つ建築」に対する期待と失望が語られています。

 第3章では偉大なる恩師である原広司氏、また東大時代の内田祥哉氏、鈴木博之氏から学び、自らの糧となった内容が語られています。内田氏の在来木造建築に対する再評価、鈴木氏の建築保存やアーツ・アンド・クラフツ運動などが挙げられています。最後に、原研究室の活動やアフリカでの現地調査が具体的に語られ、それらを通じて建築家になる決心がついたと結ばれています。

 第4章ではアメリカ留学で経験した時代感覚と最新建築、世界的建築家へのインタビュー、さらにこれらを経て気づいた日本空間の精神性・文化性について語られています。その頃のニューヨークは経済の繁栄とともに、アール・デコ様式の誇張された幾何学とスピード感を特徴とする建築群が次々と建設されていました。その最先端の時代感覚に触れる中で、突然自室に2枚の畳を敷き、アメリカと対極にある日本の伝統文化や空間について思いを馳せていきます。

 第5章では日本での作品づくりがスタートします。“脱衣所”みたいな「伊豆の風呂小屋」は、クライアントの住まいに関する感覚ですが、隈氏はこれを建築家批判のメッセージとして受け取るとともに共感します。そして、コルビュジェやミースの世界的評価を受けている住宅建築とクライアントとの対立を引き合いに出し、建築家と芸術家、建築と芸術作品という関係について懐疑的な思いを綴っています。

 第6章ではバブル経済時代の「M2」、バブル崩壊で仕事がない時代の四国・梼原での建設活動、栃木県那須町の建設予算ゼロの「石の美術館」が語られています。「M2」は隈氏が世間から激しい批判を受けた建築であり、東京での仕事を失くすきっかけとなりました。この経験から、建築家は短距離走者ではなく長距離走者でなくてはならないという考えに至ります。

 第7章ではいよいよ世界に踏み出します。その第一歩が中国における万里の長城プロジェクト「竹の家」です。すでに、中国の都会ではツルツル、ピカピカした高層建築が立ち並んでいる状況中で、不揃いの竹材で住宅をつくるという奇抜な発想の建築となりました。これは奇をてらうのではなく、むしろ“老北京”風のザラザラでバラバラしたものがよいという隈氏の感性からもたらされたものです。

 第8章は終章で結びとなります。ここでは、建築家を夢見る若者へ愛のあるメッセージが語られます。いくつかの作品事例に基づきながら、“まわりの人に愛される建築”、“長距離走者として待てる人”、“多国籍化による日本からの脱却”、“小さな仕事をやり続ける”などのメッセージが込められています。そして、従来の現代建築が辿ってきた「大きなハコ」からの脱却で締めくくられます。コロナ禍が期せずしてもたらした社会構造の変革を肯定し、「大きなハコ」を解体していく未来を若者に託しています。

 このように、本書は著名建築家でありながら自らの歩みや建築思想を素直に、赤裸々に語るとともに、時代背景に基づく建築や建築家の状況についてわかりやすく解説しています。建築に興味を持つすべての人にぜひ読んでほしい推薦書物です。
PERSON
推薦
SL
金沢工業大学
建築学科 教授

川﨑 寧史 (かわさき やすし) 博士(工学)
大阪大学工学部環境工学科(現・地球総合工学科環境工学科目)卒。大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻修士課程修了。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程退学。大阪大学工学部環境工学科助手、京都大学大学院工学研究科建築学専攻助手、ハーバード大学デザイン系大学院客員研究員を経て、2001年金沢工業大学助教授。2011年より教授。専門は空間デザイン、建築計画。
PERSON
推薦
SL
川﨑 寧史
(かわさき やすし) 博士(工学)
金沢工業大学
建築学科 教授

大阪大学工学部環境工学科(現・地球総合工学科環境工学科目)卒。大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻修士課程修了。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程退学。大阪大学工学部環境工学科助手、京都大学大学院工学研究科建築学専攻助手、ハーバード大学デザイン系大学院客員研究員を経て、2001年金沢工業大学助教授。2011年より教授。専門は空間デザイン、建築計画。
「KIT Book Review」では、金沢工業大学ライブラリーセンターのサブジェクト・ライブラリアン(SL)が本を推薦します。SLは、ライブラリーセンターにおいて膨大な専門情報の内容や質を選択判断し、その収集や利用を立案実行する中枢機能です。本学の教授陣によって構成されており、自己の専門分野はもちろん、関連分野まで質の高い最新情報を把握しています。

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