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炭素繊維研究の第一人者がめざす
「高信頼理工学研究センター」の将来
炭素繊維研究の第一人者がめざす
「高信頼理工学研究センター」の将来
2019.7.22

2018年4月1日、やつかほリサーチキャンパスに「高信頼理工学研究センター」が誕生した。ものづくり研究所と高度材料科学研究開発センターを統合する形で設立され、初代所長として影山和郎教授が就任。東京大学やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)において炭素繊維の第一人者として活躍し、東京大学では産学連携本部長などを歴任した人である。そんな影山教授のこれまでの実績と同センターのめざす方向性を伺った。
PERSON
金沢工業大学
高信頼理工学研究センター
所長、教授

影山 和郎 (かげやま かずろう) 工学博士
東京大学工学部精密機械工学科卒。同大学大学院工学系研究科舶用機械工学専攻博士課程修了。通商産業省工業技術院機械技術研究所主任研究官、東京大学工学部船舶工学科助教授、同大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻教授、技術経営戦略学専攻教授、同大学人工物工学研究センター長、同大学産学連携本部長。NEDO革新炭素繊維基盤技術開発総括責任者を経て、2014年金沢工業大学客員教授、2018年教授。専門は複合材料工学、破壊力学、技術開発学、非破壊評価、構造ヘルスモニタリング。
PERSON
影山 和郎
(かげやま かずろう) 工学博士
金沢工業大学
高信頼理工学研究センター
所長、教授

東京大学工学部精密機械工学科卒。同大学大学院工学系研究科舶用機械工学専攻博士課程修了。通商産業省工業技術院機械技術研究所主任研究官、東京大学工学部船舶工学科助教授、同大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻教授、技術経営戦略学専攻教授、同大学人工物工学研究センター長、同大学産学連携本部長。NEDO革新炭素繊維基盤技術開発総括責任者を経て、2014年金沢工業大学客員教授、2018年教授。専門は複合材料工学、破壊力学、技術開発学、非破壊評価、構造ヘルスモニタリング。
炭素繊維の進化とともに
歩んできた研究者の道
「私の研究者人生は、まさに炭素繊維とともにあったといっても過言ではありません。炭素繊維の研究を始めたのは、東京大学を卒業し、1981年に通産省(当時)の工業技術院機械技術研究所に入所して、次世代産業基盤技術研究開発制度・複合材料の研究開発に参加した時からです。その研究開発プロジェクトではPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維を発明された進藤昭男博士にもご指導いただきました。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)は80年代に実用化され、まずテニスラケットやゴルフクラブの市場で革命を起こしました。やがてエアバスやボーイングの航空機に採用されるなど産業用途が本格化していきます。私は1988年に東京大学工学部の船舶工学科に配置転換となり、研究を続けました。90年代にはヨットレースのアメリカズカップ艇の船体にもCFRPが使われ出しましたが、私も開発の中心メンバーとして参加しています。研究者の立場にとどまらず、産学連携本部長を務めた経験から、技術をいかに効率的に事業化するかを勘案し、また人工物工学研究センター長を務めた経験から人工物工学という物づくりの根本を追究するなど、様々な視点で研究を行っていたのです。
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 炭素繊維は現在工業化されている材料の中で、人類が手にした最も強い材料であり、ほかにも優れた特性を持っています。不活性雰囲気中での耐熱性に優れ、耐薬品性にも優れているので錆びません。また、熱伝導性や寸法安定性、生体適合性、機械的特性といったメリットがあり、しかも軽量なのです。ただ、製造プロセスが複雑で環境負荷も大きいという問題点がありました。熱効率が極めて悪い耐炎化工程というプロセスを経なければならず、その上コストも高いという弱点があったのです」

 1990年代以降に産業用途が本格化し、圧力容器や産業機械の分野で多角的に適用されていった炭素繊維だが、自動車など量産品への炭素繊維の導入には、解決しなければならない技術課題が山積していた。そこで、炭素繊維の製造プロセスを効率化し、生産性を飛躍的に高めることが求められた。影山教授は、そのキーマンとなっていく。

「我が国のPAN系炭素繊維メーカー3社をはじめ、PAN系炭素繊維を生み出した産業技術総合研究所、さらに東京大学によって新たな炭素繊維の製造方法の開発が提案されました。それは1959年に確立された“進藤方式”に代わる“ポスト進藤方式”の開発構想に基づいて、2011年にスタートした『革新炭素繊維基盤技術開発』という経済産業省の国家プロジェクトの成果です。東京大学を中心とするオールジャパンの産学官連携体制の下、汎用のPANを原料としつつも耐炎化工程が不要な新しい製造方法が開発されました。この革新炭素繊維は、従来のPAN系炭素繊維と遜色のない弾性と強度を誇ることが実証され、日本の自動車メーカーをはじめ世界の注目するところとなったのです。

 この『革新炭素繊維基盤技術開発』は現在も進行中ですが、製造プロセスの研究は茨城県つくば市にある産業技術総合研究所が拠点となっています。今後の課題として重要になってくるのは、革新炭素繊維を活用したCFRPの開発です。そのためには、繊維表面処理、マトリックス樹脂含浸と中間機材の製造、成形加工と部材製造といった、一連の材料プロセスを研究開発できる総合力が必要です。

 さらに、炭素繊維の適用分野を個別に検討していくためには、当該プロジェクトの枠を越えて、熱可塑性だけでなく、熱硬化性樹脂との複合化を視野に入れる必要があります。今後、炭素繊維は宇宙望遠鏡への適用も期待され、自動車部品や風力発電等の分野での活用も進められており、その社会的な役割はますます大きくなっていくはずです」
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新しい技術の研究開発の推進と
後進研究者の育成をめざす
 炭素繊維の第一人者として活躍してきた影山教授は、2014年に金沢工業大学客員教授となり、2018年には高信頼理工学研究センター所長に就任した。金沢工業大学での抱負をあらためて語ってもらった。

「金沢工業大学には、革新複合材料研究開発センター(ICC)があり、炭素繊維複合材料の革新に取り組んでいます。また、オープンリサーチセンター『ものづくり研究所』と附置研究所『高度材料科学研究開発センター』を統合した新たな附置研究所である『高信頼理工学研究センター』を開設し、私がその所長に就任しました。これまで、複合材料の創製・成形加工技術について広範かつ高度な研究開発ポテンシャルを有してきた金沢工業大学で、私の経験と研究者ネットワークを活かして金沢工業大学を我が国における複合材料研究のハブにしたいと考えています。今後も革新炭素繊維を中心とする新しい複合材料技術の開発および産業への展開を推進していきたいと思います。機械、材料、センサー、デバイスの各分野における研究プロジェクトのマザーラボラトリーとして、横断的かつ効率的な研究開発を推進していく所存です。本センターは、今後の社会変革を支える技術者の育成も目的の一つです。社会人向け大学院やグローバルイノベーターをめざす学生が先進的研究を実践できる基盤研究所としても展開していきたいです。

 複合材料については、重点的に研究開発を進めるべき分野だと言えますが、産業として未成熟なために、複合材料の名を冠した学科や専修コースから卒業生を産業界に送り出すという役割はまだ限定的です。しかし、国内企業が既存の複合材料事業を拡張したり、新たな関連事業を立ち上げたりするなど、産業界の注目度は確実に上がっていると実感しています。日本複合材料学会に参加する企業の若手研究者も近年、急増しているようです。企業において、複合材料を専門とする技術者や研究者が求められているのは明らかです。つまり、複合材料工学の分野での社会人教育がさらに必要になっていくはずです。
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 東京大学の研究室にいた頃、船舶用プロペラを製造するある大手企業の研究者が、社会人博士課程に入学してきたことがあります。CFRPをプロペラに適用することが目的でした。研究の成果により、船舶プロペラの有効性が実証され、最終的に製品化が実現したのです。製品化に至る各ステージにおいては、先述した研究者が中心的な役割を果たしたことは言うまでもありません。この事例は、金沢工業大学を橋渡し研究機関とするNEDOの平成28年度『中堅・中小企業への橋渡し研究開発促進事業』に採択されており、本学との関係も深いのです。

 この事例でもわかる通り、新規事業の立ち上げにおいては推進役を果たすキーマンの役割が重要です。複合材料関連産業が、今後順調に成長するためには、そのキーマンとなる有能な研究者や技術者をしっかり教育していく必要があります。ただし、複合材料工学は設計技術と生産技術が不可分です。製造プロセスを理解していないと、良い製品の設計は不可能だという課題があります。ところが、成形技術を理解する教育と設計・利用技術教育の双方を同時に学べる教育機関は、日本では皆無に等しかったのです。その唯一の例外と言えるのが、金沢工業大学なのです。本学には、革新複合材料研究開発センター(ICC)があり、高信頼理工学研究センターもあります。様々なレベルで複合材料を学べる設備と機会が整っているのです。企業との共同研究も盛んで、チャレンジングな試みも数多くなされてきました。今後は、さらに複合材料に関心を抱く企業から人材を受け入れ、本学の研究開発環境を活用した社会人教育を推進することができれば、社会的に大きな意義を果たすことになるでしょう」
高評価を受ける研究開発体制
今後も維持してさらなる飛躍を
 産学連携については、東京大学で産学連携本部長を長年務め、この分野をけん引してきたと自負する影山教授だけに、一家言あるという。

「大学関係者の多くは、アカデミアに貢献することで、おのずと社会に対しても実質的な貢献が果たせると考えています。しかし、産学連携プロジェクトを長年統括してきた経験から言うならば、アカデミアに対する開かれた貢献と社会に対する実質的な貢献の評価のベクトルは直交しているというのが私の実感です。

 アカデミアへの開かれた貢献度は、論文数や引用回数、受賞件数といった成果が公開されていて、発表された研究業績ベースでの評価が可能です。その一方で、社会的な貢献度については、特許出願数や共同研究受け入れ件数といったデータがあるものの、貢献度の成果を測る指標とはなっていない。こういった数値は、これから社会貢献をしようという評価項目だからです。本当の意味で社会貢献度を測るには、共同研究で商品化された製品の売上げや知財のロイヤリティーといった数値が必要ですが、前者は大学だけで測定することが困難で、後者は原則として非公開です。

 東京大学が産学連携など社会的な貢献度で高い評価を得ているのは、大学と連携したTLO(技術移転機関)とベンチャーキャピタルがしっかりしており、大学創出技術を事業化して上場企業にまで育て上げ、研究成果の実質的な社会還元が明確だからです。残念ながら、このような取り組みがどの大学でも可能だとは言えません。大学が実質的な社会貢献を推進するために、研究者レベルに適用できる明確な評価の尺度が必要なのですが、現状では暗中模索といった状況です。
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 私がまだ東京大学にいた頃、金沢工業大学が中心となって実施した『いしかわ炭素繊維クラスター』の評価委員長を務めたことがあります。その中で、クラスターの成果が共同研究に参加した企業の具体的な売上げとして集計されていて、私は驚きました。クラスターで教育を受け、企業に戻って研究開発に従事している人数までも、正確にクラスター側が把握していたのです。金沢工業大学のCOI事業が高い評価を受けている理由を垣間見た思いでした。実質的な社会貢献を研究組織で把握できているという事実は、まさに画期的なことと言えるでしょう。社会的な貢献度の評価軸に対して、我が金沢工業大学は、全国トップをめざすことも夢ではありません。

 ジム・コリンズらが著したベストセラー本である『ビジョナリー・カンパニー』には、時代を超えて生き延びてきた企業の特質が分析されています。同書において、『偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、まず適切な人をバスに乗せてから行き先を決めている』と分析しています。目的を決めるより、誰を乗せるかが先行するというのです。革新複合材料開発研究センターや高信頼理工学研究センターは、『バスに乗ってから行き先を決める』方式の組織だと思います。先述した『いしかわ炭素繊維クラスター』にしても、複合材料研究者とコーディネーターが金沢工業大学という“バス”に乗り、人材育成や地元企業との連携を模索しながら、研究開発目標を策定していきました。まさに『バスに乗ってから行き先を決める』方式の結果、革新的イノベーション創出プログラム(COISTREAM)事業に採択され、研究開発を推進していったのです。この方式による研究開発体制を維持しながら、今後も飛躍を続けたいと考えています」

 研究者としてだけでなく、産業界との太いパイプを持ち、研究と実用化の橋渡しを果たしてきた影山教授だけに、その言葉には重みがある。金沢工業大学が革新的なイノベーションを生み出していくためにも、これから高信頼理工学研究センターが果たす役割は大きいはずだ。
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