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田向新理事長に聞く
これからの大学運営の方向性
田向新理事長に聞く
これからの大学運営の方向性
2025.12.15

日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じており、国や自治体による少子化対策の効果もなく人口減少にはなかなか歯止めがかかっていない。こうした社会状況の影響をダイレクトに受けているのが私立大学であり、なかでも地方にある私立大学はほぼ例外なく厳しい経営環境に直面している。そんな難しい状況のまっただ中で、2025年6月、学校法人金沢工業大学の第9代理事長に就任したのが田向 純氏だ。田向新理事長が考えるこれからの大学経営の方向性、そして財政基盤の確保に向けた取り組みについて聞いた。
PERSON
学校法人金沢工業大学
理事長

田向 純 (たむき じゅん)
金沢工業大学工学部電子工学科卒。桜美林大学大学院国際学研究科修士課程大学アドミニストレーション専攻修了。日本アイ・ビー・エム株式会社勤務を経て、1992年4月学校法人金沢工業大学入職、法人本部配属。2005年3月法人部次長、2007年7月東京事務所長、2010年4月法人部長、2016年4月から法人本部次長を務めた。その間、2009年6月から評議員も歴任。2025年6月27日理事長に就任。
PERSON
田向 純
(たむき じゅん)
学校法人金沢工業大学
理事長

金沢工業大学工学部電子工学科卒。桜美林大学大学院国際学研究科修士課程大学アドミニストレーション専攻修了。日本アイ・ビー・エム株式会社勤務を経て、1992年4月学校法人金沢工業大学入職、法人本部配属。2005年3月法人部次長、2007年7月東京事務所長、2010年4月法人部長、2016年4月から法人本部次長を務めた。その間、2009年6月から評議員も歴任。2025年6月27日理事長に就任。
厳しい経営状況の中でも
地域社会から求められる“人材育成”
 日本私立学校振興・共済事業団の調べによると、2025年度の全国594校の私立大学志願者総数は約400万人。そのおよそ90%が“3大都市圏”といわれる埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫の8都府県にある私立大学(342校)に集中しており、その他39道県にある私立大学(252校)を志願したのは10%程度にすぎない。なかでも全国の私立大学の約2割、115校がある東京都には志願者総数の半数近い約180万人が集まっており、数字のうえからも“東京一極集中”の構図が明らかだ。こうした状況を田向理事長はどのように捉えているのだろうか。
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「問題は東京一極集中だけではありません。同事業団が公表している『私立大学・短期大学等入学志願動向』によると、2025年春に定員割れしている私立大学は316校もあります。全国594校のうちの53.2%が定員割れしており、残念ながら本学もここに含まれています。また、本学は全国各地からここ石川県に学生を集めているわけですが、そのぶん地方の国公立大学との併願者が多くなっているのが実情です。じつは2025年も3月の1カ月間で494名の入学辞退者があり、その8割が国公立大学の合格者でした。

 今後は大都市周辺にある大規模大学と地方の小・中規模大学とのさらなる格差拡大が危惧されていますが、そもそも私立大学と国公立大学との間には“学費”というアンフェアな競争があるわけで、それに対処していくためのバランス感覚が、これからの大学経営においてはますます重要になっていくと考えています」
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 地方にある私立大学を取り巻く経営環境が厳しさを増す一方で、その地域の高等教育を支える私立大学には、地元企業や地域経済界から多くの期待が寄せられているのも事実だ。特に地域の発展を担うための“人材育成”において大学が果たす役割はより大きくなっており、こうした声はすでに新理事長のもとにも届いているという。
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「少子高齢化のもとで生産労働人口の継続性を維持するためにも、地元経済界からは本学の卒業生に来てほしいという声をいただいています。全国の私立大学が学生募集に苦労するなか、本学は教職員の頑張りもあって全国から学生の獲得を図ることができています。これは3大都市圏以外の地方の私立大学としては稀有な例かもしれませんが、こうした努力の甲斐あって大学卒業生の就職率はほぼ毎年100%を維持しています。

 本学が果たすべき役割とは、三大建学綱領の最初に掲げた『人間形成』、つまり人材育成の実践によって社会に必要とされる人材を送り出すことであり、そのための一つの方策が6学部17学科体制への移行でした。これは高度情報人材の育成が急務であるという国からの要請も鑑みたもので、令和7年度に新しく3学部(情報デザイン学部、メディア情報学部、情報理工学部)を開設しました。
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 複雑化・多様化する社会課題の解決や地方創生等の推進には、文系と理系の枠を超えた“文理探究”が重要となり、そのような人材育成が求められています。情報デザイン学部とメディア情報学部は“文理探究型学部”として、文系を志す学生と理系を志す学生の双方を受け入れ、これからの社会で求められる“文理両方の思考”を併せ持ち、社会課題を解決できる人材育成をめざします。

『理系を志す学生』に加えて、『文系を志す学生』や『女子学生』等の多様な学生を受け入れるために、一般選抜以外に『女子奨学生』『Uターン型』といった総合型選抜の区分も新設しました。これまでどおり『工業大学』の看板は掲げつつ、新たに広げた学問領域を高校生や保護者に知っていただくための、継続的な努力に注力していきたいと考えています」
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KITが数年前から取り組む
2つの人材育成プログラム
 人材育成という点で金沢工業大学が数年前から力を入れている取り組みが、産学連携を基軸としたいわゆる「コーオプ教育(Cooperative & Work-Integrated Education)」だ。これは世界産学連携教育協会(WACE)が提唱する就業体験プログラムであり、学生は数カ月間企業での業務に有給で従事しながら、企業が持つ最先端の技術について実践的に学ぶ。つまり、実社会の課題を扱った課題発見と解決に取り組むことで、理論と実践の両面を効率的に学ぶことができるわけだ。
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「本学独自の産学協同型人材育成プログラムである『KITコーオプ教育プログラム』は2020年にスタートし、2025年8月までに50社・102名の実績があります。短期間・無給のインターンシップに対して、コーオプ教育は長期間・有給で就業体験するという違いがあります。カリキュラムは大学と企業が共同で策定し、単位認定もされます。本学建学綱領にある『産学協同』を体現する、新しい取り組みと言っても過言ではありません」

 そしてもう一つ、金沢工業大学ではキャリアアップやスキルアップを目的にした“社会人の学び直し”の場である「リカレント教育」のプログラムも積極的に進めている。
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「急速な技術革新に対応するには仕事で求められるスキルも変化するため、今や学校教育を終えた社会人にも継続的な学びが不可欠となっています。本学では社会人の方に授業に参画していただき、社会人視点での話題提供やイノベーションの創出に向けて世代を超えて学生とともに意欲的に学んでいただく『社会人共学者』制度をはじめ、組織内でDX(デジタル・トランスフォーメーション)を実現するためにAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)、データサイエンスなどの基礎知識とスキルの習得をめざす『組織活性化に向けたDXリスキル教育プログラム』を実施してきました。

 さらに2025年8月に発足した『北陸半導体コンソーシアム(北陸iSRC)』では、リカレント教育を中心に半導体の人材育成に注力していく計画です。これらは本学がこれからも社会に必要とされるために、欠くことのできない取り組みだと認識しており、これから全学的に盛り上げていきたいと考えています」
厳しくなる大学間競争において
“研究力”のさらなる強化をめざす
 年々減り続ける受験生の奪い合いは激しさを増し、大学間の競争も今後さらに厳しくなっていくのは明らかだが、そこで重要になってくるのが“研究力”だと田向理事長は言い切る。
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 「大学の差別化の際に間違いなく求められるのが“研究力”です。本学では大学院での教育研究の高度化を図るために、国が募集する各種研究プロジェクトに積極的に応募して外部資金を獲得し、教育研究体制を整備してきました。その中核となる『やつかほリサーチキャンパス』(白山市八束穂)には15の研究所や研究センターが設置されているほか、『扇が丘キャンパス』(野々市市扇が丘)にある研究所でも産学連携による共同研究が行われています。また、『白山麓キャンパス』(白山市瀬戸)には2019年に地方創生研究所を設置し、要素技術研究のプロトタイプを社会実装するための研究環境の実現を進めてきました」
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白山麓キャンパスにある地方創生研究所
「加えて2024年度には、文部科学省の補助事業である『大学・高専機能強化支援事業』に2つの申請を行い、両方の採択を受けることができました。その一つが学部再編による特定成長分野への転換に関連する支援で、これによって前述した3学部の新設が可能になったほか、後述する『X(クロス)デザインラボ』の建設計画も含まれています。そしてもう一つが高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に関する支援で、こちらでは情報に特化した大学院の機能強化を図っていく計画です。

 また、2018年に金沢工業高等専門学校から校名変更し、国際理工学科を設置した国際高等専門学校(ICT)も開学から7年が過ぎました。“グローバルイノベーターの育成”を標榜し、1・2年生の白山麓キャンパスでの寮生活を経て、3年生ではニュージーランドのオタゴポリテクに1年間留学し、4・5年生はKITで大学生とともに学ぶというユニークなプログラムを実践しています。これまでの3期の卒業生24名のうち11名が金沢工業大学に進学し、すでに1期生の4名が金沢工業大学の大学院に進学しています」
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「高専・大学・大学院という一貫教育体制を整備した『KITスクールシステム』を通じて、大澤学長が提唱されている『世代・分野・文化を超えた共創教育』を深化させた教育研究プログラムを提供することで、教育研究の高度化と社会で求められるDX、GX(グリーン・トランスフォーメーション)、SX(サスティナビリティ・トランスフォーメーション)といったイノベーションを創造できる人材の育成を、さらに加速していきたいと考えています。なぜなら、これこそが本学の三大建学綱領の一つである『技術革新』の実現にほかならないからです」
学園創立70周年、さらにその先へ
財政基盤確保に向けて踏み出したい
 1957年、金沢市鳴和の地に北陸電波学校として開校した金沢工業大学は、2027年に学園創立70周年を迎える。この70年という節目の年を9代目理事長という立場で迎える田向理事長は、これからの学校運営をどのように進めていくのだろうか。

「戦後80年にあたる2025年は、私自身も6月にちょうど還暦を迎えたタイミングで理事長に就任するという節目の年になりました。ただ、これまで学園の発展を牽引してきた歴代8人の理事長とは異なり、私は大学設立の過程を、身をもって体験していません。まずは2年後の創立70周年という節目に向けて、建学の理念を継承しながらこれまでの“学園の歩み” を教職員やステークホルダーの方々と今一度共有し、70年にわたる記憶と記録をどのような形で残すべきかを考えています。

 そしてもう一つ、学園の未来を考えることも理事長に課された使命です。再三述べてきたように、少子化によって今後は学生の確保がさらに難しくなっていく状況は否めません。しかし、高専・大学ともに全国から学生を集めるビジネスモデルを継承して定員充足をめざすのはもちろんですが、同時に多様な財源確保のための努力ももっと必要になってくるはずです。学園創立70周年はあくまでも通過点と位置づけて、80周年、100周年へと続く財政基盤の確保のための一歩を、ぜひこの機会に踏み出したいと思います」

 財源確保のための具体的な方策としては、従前から継続している「工学アカデミア計画」への寄附金事業をはじめ、産学連携における共同研究による企業などからの支援、2025年から始めた「野々市市のふるさと納税」を通じた寄付事業など、「より多くの人たちに賛同してもらうためのアプローチを検討したい」と田向理事長は話す。
X(クロス)デザインラボ完成予想図(1枚目)と建屋内のイメージ(2・3枚目)©カタチアーキテクツ
「16号館として建設される『X(クロス)デザインラボ』は本学がめざす社会実装型教育研究の中核拠点であり、AI時代に希求されるDX、GX、SXの推進を担う高度情報専門人材の育成を行います。2025年8月19日に無事に地鎮祭を終えましたが、こうした新たな研究施設をつくるには国からの補助に加えて、一人でも多くの方から寄付やご支援をいただくことがとても重要です。

 そこで我々の最も心強い味方となってくれるのが、学園同窓会である『こぶし会』の皆様だと考えています。北海道から沖縄まで全国47都道府県にいる約83,000名の同窓生の皆様にご支援をいただければ、これほど嬉しいことはありません。昨今の厳しい経済状況にあって誠に厚かましいお願いだということは重々承知しておりますが、わが国の将来を背負って立つ人材の育成に皆様のお力添えいただければ幸いです」

 久しぶりに世代交代を果たした金沢工大学園を、金沢工業大学・大澤敏学長、国際高等専門学校・鹿田正昭校長とともに牽引していく田向理事長の今後の活躍に期待したい。
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