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おいしい醤油は「赤い」を
食卓の新しい当たり前に
おいしい醤油は「赤い」を
食卓の新しい当たり前に
2026.7.17

醤油といえば、かつては大きなビンやボトルから卓上の醤油差しに詰め替えて使うのが当たり前だった。それをくつがえしたのが、2009年にヤマサ醤油が世界で初めて開発・採用した「開封後も醤油の鮮度を保つ容器」だ。見過ごされていた「鮮度」という価値を世に問うことで、醤油の使い方そのものを一変。“詰め替えない”容器はいまや家庭から飲食店まで広く普及している。同社商品開発部の河戸哲弥氏に、鮮度に着目した経緯から新容器開発の工夫や苦労、ものづくりへの思い、そして醤油の未来まで聞いた。
PERSON
ヤマサ醤油株式会社

1645年、初代・濱口儀兵衛が現在の千葉県銚子市で創業。1864年、江戸幕府から品質を認められ、「最上醤油」の称号を拝領。1899年に醤油研究所を設立するなど、老舗醤油メーカーとして早くから研究開発に注力してきた。1928年に株式会社化し、戦後は調味料分野を拡大。1950年代以降は、うま味調味料の研究でも成果を上げ、核酸系調味料や医薬品分野にも進出。近年は海外展開や環境対応商品にも力を入れ、日本の食文化を世界に発信している。
PERSON
ヤマサ醤油株式会社

1645年、初代・濱口儀兵衛が現在の千葉県銚子市で創業。1864年、江戸幕府から品質を認められ、「最上醤油」の称号を拝領。1899年に醤油研究所を設立するなど、老舗醤油メーカーとして早くから研究開発に注力してきた。1928年に株式会社化し、戦後は調味料分野を拡大。1950年代以降は、うま味調味料の研究でも成果を上げ、核酸系調味料や医薬品分野にも進出。近年は海外展開や環境対応商品にも力を入れ、日本の食文化を世界に発信している。
醤油にも「鮮度」を
――おいしさを諦めないために
 和食の現場で、醤油差しを見かけなくなって久しい。街中の定食屋でも、居酒屋でも、寿司店でさえも。代わって、卓上に当たり前のように並んでいるのが200~300mlほどの鮮度保持ボトルだ。改良に改良を重ねた鮮度保持容器の普及タイプである。

「以前、すし店などでは一日に何回も醤油差しの注ぎ足しをしていましたが、けっこう手間なんですよ。昨今の人手不足でその手間を減らせるメリットが評価されたのも、容器の変革が急速に進んだ一因でしょう」

 商品開発部の河戸氏が興味深い裏話を教えてくれた。ただし、そうした優位性は副産物にすぎない。この変革の本質は、「醤油の鮮度を開封後もいかに保つか」という前例のない挑戦にこそあるからだ。

 そもそも醤油の「鮮度」とは何か。鮮度のいい醤油とはどういう状態を指すのだろう。
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「どんな醤油でも、封を開けた直後が一番おいしいんです。フレッシュ感があって、醤油本来の味や香りが楽しめますから。そしてそういう新鮮な醤油の色は、じつは赤い。醤油と聞いて多くの人がイメージする色よりもずっと明るく、澄んだ赤い色をしているんです」と、河戸氏は強調する。

「容器を開けて空気に触れると酸化が始まり、赤い醤油が時間とともに黒みを帯びてきます。専門用語でアミノカルボニル反応といいますが、これが進むと色が濃く黒ずんでくるだけでなく、苦みや酸化臭など風味を損なう物質がどんどん出ます。醤油の鮮度が落ちて劣化してしまうわけです」
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開封直後の醤油(左)と開封後に空気に触れた状態で酸化した醤油(右)。色の違いは明らかだ
 従来、醤油業界では「開封後の劣化はしかたないこと」と半ば諦められていた。容器のバリア性を高めて空気を遮断できるのは開封前まで。いったん封を開けたら酸化して黒くなるのは避けられず、なるべく早期に使い切るしかなかった。

「私たちメーカーの人間は“利き味”をするので、つくりたての醤油の色も風味も、以前から当然知ってはいました。しかし、家へ帰ると一般の消費者と同じく、黒ずんだ醤油を醤油差しに注ぎ足して使っていたんです」と、河戸氏は振り返る。

「その矛盾は誰もが感じていたと思いますが、ある時、マーケティング部の部長(当時)がついに声を上げました。娘さんのひな祭りのお祝いの食卓で醤油を小皿に注いだところ、色は黒ずみ、味も香りも失われていた。鮮度の良い醤油がどういうものかを知っているからこそ、これではいけないと改めて危機感を抱いたそうです」

 醤油の本当のおいしさを諦めたくない――。鮮度保持容器の開発を目指す、醤油づくりのプロの挑戦はここから始まった。
世界初!何度注いでも空気が入らない
革新の容器
 上述のとおり、醤油の鮮度の大敵は「酸化」に尽きる。高温や紫外線がそれを促進し、「日当たりのいい場所に置いておくと2、3週間で真っ黒になる」が、直接の原因は空気との接触だ。従来の容器では、開封して醤油を注ぐと注いだ分だけ空気が容器内に入ってくる。この空気の侵入をどうやって防ぐかに、新容器開発の成否はかかっていた。
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開封後の醤油について、容器の違いによる色の変化を比較したデータ。卓上ビンやペットボトル入りの醤油に比べて、鮮度保持容器に入った「鮮度の一滴」が本来の赤い色を長い期間保てることがわかる
「社内で実際に検討が始まったのは2007年頃からです。ちょうどそのタイミングで、容器や包材、包装充填機器の研究開発を手がける新潟県のベンチャー企業『悠心』との出会いがありました。うちが業界に先駆けて鮮度保持容器を上市できたのは、悠心さん独自の先進技術であるPID(Pouch in Dispenser)の導入が大きかったです」

 PIDはパウチタイプの液体用容器で、注ぎ口が特殊な薄いフィルムを張り合わせた構造になっている。容器を傾けると、その注ぎ口が開き自然と液体が出るが、注ぎ終わると、注ぎ口に残った液体がフィルムに密着して“ふた”の役割を果たし、空気を容器内へ侵入させない。

「ポイントは液体の表面張力が関係して、フィルム同士がきゅっと張り付いて強制的に閉まる。一種の逆止弁構造として機能するわけです」

 酸化を防ぐ技術そのものは革新的であった。だが、開発の壁はなお高く、実際に醤油をPIDに充填して量産化する過程でも試行錯誤が続いた。

「醤油は浸透性が高く、漏れやすいんです。フィルムのシールが弱いと液漏れするし、逆に強すぎると弁が機能しない。ちょうどいい塩梅を安定的に再現するのに苦労しましたね。100万袋つくるのに1万袋も不良が出ていたら商売になりませんから」

 製造の精度を極限まで高めるために、限られた開発期間の中で試作を重ね、フィルムの改良や充填機の調整をくり返した。その最初の成果が2009年8月に発売された「鮮度の一滴 特選しょうゆ」(※現在は販売終了)である。
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2009年の新発売当時の「鮮度の一滴」パッケージ
 何度注いでも空気が入らないPIDを世界で初めて採用した同商品は当初、関東エリア限定販売であったにもかかわらず、わずか半年間で100万個以上を売り上げ、翌年からは全国で展開された。河戸氏らが伝えたかった「鮮度」や「できたてのおいしさ」といった価値の重要性が、一般消費者にもたしかに響いたからに違いない。

「それでも当初は、市場調査で消費者に『鮮度の一滴』の赤い醤油と酸化して黒くなった醤油を見せてどちらがいいかを聞くと、見た目ではほとんどの人が後者を選ぶんですよ。『黒いほうに馴染みがあるから』『赤い醤油は違和感しかない』と。衝撃でしたね。劣化した状態が、そこまで“当たり前”になっていたとは。以来、それをくつがえすために、われわれは『おいしい醤油は赤い』のメッセージを徹底して発信してきました」
「当たり前」の陰で見過ごされている
価値に光を当てる
「鮮度の一滴」発売を機に醤油の鮮度への認識は着実に広まったが、一方で、その鮮度を守る容器については、それまでビンやボトルが当たり前だっただけに、「パウチ型は使い慣れない」という声も寄せられた。ボトルと異なり、柔らかく扁平な形状のPID容器は手になじみにくく、注ぎ感が安定しないのが難点だったのだ。

「そうこうするうちに、デラミボトルと呼ばれるボトル型の鮮度保持容器が他社によって開発されました。開封後空気が入らないのはもちろん、ボトル型なので持ちやすく、注ぎやすい。出したい量を一滴から自在に調節できる使い勝手の良さも評価されて、鮮度保持容器の主流はデラミボトルへと急速にシフトしていったのです」

 そこでヤマサ醤油も、2013年8月にデラミボトルを採用した『鮮度生活』シリーズの発売を開始。16年には他社との差別化を図るために、当時はまだ市場になかった600mlという大容量ボトルの製品を投入した。
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内層(内袋)はバリア性が高いため、酸素をブロック。注いでも内層には空気が入らない構造のため、酸化しない状態を長期間キープできる
「私個人としては、この案件が一番大変だったかもしれません」と、河戸氏は苦笑する。

「ボトルが大きくなるほど、醤油をスクイズするための適度な“柔らかさ” と、輸送時の衝撃や圧力に耐えるだけの“硬さ” のバランスをとるのが難しくなります」

 想定外のクレームにも見舞われたという。デラミボトルは「容器を押して液体を出す」しくみであり、河戸氏ら開発者側は「使う側もそれはわかるはず」と思い込んでいたが、現実は違った。当時はまだ、「容器を傾けて出す」のが消費者の当たり前だったのだ。

『傾けても醤油が出ない。どうなっているんだ』といった声が寄せられました。中栓があると勘違いして、注ぎ口をハサミで切り刻んだ容器がお客さま相談室に送られてきたこともありました。そこから得た教訓は、ものをつくる側と使う側の意識のギャップをいかに埋めるか。いくら優れた技術でも、お客様が使いにくければ受け入れられません」

 それは、河戸氏のものづくりの信条にも通じる。大切なのは、生活者に寄り添うこと。普段からスーパー巡りに余念がないのも、醤油というプロダクトに限らず、人々のくらし全般をより広く、深くとらえたいという思いからだ。
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「怪しまれているかもしれませんが(笑)、化粧品の売り場ものぞきます。醤油とは全く関係のない商品の容器からヒントをもらうことが少なくないんですよ」

 思えば、日本人にとって醤油は「あって当たり前の食のインフラ」であり、身近であるがゆえに、ともすると「当たり前」の壁に阻まれ、本来の価値が見過ごされてきたのかもしれない。ヤマサはその壁にいち早く挑み、鮮度という価値に光を当てることで、成熟・縮小傾向にある醤油市場に変革をもたらした。では、次に挑むべき当たり前の壁とは何だろうか。

「容器の環境対応ではないでしょうか。醤油に限らず、食品容器にはまだまだ当たり前のようにプラスチック樹脂が使われています。これをどう減らしていくか。バイオマス材やリサイクルPET材の活用、詰め替え可能なリフィルタイプの鮮度保持容器の開発など、取り組むべき課題は多いけれど、避けては通れません」

 ヤマサの挑戦は続く。醤油の、そして食卓の新しい当たり前を切り拓くために。
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工場敷地内にある見学センターでは巨大な醤油樽が置かれており、撮影スポットとなっている

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