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再建の源は覚悟とビジネス視点
日本一の実績と“愛着”のあるチームに
再建の源は覚悟とビジネス視点
日本一の実績と“愛着”のあるチームに
2019.7.22

2018年のバスケットボール天皇杯全日本選手権で3連覇を達成し、プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の2018-2019年シーズンのチャンピオンシップでは準優勝に輝いた千葉ジェッツふなばし。成績だけでなく、売上高も入場者数も日本一を誇るチームの運営をけん引するのは、代表取締役社長を務める島田慎二氏だ。“地域愛着”をキーワードに掲げる島田氏のこれまでの取り組みと今後の展望を伺った。
PERSON
株式会社
千葉ジェッツふなばし
代表取締役社長

島田 慎二 (しまだ しんじ)
1970年新潟県生まれ。日本大学法学部卒。旅行会社のマップ・インターナショナル(現:エイチ・アイ・エス)勤務などを経て、2010年にコンサルティング会社「リカオン」を設立。2012年に千葉ジェッツを運営する株式会社ASPE(現・株式会社千葉ジェッツふなばし)の社長に就任。2017年にNBLとbjリーグの統合で誕生したプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の理事と副理事長(バイスチェアマン)も歴任した。著書に『オフィスのゴミを拾わないといけない理由をあなたは部下にちゃんと説明できるか? 最強の組織を作るマネジメント術』(アスコム)、『千葉ジェッツの奇跡 Bリーグ集客ナンバー1クラブの秘密』(KADOKAWA)がある。
PERSON
島田 慎二
(しまだ しんじ)
株式会社
千葉ジェッツふなばし
代表取締役社長

1970年新潟県生まれ。日本大学法学部卒。旅行会社のマップ・インターナショナル(現:エイチ・アイ・エス)勤務などを経て、2010年にコンサルティング会社「リカオン」を設立。2012年に千葉ジェッツを運営する株式会社ASPE(現・株式会社千葉ジェッツふなばし)の社長に就任。2017年にNBLとbjリーグの統合で誕生したプロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の理事と副理事長(バイスチェアマン)も歴任した。著書に『オフィスのゴミを拾わないといけない理由をあなたは部下にちゃんと説明できるか? 最強の組織を作るマネジメント術』(アスコム)、『千葉ジェッツの奇跡 Bリーグ集客ナンバー1クラブの秘密』(KADOKAWA)がある。
現会長の一声でチームにかかわり
“やるしかない”精神で再建策を次々敢行
 千葉ジェッツふなばしの社長に就任して、今年で8年目になります。一つの企業を成長させるというのは並大抵なことではなく、まだ道半ばです。ただ、ジェッツに初めてかかわるようになった2011年当時は、ここまで人気も実力もあるチームになるとは思っていませんでした。4年くらいが経ち、お客様も入るようになり、チームも強くなってきて「毎年コツコツ努力していけばいつか実を結ぶかな」というイメージを持てるようになりました。


 そもそもは、社長を長く務めるつもりもなかったですし、チームの経営に携わること自体も興味がありませんでした。私がかかわるようになったのは。2002年に私が起業した海外出張専門の旅行会社「ハルインターナショナル」の株主だった道永幸治氏(現・千葉ジェッツふなばし取締役会長)から、2011年に「手伝ってくれないか」と声をかけられたからです。当時の球団は同年にbjリーグで初陣を飾ったものの、経営がとても厳しい状況にありました。コンサルティング会社「リカオン」にいた私に委託されたのは、スタッフの数や資金繰りの現況を調査し、その結果レポートをまとめ、経営改善に向けての材料を作ること。スタッフにインタビューもして、自分なりに現況をレポートして終わりのはずでした。しかし、当時の社長のサポートもするように打診され、引き続き手伝うことに。そしてその頻度は日に日に増えていったのです。


 そして手伝い始めて2カ月ほどが経ち、当時の経営陣から社長就任を打診されました。「作成したレポートをベースに自ら経営再建を実行してほしい」ということでした。経営に携わろうとは思っていませんでしたが、会社は「経営再建に本格的に乗り出さないのなら、このままたたんだ方がいい」という話も出たほど。そういった状況もあって、2012年2月1日付で代表取締役社長に就任しました。
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チームにかかわり始めてから3カ月で社長に就任した島田氏
 就任当初の最大の課題は、稼げる会社体質にすること。利益を上げて費用を抑え、ごく普通の会社として成り立つ体制・マインドに変えていくことが先決でした。当時は社員5人ほどで一人何役も抱えている状況だったため、一人一役になるように社員をあえて7、8人採用。やるべきことと責任の所在を明確化して、頑張ってくれたら評価するという形にすることで結果が出やすくなるようにし、「資金がないから人員を増やせない。増員できないから稼げない」という会社がスタートアップする時に陥りがちな状況からの脱却を図りました。


 稼げるかどうかはさておき、普通の会社として前に進めるようになったと感じるまでには1年ほどかかりました。当時所属していたbjリーグからNBLへの移籍を決断したのもそのくらいの時期。それも経営的な観点からでした。日本国内ではレベルは高かったものの、実業団が多くプロスポーツの体をなしていなかったNBL。対して、お客様を喜ばせようとアメリカテイストの興行を取り入れていたものの、競技レベルはどのチームも低く、日本代表選手がいなかったbjリーグ。お互いの弱み強みを補完し合い、ハイレベルな試合をして、お客様が喜ぶ興行に仕立て上げられれば、日本のバスケットボール界は確実に大きく発展すると思ったのです。我々はNBLに移って競技レベルを上げ、bjリーグで培ってきたショーアップとともに高みを追求していきたいと考えました。それによってNBLのチームも刺激を受けるだろうし、我々がそのNBLのチームに勝つことで、bjリーグのチームにも活気が生まれるはず。いわばNBLとbjリーグの“橋渡し役”になることは日本のバスケットボール界にとっても重要だと思いました。
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ホームの船橋アリーナでの試合前の演出の様子。bjリーグで培ったショーアップでファンのボルテージを上げる
 もちろん決断には批判的な意見は多くありました。bjリーグの他のチームにとっては裏切り者であり、NBLのチームにとっては「何しに来たの?」と思われるのは当然のこと。きちんと結果を出さないと、「bjリーグは弱い」「プロチームはダメ」とNBLの人たちに笑われてしまう。プロバスケットボールがプロスポーツとして根付くことさえも遅らせてしまうという意識と責任を持っていました。


 発想の根本にあるのは「やるしかない」という覚悟です。倒産しそうな会社の再建を引き受け、スポンサー各社に支援をしていただいている以上、お金だけもらってつぶれるようなことをするわけにはいきません。リーグ移籍の場合は「このままでは発展しない。ダメなものはダメ」という正義感のようなものもありました。やるしかないと思ったら、知恵も出てくるし、汗もかく。それを繰り返すことでおのずと力がつき、結果もついてきて、チームが優勝したり大きな支援が得られたりします。いい結果につながっているのは運も味方してくれているということ。何をするにしても覚悟は必要。それがないとやっていけません。


 今やBリーグでトップクラスのチームになることができたのは、あのタイミングでNBLに行って3年間競技的にもまれたから。そういう意味ではいい決断だったと思います。
“地域密着”の一歩先をめざして
吸引型の“地域愛着”活動を展開
 “地域愛着”と言い始めたのは、会社の経営が安定してきた2015年頃です。“地域密着”とは、私が社長に就任した当初から社員に呼びかけて、心がけてきました。船橋という地域で生きているのだから地域に密着するのは当たり前で、事業の必要条件です。地域密着の活動を4年続けてきて、今後どうしていこうかという話になった時にひらめいたのが“地域愛着”でした。これまでの活動の評価として、「ジェッツが好き」と言ってくれる人が増え、中には「ジェッツが好き過ぎるから、船橋に引っ越した」という人も。チームへの愛好心を言ってくれる人が増えれば増えるほど、地域に愛着を持つ人も増えてくる。その状況をめざしていけば、経営もおのずと盤石になるのではないかと考えました。私が言う地域愛着は“吸引力”のようなもの。「サーフィンが好き過ぎて湘南に移住した」というのと一緒で、「千葉ジェッツがあるから船橋に住みたい」「千葉ジェッツが好き過ぎて、船橋アリーナに行きやすいように船橋に住みついた」といった形で、人さえも引き寄せてしまうことを“地域愛着”と呼んでいます。地域密着は自ら近づくことなのに対して、地域愛着は相手を引き寄せること。チームへの愛着がわきすぎた結果、チームに引き寄せられてその地域に住みつくくらいの愛着を形成する。そのためには、存在感のあるチームにならないといけないと思います。


 たとえば、平日夜のホームゲームでは「ホームタウンふなばしNIGHT」と銘打ち、船橋に在住の方や船橋に通勤・通学している方限定にチケットを割引して、船橋にかかわる方々にご来場いただきやすいような日を毎年設けています。また、私がファンと飲んでジェッツについてざっくばらんに語り合うイベントも。こちらは2018年6月と2019年2月に開催して、いずれも好評でした。ファンとチーム、あるいはファン同士が交流して楽しんでもらえれば、チームをより魅力的に感じて、足を運んでもらえる。そして“地域愛着”へと進んでいくものと思っています。
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客席で応援する千葉ジェッツのファン。取材時は平日開催だったが約5,000人収容のホームアリーナは満員になった
 「ジェッツが好き過ぎて船橋に住みつく」という人が増えているということは、それだけ球団の人気が高まっていて、愛されていることの表れ。ホームアリーナである船橋アリーナは、最寄り駅からシャトルバスに乗る必要があり、「アクセスが悪くて行きたくない」と思うファンも少なくないはずです。それにもかかわらず、平日開催のホームゲームでも満員になるというのは、それだけチームが愛されているということでしょう。試合に足を運ぶお客様も多くなり、スポンサーもいっぱいつき、チケット収入も上がるので、ビジネスとしても成り立ちます。我々が魅力的な活動をオンコートでもオフコートでも展開し、年を重ねていく中で、チームもファンも地域に自然と入り込んでいく。“地域愛着”は今後も少しずつ進んでいくと思います。
長期スパンで物事を考えず
活動の一つひとつに確実に取り組む
 社長に就任して8年目になりますが、就任当初は1年で辞めようと思っていました。しかし、NBLに移籍すると決断した時に「あと3年は頑張らなければ」と考え、Bリーグ始動時にも「あと3年くらいは…」と思い、今日に至っています。


 売上の拡大や事業規模の拡大に向けてやるべきことはたくさんあります。演出をもっとカッコよくすること、混雑が頻発するので、お客様を不快にさせないような環境を整備すること、などです。先日発表した収容人数1万人規模の新アリーナ建設構想も、その一環です。一つひとつの行動を磨き上げながら、チームをもっと強くして、地域愛着を持ってくれるようなお客様のさらなる増加をめざしていきたいです。


 私自身が評価されているとするなら、これまでの実績の部分ではないでしょうか。実際に貧弱でつぶれそうだった球団が立ち直り、リーグ移籍を英断して、それでダメになる可能性があった中でも成長の肥やしにしてトップに登りつめ、売上も利益もチームの成績も日本一に導いたという実績がすべてだと思います。


 今後も今やっていることを確実に、かつ磨きをかけて進めていくつもりです。5年後や10年後の青写真は想像もつきません。ただ願わくは、千葉ジェッツふなばしがしっかり生き抜いていてほしいですね。これまで手塩に掛けて育ててきた子供みたいなもので、健康で元気に、長く愛されるチームであってほしいと思います。
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「決断の源には、おかしなところを変えたくなってしまう私の性格的な部分もあると思う」と話す島田氏