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労働基準監督官たちの実体験から
自らの働き方を振り返る機会に
労働基準監督官たちの実体験から
自らの働き方を振り返る機会に
2019.10.1

『労基署がやってきた!』
森井博子/著
宝島社新書
定価864 円(税込)
推薦
SL
小野 慎 (おの しん)
金沢工業大学応用化学科 教授
 「働き方改革」という言葉が浸透しつつあるようで、いろいろな所でこの言葉を聞く機会が増えてきた。本書では、働き方改革の最前線で活躍する労働基準監督署(労基署)の働きが紹介される。著者は、労働省(現:厚生労働省)に入って労働基準監督官(監督官)として多くの経験を積んで要職を歴任した方で、退職後は社会保険労務士として労働法律事務所を開設している。労働関係法令の著書もいくつかあり、労働問題の専門家である。

 本文の始めの20ページくらいには、労働問題を取り扱う公的機関の仕組みや目的などが紹介されている。この部分の理解は必要だが、ざっと目を通すくらいにして先へ進むのが良い。後半では、日雇い労働者の給与をピンハネする手配師、プレス機で切断される労働者の指の実態と社長の悔恨、ラブホテル経営者と未払い賃金、過酷な下水道工事現場、監督官の動きを妨害するブラック弁護士・ブラック社労士の暗躍など、次々とその実態が出てくるので一気に読める。

 続く第2章では、介護職員たちの残業代を出し渋る社会福祉法人を相手にして、家宅捜索・差押・そして逮捕に至った事例が紹介される。現在よりサービス残業が珍しくなかっただろう当時、労基署は介護職員たちの訴えを取り上げて行政指導を実施するものの、その後も社会福祉法人の姑息なサービス残業の強制は止まらず、ついに鉄槌が下る。まるで社会派ミステリー小説を読むような感じでストーリーが進むからだろうか、監督官たちの活躍にどんどん引き込まれていく。

 過労死や過労自殺に関する体験談は第3章に紹介される。労基署は、労働者の死に対する企業や組織の責任の有無を判断する。その結果、労働者の死が労働災害(労災)と認められれば、労災保険の適用を受けることができる。労災認定が厳しい時代、40代男性管理職2名の過労死・過労自殺の状況を、労働者側に立って読み解いていくのは労災保険審査官だ。過労死ラインの設定後では、長距離トラック運転手や防水工事の現場管理者たちの痛ましい死は、彼らの努力によって労災と認定される。

 危険な労働環境を放置して労災を招くのは人間であり、予防的な措置によって労災の発生を防ぐのも人間である。多くの事業者が労災を防ぐ努力をしている一方で、労災をかくそうとする事業者も存在する。労災かくしは労災保険の適用を阻害し、自主的な再発防止対策の実施や労基署による指導の機会を奪う。第4章の住宅建設現場で発生した事例では、労基署は被災した労働者の駆け込み寺のような存在となり、監督官は事業者の労災かくしを厳しく追及する。

 2015年の電通新入社員の過労自殺事件は誰の記憶にも新しいだろう。この事件の発生直前に、厚生労働省に過重労働撲滅特別対策班(通称「かとく」)が新設されていたそうだ。この組織の新設前後から、違法な長時間労働を強いる企業が労働基準法違反として書類送検され始めた。もう少しこの制度の発足が早ければ、この事件を防ぐことができたのかという思いの中で、監督官たちの将来の活躍に期待する。

 第6章には、厚生労働省を退職後、社会保険労務士となり、企業の担当者の相談を受けてともに労務管理の改善に取り組む著者の姿がある。本書の中では、企業と監督官は常に対立関係にあるが、労働環境の改善をめざす企業の担当者と著者とのやり取りから、「世の中捨てたものじゃないな」という感覚を覚える。

 この本には監督官たちの実体験がつづられている。フィクションではなく、本物だから心に響く。働き方改革の大きな柱のひとつは、「長時間労働の是正」だという。この点においても、監督官たちが活躍するのは間違いない。この機会に自らの労働環境と働き方を振り返ってみてはどうだろう。
PERSON
推薦
SL
金沢工業大学
応用化学科 教授

小野 慎 (おの しん)
九州大学理学部化学科卒。同大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。同大学大学院理学研究科化学専攻後期博士課程中途退学(2年在籍)。1989年熊本工業大学(現:崇城大学)工学部応用微生物工学科助手、1992年富山大学工学部助手(この間、ジョージア工科大学留学)、同講師、助教授、准教授を経て、2014年金沢工業大学教授。専門は生体機能関連化学(ペプチド化学・タンパク質化学・酵素化学)、生化学 。
PERSON
推薦
SL
小野 慎
(おの しん)
金沢工業大学
応用化学科 教授

九州大学理学部化学科卒。同大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。同大学大学院理学研究科化学専攻後期博士課程中途退学(2年在籍)。1989年熊本工業大学(現:崇城大学)工学部応用微生物工学科助手、1992年富山大学工学部助手(この間、ジョージア工科大学留学)、同講師、助教授、准教授を経て、2014年金沢工業大学教授。専門は生体機能関連化学(ペプチド化学・タンパク質化学・酵素化学)、生化学 。
「KIT Book Review」では、金沢工業大学ライブラリーセンターのサブジェクト・ライブラリアン(SL)が本を推薦します。SLは、ライブラリーセンターにおいて膨大な専門情報の内容や質を選択判断し、その収集や利用を立案実行する中枢機能です。本学の教授陣によって構成されており、自己の専門分野はもちろん、関連分野まで質の高い最新情報を把握しています。

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